表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/21

蝕まれる日々


 アイツがここへやって来て、どれくらい経ったんだろう…。

 

 トツオカの部屋はタイ呪物の邪念に染まっていった。


 部屋は邪念で黒く染まって、あたしの視界では床が見えない。


 呪物仲間は力を奪われ疲弊してる。

 もともと力が強くなかった布、掛け軸はすっかり沈黙し、残滓しか感じ取れない。


 はるちゃんは声に覇気がなくなり、会話をするのはやっとの状態だ。

 ここ数日はさらに酷くて、寝る時間が増えた。

 力を奪われすぎて、覚醒できる時間が減っているんだ。


〔はるちゃん…〕


 呟き声は届かない。

 今はまた寝る時間に入ってる…。


 

 当のあたしは、拘束されたまま力を吸われ続けていた。


 ジワジワと吸い上げられ、日に日に力が抜けていく…。

 眠るほどじゃないけど、それも時間の問題だろう。



 

 トツオカはタイ呪物の影響を受けて4人の関係が崩れつつあった。


 人間からしてみれば、不運が続いてるようにしか見えないだろうな。


 例えばコラボ相手のドタキャン。

 視聴者リクエストを受けたら、嫌がらせでカメラを回され勝手に動画をアップされる。

 決まりかけていたコラボの話が流れる。

 カメラなどの機器が壊れる。

 動画が録画できていない。

 トツオカ宛に不正請求がくる。


 それに加えて、メンバーが立て続けに不運に見舞われてる。

 

 博士は私生活で災難続きだった。

 まず自転車とぶつかって、怪我をした。謝罪はおろか、慰謝料も支払わずとんずらしたので警察沙汰になり、今は犯人を捜索中だ。


 博士の娘は原因不明の発疹と高熱で入院中で、博士は怪我の治療のため通院しながら家事をこなしつつ、トツオカの仕事をしてる。


 タケはハニートラップに遭った。

 相手は自称ファンの女性だったけど、結婚詐欺師で危うく大金を騙し取られるところだったみたい。

 幸いにも冷静なマサにより阻止されて、事なきを得た。


 マモルは彼女候補とことごとくうまくいかず、クリスマスデート予定もドタキャンされた。

 凄く楽しみにしていたから落ち込みが激しく、仕事への意欲が落ちてた。

 寝坊が増え、仕事中もぼんやりしている。


 それが気に食わないマサとしょっちゅう対立している。編集作業で一緒にいる時間が長いのも良くないんだろうな。


 連日のように刺々しい言葉が交わされ、酷い時は口論になって、マサが部屋を出ていく。


 

 この日もそうだった。


「おい!マモル!ここの編集頼んだだろ!」


「今やってるって…」


「同じ答えを5日前にも聞いた!」


「……」


「いい加減、女のことは忘れてくれないか?」


「……」


「気の毒とは思うが、引きずりすぎだ!公私混同するなよっ」


 マモルはマサの方を見ずに、床に向かって、


「だから……優は…一人でも……大丈夫な……性格かもしれない……けど——俺は……」

 

「だからっ!!ブツブツ言うなよ!言いたいことがあるならはっきりと言え!!」


 狭い部屋にマサの声が響く。


 博士もタケも話し合いを中断して顔を上げた。

 しかし止めようとはせず、連日続くやりとりにうんざりしたようにため息をついただけだった。


 そのため息が聞こえないはずない。

 

 いらいらしているマサは、博士とタケに鋭いガンを飛ばした。


「2人も無関係って顔はやめてくれっ。トツオカ全員に関わることだろう!」


 タケは何か言いたげに口を開いたけど、言葉を飲み込んでまた閉じた。


 こういう時、感情的にならないのがタケのいいところだ。


 

 博士は静かに息を吐くと、出来るだけ“うんざり”を感じさせない口調で言った。


「無関係なんて思ってない。ただ連日の喧嘩に飽き飽きしてるのは確かだ」


 博士はマサを真っ直ぐ見て、はっきりと言った。


 タケも黙って頷いて、


「この活動に誘ったのは俺だ。だからグループ内で起こったことに責任を持つつもりだ。そろそろ腹割って話し合う時だと、俺は思ってる。優と衛はどうだ?」


 タケと博士のこの対応は、沸点が急上昇したマサの怒りを下げた。

 優はマサの本名だ。メンバー名をあえて使わないことで、事の重大さを浮き彫りにさせている。 


「衛、年末の一件は気の毒だったと思う。お前は彼女のこと、本気だったもんな。辛いのは分かる。でも切り替えなきゃダメだ」


 タケの言葉にマモルは床を見つめたまま、小さく頷いた。

 

「分かってる…」


「それに、一度きちんと優に謝るんだ。溜まった仕事を優が肩代わりしてるのは、分かってるんだろう?優は1週間も自宅に帰ってないんだぞ」


 その言葉にマモルはグッと唇を噛んでいた。

 


「編集作業は確かに大変だし、お互いにストレスもあるだろう。でも、このままのギクシャクが続くのはもっと良くない。分かってるんだろう?」


 博士、タケ、マサの3人がマモルを見つめた。


 マモルは自分の中で消化しきれない思いと戦っているようだった。


 

 しばしそうしてたけど、やがて顔を上げると3人を見て、最後にマサに真剣な眼差し向けた。


「悪かった、優。俺、彼女のこと引きずり過ぎてた…。分かってはいたんだ…優に負担をかけてることも、メソメソしてしてても仕方ないってことも…。でも…なんでか吹っ切れなくて……。夜は寝付けないし、食欲もないし、気分が晴れない…。プライベートでも仕事でも、立て続けに色々とあったせいなんだろうけどさ…。いい加減に切り替えるよ。ごめん」


 マサはじっとマモルの目を見返した。

 目尻が下がり、少し怒りが引いたのが分かる。


「本当に気持ちを切り替えてくれるなら、いいんだ」


 険のない、穏やかな抑揚のある声だった。

 その反応に肩の力が抜けたマモルは、


「残りの編集は俺がやっておく。今日は早く帰ってくれ」


 労うように言った。

 

「分かった…。あと少しチェックだけしたら、帰らせてもらうよ」


 マモルは頷いた。



 博士とタケはあからさまにホッとした顔をした。

 部屋の空気が少し穏やかになる。

 


 あたしは一連のやり取りを見て、わずかに安堵した。


 良かった…。

 さらに関係が悪化したら、どうしようかと思った——


 

 これまでの仕事のトラブルは、全てタイ呪物が引き寄せたものだ。

 良い縁ではなく、悪しき縁を手繰り寄せた。


 もちろん、元々そういう人間がトツオカに近づこうとしたことが原因だ。人気が出るということは、悪しき考えを持つ者も呼び寄せる。

 でもそんな者との繋がりをより引き寄せたのが、この呪物だ。


 博士の事故もそう。

 お守りによって強く守られている博士を弱らせて、博士の生気を吸い取ろうとした。

 家族にも不幸を招き、肉体的な負担だけじゃなく、精神的にも追い詰めて内側からも弱らせようとした。


 

 さらにトツオカ4人の関係も壊そうとした。

 仕事のトラブルを招き、関係性を歪めようとした。私生活でのストレスも与えて、心の余裕を奪おうとした。

 


 でも失敗した。

 4人はタイ呪物の目の前で関係を修復してみせた。

 

 この和解はひとえに4人の絆の強さの勝利だ。


 


 あたしは棚の上のタイ呪物を見た。


〔思い通りにはいかなかったな〕

 

〔フン…面白ク ナイガ、マァ イイ。力ハ 高マッテ イル〕


 その言葉通り、タイ呪物はどんどん力を増していた。

 あたし達呪物の力と人間達の生気を奪い続け、今や人形の表情が違う。


 トツオカ達は棚の上のタイ呪物をなかなか見ないから気がついていないけど…目にすればその変化にきっと気がつくだろう。


 人形の皮膚にハリが出ている。

 ここに来た時は乾燥してカラカラだったのに…


 それに皮膚の色も違う。少し血色を取り戻したようなうすピンクだ。



〔コノ部屋デ 一番強イ オ前ノ 力ヲ削イダ…。人間達ヲ 傀儡ニ スルノモ、間モナクダ…〕



 あたしはじっとタイ呪物を睨みつけた。


 悔しいけど、コイツの言う通りだ——


 あたしは力の大半を失っていた。


 

 今のあたしならトツオカとの縁を利用して、彼らから生気を奪って回復することも、恐らくできる…と思う。

 でも、そんなことをすればタイ呪物と同類になってしまう——


 あたしは悪い子じゃない。

 トツオカとの繋がりを、そんな風には利用しない。


 そんな呪物に成り下がるくらいなら、このまま消滅した方がマシだ——


 でも——

 でも……


 誰か助けてほしい。


 あたしにはできない…。

 はるちゃんを助けることも、トツオカをこの窮地から救うことも叶わない……


 

            ◆


  


 それから更に数日後。


 マサとマモルは上手くやっていた。


 マサは毎日自宅に帰り、貯まった家事や掃除ができ、自分のベッドで安眠できたと喜んだ。


 マモルはきちんと編集の仕事をした。マサの分まで積極的に肩代わりをし、これまでの汚名を返上したのだ。


 おかげでトツオカの雰囲気は良い状態が続いてた。


 

 今日も4人で昼食を摂りつつ、明日のロケについて会議をしてる。


「明日は朝から出発する。県外で遠いからな。運転は交代交代でしよう。パーキングエリアでこまめに休憩をとりつつ6時間移動、下見をしたら夕方から撮影開始だ」タケ


「心霊スポットは筒村トンネルだったか?」博士


「ああ。視聴者リクエストが一番多かった場所だ」タケ


「あそこ、高確率で映るらしいな」マモル


「過去に行ったことがあるチャンネルの動画を観たけど、確かに声がしたり、影が映ったり、心霊写真が撮れてたりしたな…」


 パソコン画面をいじりながら、マサが言った。


「だからこそ、俺たちに行って欲しいんだろうけど…。トンネルに着くまでの道中は、道が狭いんだ。標高の関係で霧も発生しやすいらしい。運転にも注意が必要だ」タケ


「なら、トンネル近くになったら俺が運転するよ。一番慣れてるし」


 子持ちの博士はよくドライブに行くから、メンバーの中でも運転慣れしている。


「うん、任せる。途中の高速は俺ら3人に任せてくれ」マサ


 タケ、マモルが頷いた。


「これを食い終わったら、準備しよう。サエちゃんは出発直前に入れようか。一晩中、鞄に詰めておくのは可哀想だしな」


 タケがあたしを見て言った。


 すっかりメンバーの一員として見てくれている…。

 本当に嬉しいけど、明日のあたしはきっと役に立たない——


 現象が多発する心霊スポットか……。


 どうか、何事もありませんように——

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ