大事件が起きた
大事件が起こった。
それは予想していた通り、タイから届いた呪物と共にやってきた。
その日、数日前の宣言通り、タケだけが部屋にやって来た。
まだ日が高くない午前中で、ルンルンで扉を開けて入ってきたのだ。
〔なんかご機嫌だね、タケ〕
この部屋に一人きりで来るのは珍しいし、鼻歌を歌うタケも珍しかった。
〔よほど新しく届く呪物が楽しみなのかな?〕
はるちゃんは怪訝そうに言った。
〔タイの呪物ってだけでも嫌な予感がする…。マサはインパクトがあった、って言ってたけど、それって見た目かな?呪物にまつわるエピソードの方かな…?〕
〔両方って可能性はあるよ〕
あたしは直感的に思ったことを口にした。
とたんにはるちゃんは、
〔ええー。呪物としての格が上がったサエちゃんが言うと、重みがあって嫌だな…〕
苦々しく言った。
〔だって…なんか胸騒ぎがするんだもん〕
〔分かるけどさ…。今まで成功してきたタケの呪物選びは、ここにきて信用が地に落ちるのかな…?〕
あたしとはるちゃんは、鼻歌を歌うタケを見た。
あいにくと今日は雨模様の空で、室内もジメジメしている気がする。
天候さえもあたし達の味方ではない気がした。
宅配便は午前中にやって来た。
『ピーンポーン』
呑気なチャイムが鳴ると、タケがさっと立ち上がり玄関に向かう。
〔いよいよだね…〕
はるちゃんは不安げに言った。
あたしはその言葉を聞きながら、ドキドキしていた。
新しく来たタイの呪物に緊張したからではない。
ものすごい気配がする……。禍々しいとはこの事、と言えるほどの邪悪で異質な気配だ。
〔はるちゃん…これは——ヤバいかも〕
震える声になったあたしとは逆に、玄関では気楽なやりとりがされていた。
「宅配でーす。井上尊様宛ですねぇ」
「はいはい」
「ご住所、合ってますかぁ?」
「合ってます」
「えーっと…雑貨ですね。ありがとうございましたぁ」
「ご苦労様ですー」
バタン
扉が閉まると、禍々しい気配がタケの鼻歌と共に近づいてくる。
部屋に戻ってきたタケが抱えた小さめの段ボールは、両手に収まるほどの大きさしかなかった。
が。
黒と赤が混ざった念がまとわりついて、倍以上の大きさに見えた。
タケの胸元が邪念で見えない。
あんなもの抱えてよく平気でいるな!タケ!!
〔ひっ!!〕
〔な…何あれ……〕
あたしとはるちゃんはあまりの邪念に慄いた。
普段は何も訴えてこない仲間呪物が、声にならない悲鳴をあげたのが分かる。
タケは鼻歌交じりで机に段ボールを置いた。
カッターを探してガッ、ガッとガムテープに刃先を立て、開封していく。
刃が食い込む度、邪念が溢れ出す。
〔ヒィィィ!!!〕
〔やめてーーー!タケ!!それ出しちゃダメッ!!!〕
2人で叫んだ。
コレは駄目っ!
絶対に駄目なやつ!!!
タケはなんにも感じないようで、完全に段ボールの蓋を開けた。
中に手を突っ込み、乱雑に紙にくるまったソレを取り出した。
ゆっくりと1枚1枚、包み紙を剥がしていくと……
「へぇー。思ったよりも小さいな」
それは片手サイズの人形だった。
少し大きめのマスコット人形くらいの大きさで、ボールチェーンが付いていれば鞄に付けてもおかしくない大きさ。
異様なのはその素材。
人間の皮膚だ…。
全て人間の皮膚で覆われている。
目や髪の毛はボタンや毛糸のようだが、それが逆に不気味さを引き立てていた。
包み紙が無くなると、部屋の空気が一気に変わる。
全身に鳥肌が立った。這い上がってくるような悪寒と、本能的に逃げ出したくなる恐怖に襲われる。
あたしもはるちゃんも声が出なかった。
氷漬けにされたみたいだった。
「うーん…不気味さはあるけど、変な匂いもしないし…。でも皮膚っぽさはあるな。皺とかリアルだし、固い…」
タケはツンツンと突いた。
〔直に触らないほうがいいって!!〕
あたしは思わず叫んだ。
〔絶対に影響あるからっ!!〕
〔五月蝿イナ〕
子供みたいな甲高い声がした。
外国人と分かる片言の言葉。
いや、これは念話だ…。
実際に日本語を喋っているわけじゃない。
〔コイツ…喋れるんだ〕
〔女、五月蝿イゾ。黙ッテ イロ〕
言葉に重さが乗っていた。
コレがホンモノの呪物の圧か…。
はるちゃんはカタカタ震えるばっかりで、声を出せないみたい。
コイツの圧に負けてるんだ——
はるちゃんを守らなきゃ。
コイツに主導権を握られたら駄目だ。
あたしは負けじと言った。
〔お前こそ、その邪悪な気配を引っ込めて!ここの呪物にも人間にも迷惑だ!!〕
タイ呪物はせせら笑った。
〔女ハ 従エ〕
〔はぁ?性別なんて関係ないでしょ?!時代遅れにもほどがあるぞ!!〕
〔下等ナ女ハ 従ッテ イレバ イイ〕
〔下等っ?!〕
男尊女卑な発言にイラッとした。
コイツ、いつの時代の呪物だよっ!
怒っていると邪念に混ざってタイ呪物の記憶が流れてきた…。
女性の悲鳴——
楽しげに笑う声——
役人に捕まり、牢屋に入る様子……
処刑台……
死語に皮膚を剥がされている俯瞰的な様子……
コイツ、生前に婦女暴行をしてる…。
女は男より下だと思い込んで、好き勝手にしたらしい…。
だから極刑にされ、見せしめとして皮を剥がれて呪物にされた。
でもその思念は凄まじく、今では呪物として女性を呪いまくっている。
なんて悪質極まりない!!
〔さっさとあの世の罰を受けろ!〕
〔フッ。何モ デキナイ 女ガ 吠エルナ〕
〔あたしだって、呪物としての力はある!!〕
あたしは威嚇の念を放った。
とりあえず、タイ呪物を持ってるタケが心配だ。
タイ呪物はまた笑った。
そんな威嚇、意味ないと言わんばかりの嘲笑だった。
〔格下メ。オマエ イタブッテ ヤロウカ〕
ソイツはあたしに邪念を飛ばして来た。
人形の体に巻き付き、絡め取られる。
人間の目には映らない拘束で四肢がガチッと固定された。
〔サエちゃん!!〕
はるちゃんが悲鳴をあげた。
あたしの隣にいるはるちゃんに、邪念が電波する。
なんて力の強さ……
〔ジワジワト 力ヲ 奪ッテ ヤル〕
タイ呪物の言う通り、絡みついた邪念はあたしの力を喰っていた。
自分の力にするつもりだ…。
〔くぅ……!〕
力の差がありすぎて、なんの抵抗もできない。
せめてこのタイ呪物と距離を取れれば、拘束を解けるけど…。
〔オ前ハ オレノ 糧二 ナレ〕
くくくっ、と悪役らしい笑い声を出した。
とんでもなくピンチだが、タケは呑気に手にした呪物を置く場所を考えていた。
「うーん…どこがいいかな……。思ったより小さかったしなぁ」
タケはふと、棚の一番上を見た。
タイ呪物は笑う。
〔ソコダ 一番上二 オレヲ 置ケ〕
タケは誘導されるように、呪物コレクションの棚の一番上に置いた。
〔馬鹿っ!!一番上なんて最悪だ!!!〕
タイ呪物の邪念が降ってくるじゃん!!!
ここに置かれている呪物達、全てがあの邪念に侵される!!
〔こらぁ!タケッ!!まんまと操られるなよぉ!!〕
悔しいかな、あたしの声と抗議はタケに届かない。
ぽん、と置かれたタイ呪物は、指示通りの場所に陣取ると邪念を振り撒き始めた。
最っ悪だ。
雨のように体が邪念に打たれる。
〔やだっ、これぇ…!〕
はるちゃんはうめいた。
他の呪物達もひーひー言っている。
あたしは拘束されたまま、はるちゃんを守ろうと力を伸ばした…。
少しでも力になりたい——
それを感じ取ったはるちゃんも、あたしに力を伸ばす……
2人の力が合わされば、この棚一段くらいは守れるかもしれない。
〔小賢シイ〕
舌打ちすると、タイ呪物はタケにさらに指示を出した。
〔コイツラヲ 引キ離セ〕
「そろそろ位置替えするか。サエちゃんは一番撮影で使うし、こっちに置こう」
タケが膝を折ってあたしもはるちゃんがいる棚に手を伸ばす。
あたしはむんず、と掴まれた。
〔嘘でしょ嘘でしょ…〕
そのまま撮影が行われる机に連れて行かれた。
「ここならいちいち取りに行かなくてすむな」
〔馬鹿タケェ!!!〕
これじゃぁ、はるちゃんと協力できない!!
タイ呪物はクツクツ笑う。
〔ソコカラ 弱ッテイク 仲間ヲ 見テイロ。オ前ラノ 力ハ 全テ モラウゾ〕
〔はるちゃーん!!〕
〔サエちゃーん!!〕
今までにない、絶対絶命のピンチだ!




