呪物のカンは馬鹿にできない
ぼんやりと、景色が見える。
メガネがない視界のように滲んでいる。
薄暗い…。カーテンは閉まってて、外も静かだった。
どうやら夜らしい。
だから暗いのか。
ここは…トツオカの部屋だ。
良かった——
どうやら人形寺は免れたらしい。
安心すると周りの観察をする。
メンバーは誰もいないようで、物音一つしない。
はるちゃんは…
隣にいるはずの姿を探そうとしたけど、置かれた場所が悪くて見えない。
〔はるちゃん、いる?〕
〔いるよー〕
隣から呑気な明るい声が返ってきた。
〔おはよー、サエちゃん〕
〔おはよう、はるちゃん。あたし、また結構寝てた?〕
〔それがさぁ、分かんないの。わたしもさっき起きたところでさ。困ったことに、状況把握できてないんだよねー。真っ暗だから、今は夜なんだよね?〕
〔そうだ…と思う。外側暗いし、カーテンも閉まってるから。トツオカは誰もいないね〕
〔そうみたいだね。あぁ…どれくらい寝ちゃったんだろう。うーん…〕
はるちゃんは部屋の観察を始めた。
〔あっ、座布団が出てる。あの位置はマサとマモルが座る定位置…。ということは、季節は夏冬だね〕
〔なんで座布団で分かるの?〕
〔あの2人、寒がりでさ。冬になると直座りが辛いから座布団出すの〕
〔女子みたいだね…〕
〔他にも扇風機が消えて、加湿器と暖房が出てるでしょー?ハンガーに掛けてある上着が長袖だ!あそこに掛けるのはたいていタケだね!また忘れたのか、予備で置いてったのか…結構もこもこしたやつだから、冬だね、こりゃ。
うーん、心霊写真特集したのが秋口だったから、少なくとも2ヶ月半は寝ちゃったんだなぁ。これは計算外の長さだよっ?!あの呪い女に相当力を使っちゃったんだなー〕
はるちゃんは部屋に置いてある家具や服で判断するという、鋭い観察眼を披露した。
〔凄いなぁ。よく分かるね〕
〔ふふん。そうでしょ?〕
得意げなはるちゃんは上機嫌に言った。
〔それにしても、あれからトツオカはどうなったのかなぁ?心霊写真特集のその後とか、動画の反応とか気になるのにー!今はどんな活動してんるだろ?また登録者数伸びたかなぁ?アレだけ苦労したんだから、その分伸びて欲しいよね〜〕
いつもの多弁なはるちゃんで、あたしは安心した。
あんな強い霊の怨嗟を祓うのに手を貸してくれたから、この日本人形の体だけじゃなくて、はるちゃんのクマの体にも影響が出てるかも…って不安だった。
けど、口調や元気さは記憶にある通りのはるちゃんだ。
〔はるちゃん、元気そうだね。良かった〕
〔しっかり寝たから元気だよー。もりもりはるちゃんだよー〕
〔あの写真の女、強かったね。人形の体に入られるかと思ったもん。この体に怨嗟が残ったら、困ったことになってたし…〕
〔そだねー。だからわたしも力を貸したんだけど、タッグを組んだわたしとサエちゃんの勝利だったね!友情の証!!〕
ふふっ、とあたしは笑った。
〔うんうん、そうだね。力を貸してくれてありがとう、はるちゃん〕
〔どういたしまして〜。あれをサエちゃん1人で対処してたら、半年は目覚めてないよ、きっと。それはさすがにイヤだからさ。2人で半分こした方がいいな、って思ったの〕
〔うん、助かったよ〕
〔わたし達の呪物としての力、また上がったかもね!!サエちゃんは確実に上がってるよ!なんか前よりオーラあるもん!〕
〔オーラ?ってなに?〕
〔呪物としての気迫?覇気?みたいなもの。座ってるだけでもビンビン感じるよー。サエちゃんが遠い存在になっていくわー〕
〔ええ?そんなことないよー!〕
〔友達としては誇らしいけどねー。これからも無理はしないでね。お喋り相手がいないのは、本当に悲しいから〕
はるちゃんの声は切実だった。
初ロケに行って長く寝ちゃって、起きたと思ったらすぐに心霊写真特集だった。
また話し相手がいなくなるのが寂しくって、力を貸してくれたんだろうな…。
〔うん。無理はしないよ。とは言っても、逃げられるわけじゃないのが難点だけど〕
〔戦うか、呑まれるか…。2択っていうのがねぇ。トツオカ、わたし達の周りにもお守り置いてくれないかなぁ…〕
〔それ、あたし達も浄化されない?〕
〔ああ!!そうだね!んじゃぁ駄目か!!〕
一瞬の間の後、2人で盛大に笑った。
目覚めてからのお喋りは尽きなくて、気がついたら夜が明けていた。
外が明るくなると、カーテンの隙間から日が差し込んで室内が見えてきた。
はるちゃんの言う通り、今は真冬だ。
暖房、コート、毛布、メンバーの忘れ物か、マフラーもある。
数ヶ月は寝ていたらしい。
うーん…相当力を使ったんだな。
しかも知らない呪物があった。
掛け軸だ。
和の婚礼衣装を着た男女が描かれた物で、たまに2人の目が動いている。
話しかけたけど呪物としての力が弱いせいか、喋ることはできなかった。
そこまで悪い気はしないから、放っておこう。
あと、何かをぐるぐる巻にした塊も発見した。どうやら呪物として購入したのか、木箱の中に白い古びた布が敷かれ、その上に置かれている。
でもこれは呪物じゃない。
なんの力も感じないもの。
儀式めいた目的で作られた何か…としか分からなかった。
動画を撮る場所もグレードアップしていた。
あたしが座る椅子の他に、怪しげに光る掲示板、ドクロと海外の幽霊が描かれた絵が増えてる。
〔トツオカグッズもあるよ!〕
〔グッズ?〕
〔ほら!壁のハンガーに掛かってるシャツ!トツオカって描かれてる!〕
薄暗くて見えにくかったけど、確かに『突撃!オカルトチャンネル!!』と描かれている。
〔なんかオシャレに文字崩してる〜。しかもお化け?絵も描かれてる〜。もしかしてマモルのデザインかな?そういうの得意なんだよね〕
〔へぇ、そうなんだ〕
他にもいくつかグッズを発見し、2人で騒ぎ立てていたらトツオカがやってきた。
髪が伸びてる。
「あぁ…疲れた」タケ
「あの依頼人、本当に案内する気あったか?」マモル
「ちょっと挙動がおかしかっただよな…」博士
「動画にはできないかもな…。ヤラセじゃなかったにしても、俺たちを試そうとするようなやり方ばっかり提案してくるし…」マサ
「ごめん、メールチェックが甘かったわ…」博士
「今後は俺もやりとりに参加するわ。今回みたいに撮影や編集のことまで言われたら、対応できないだろう?」マサ
「あぁ、助かる」
疲れ切った顔の4人は、部屋に入るなり重そうに腰を下ろした。
〔あらら…どうしたんだろう?問題でも起こったのかな?〕
はるちゃんはむむっ、と唸った。
「依頼人との面談は、2人で行くようにしよう。1人だと負担が大きい」タケ
「今後のコラボ相手との打ち合わせや企画相談も、基本は2人だな」博士
それから4人は長々と話し合っていた。
内容を要約すると、視聴者や同業者から仕事依頼をされたけど、トツオカのやり方や考え方と合わなかったらしい。
多忙となったトツオカには連日のように依頼メールが来ているようで、こういうトラブルも増えているようだ。
もうバイトはしておらず、U Tubeだけの収入でやっていけるくらいには成長したようだが、まだまだ掴めないことが多いようだ。
他にも分かったことがある。
チャンネル登録者数は20万人を超えたらしい。
企画も心霊写真特集、心霊スポット巡り、視聴者リクエストの探索シリーズ、怪奇現象の考察シリーズ、呪物特集などなど…。
編集作業が追いつかないくらいで、たまに外部の人に協力を仰いでいるとか。
あとはマモルが彼女と別れた。
タケは相変わらず彼女募集中。
「コラボ相手なんだけど、ヒトミさんところを考えてる。視聴者からのコラボリクエストがダントツなんだよ」マサ
「じゃぁ、チャンネル確認してみるか」タケ
〔へぇ。ついにコラボまでするんだ!トツオカもいっちょ前になってきたねぇ!〕
〔コラボ?〕
〔同じU Tube界隈で、似たような仕事をしてる人と一緒に企画をすることだよ。有名になってくると増えてくるらしいけど…トツオカも人気者になったんだねぇ。感慨深いわぁ…〕
見守る母親のごとく、はるちゃんはしみじみと言った。
なんだか嬉しそうだ。
比較的新参呪物といえるあたしでも、トツオカの成長を感じるんだもの。呪物の中でも初期メンのはるちゃんは、苦労を見てきた分、感情移入しちゃうんだろうな。
〔新しい呪物も増えたけど、悪い子はいなさそうだね。良かった〕
〔うんうん。今のところ、タケの見立ては正解だね!〕
そんな話をしたせいか……
「そうだ。明後日には例の呪物が届くから、俺はここに来るわ」
タケがにこやかに言った。
……うん?
例の呪物?
「お前…マジでアレ買ったの?」
博士が眉間にシワを寄せて言った。
こんな表情はなかなかお目にかかれない。
「画面越しでも嫌な感じしたけど…。大丈夫か?」博士
「俺は賛成だったけど。インパクトあるし」マサ
「タイで買った、っていうのが、そもそもインパクトあるよ。呪物大国なんだし」マモル
〔呪物大国?〕
その言葉に不穏なものを感じた。
はるちゃんも同様で、
〔なんか——嫌な予感がする…〕
珍しく固い声で言った。
そして、その予感は的中することになる。




