心霊トンネルに行ってみた①
翌朝。
まだ太陽が昇りきる前に、トツオカはあたしを連れて出発した。
正直言うと、タイ呪物とはるちゃん達だけを残して部屋を離れるのは心配だった。
でも人間に意思表示できないあたしは、どうすることもできない。
〔はぁ…はるちゃん、大丈夫かな……。今朝は眠ってたし、行ってきますも言えなかった…〕
荷物の中で車の振動を感じながら、誰にも聞こえない独り言を喋ってみる。
〔このまま6時間かぁ。遠いな…。暇だし、タイ呪物の邪念が続いてるし…。窮屈だぁ…〕
部屋から出ても邪念は鎖のようにあたしの体に巻き付き、拘束を続けていた。
もっともっと物理的な距離が離れれば多少は緩むかもしないけど——
〔筒村トンネルか…。どんな所だろう……〕
車はガタガタと揺れ、たまにトツオカの会話が聞こえてくる。
今日の詳細な流れ、休憩するパーキングエリア、そこで食べられる名物。
たまにオフショットを撮って、ネットにアップする話もしていた。
久々の遠出のロケだからか、4人はウキウキしているようだった。
あの和解以来、ギクシャクした雰囲気は一切ない。
それが唯一の救いだ。
あたしは念のため眠ることにした。
もしトンネルで強敵がいたら、少しでも力を使いたい。今のあたしに何ができるかは分からないけど、少なくともトツオカを見放すようなことはしたくない。
備えあれば憂いなし。
あたしはすっと意識を手放した。
◆
次に目覚めると、車内に夕日が差し込んでいた。
車は止まっている。トツオカもいない。
荷物の隙間から人工的な明かりが見える。
どうやらコンビニって場所だ。
旗とか看板に見覚えがあるもの。
〔うーん。夕方ってことは目的地に着いて、下見を終えたあとなんだな…〕
朝、タケが喋っていた1日のスケジュールを思い出す。
〔ってことは、ここからトンネルに移動して撮影開始、かぁ…。どんな霊がいるんだろう…。強いやつだったら嫌だなぁ…〕
憂鬱に喋っていたら、
〔おいおい!こんな時間に若者4人組って…。さてはトンネルに行くつもりかぁ?〕男A
〔まぁた肝試しか!本当に懲りないな、最近の若者は!!〕男B
〔自分たちのこと棚上げにはできんけど、本当に勘弁してくれよなぁ〕男C
なんだ?
車のすぐ傍で声がする。
声の感じからして、どうやら霊だ。
トンネルのことを知ってる…。
何か情報が分かるかもしれない。
あたしは話しかけてみることにした。
〔あのー。すいません。心霊トンネルについて、何か知ってますか?〕
数秒の沈黙の後、
〔あ?誰の声だ?〕男C
〔人間はいないぞ?〕男A
〔おいおい!怖いこと言うなよ!〕男B
〔怖いことって…お前も幽霊だろ〕男A
〔そうだけど!誰もいない所から声がしたら普通に怖いだろっ〕男B
タケみたいなビビリがいるな。
あたしはもう一度声をかけた。人形が喋ってるって気づいてもらわなきゃ。
〔あのー。車の中です!鞄の中ー!〕
〔車……?〕男A
〔車って…これか?〕男C
窓越しに男性の顔がひょっこり見える。
〔あっ!ここです!ここー〕
男が車内を見る。
そして、あたしと目が合った。
〔どもー〕
〔うわぁぁぁぁ!!人形がぁ!!!〕
どうやらビビリの男が覗いたらしく、コントのように仰け反ってひっくり返り、窓から消えた。
〔人形?〕男A
また別の男が車内を覗く。
〔おい、人形って、あの鞄の中の…?〕男A
〔そ、そ、そうだよっ!!喋ったんだ!〕男B
〔驚かせてすいません。日本人形のサエちゃんですー〕
声をかけると、男は目を大きく見開いた。
〔おおー。本当に喋ってる。初めて見たわ〕男A
うーん、冷静な反応。博士みたい。
〔あんた、呪い人形とかなのか?〕男A
〔一応呪物です〕
〔へー!呪物!!初めて見た!!髪の毛とか伸ばせる?〕男A
〔物理干渉はできないんですよ〕
〔え?じゃぁ泣いたりも目を動かしたりもできない感じ?〕男A
〔目は動かしたことあります。動画に映ったらしいんで〕
〔おおーっ!すげーじゃん!〕男A
〔それほどでもー〕
〔おいっ!なに呑気に喋ってるんだよ!!呪われたらどうするんだ!?〕男B
〔それはないだろ?俺たちもう死んでるのに。なぁ、あんた。幽霊、呪ったことあるか?〕男A
〔ないですねー。呪い方が分からないんで〕
〔って言ってるぞ〕男A
〔簡単に信じるなよ!呪物の人形だぞ?!〕男B
〔えっ?マジで呪い人形いるの?見たい見たい!〕男C
また別の顔が車内を覗いた。20代後半って顔立ち。
2人は興味津々って表情だ。
〔こんばんは。あなた方、ここの辺りの地元幽霊ですか?〕
〔ああ、そうだ〕男C
〔ここで生まれて、ここで死んでる。生粋の地元っ子だぞ〕男A
〔あらー。まだお若いのに大変でしたね〕
〔いやいや!85まで生きた爺さんだよ。死んでからも律儀に爺さん姿でいるのが嫌で、若い姿をしてるだけだ〕男C
〔へー。外見を変えられるんですか?〕
〔らしいぞ。俺も通りがかりの幽霊から聞いただけだけど、試しにやってみたらできたから、そういうものなんだろう〕男C
〔ちなみに、俺たちは幼馴染だ。全員80まで生きた爺さん。孫もいる。嫁は健在〕男A
〔奥さんはお元気そうで、何よりです〕
そう言うとふふっと2人は笑った。
〔あんた、呪物ってわりにはいい奴だな〕男A
〔確かに。ちょっと愛嬌あるし。おい、隼雄。お前も来いよ。いい呪物だぞ、サエちゃん〕男C
どうやらまだ地面にへたり込んでいるらしく、男Cは下を見ながら言った。
〔死後も一緒にいるとか、仲いいですね〕
あたしはトツオカの4人を思い浮かべた。
彼らもこんな風になれればいいのに。
〔そうかぁ?確かに生前はよく飲みにいったり愚痴を聞き合ったりしたが…。まさか死んでからも腐れ縁が続くとは思っても見なかった〕男A
〔確かになぁ〕男C
2人は笑い合った。
和やかな雰囲気に釣られ、へたり込んでいた男Bが恐る恐る車を覗き込んできた。
〔お前ら、よく平気でいられるな…〕
隼雄と呼ばれた男は、2人の後ろに隠れるようにちらっ、ちらっとあたしを盗み見ている。
本当にタケみたい。
もしかすると、死後のタケはこんな感じかもなぁ。
〔あのー。地元っ子のあなた方に聞きたいことがあるんです〕
〔へぇ。呪物が聞きたいことって、なんだ?〕男A
〔実は、あたしの持ち主である人が、心霊スポットで有名な筒村トンネルに行こうとしてるんです。そこってどんな所ですか?〕
筒村トンネルの名前を出したとたん、3人の顔が強張った。
幽霊のこの反応…。
嫌な予感しかしない。
〔これからそこに行くのか?〕男A
〔はい。下見を終えたから、これから向かうと思います〕
〔夜か…〕男B
ボソリとそう言うと、男Aを見て、
〔なぁ、則夫。お前、アレを見たんだよな?〕
〔まぁ…遠目だけどな〕
〔話してやれよ〕
則夫は苦々しい顔をした。
〔いや…思い出したくないんだが…。滋こそ、前に孫に憑いてトンネルまで行ってたじゃないか。その時のことを話してやれよ〕
〔あぁ…。でもあれは昼間だぞ?それに、俺は直接見たわけじゃないし…〕
〔それでも参考にはなるだろ?〕
〔お、俺は話せること無いからな〕
怖がり隼雄が後ろから言う。
〔まぁ、隼雄はな…〕則夫
〔ガキの頃から怖がりだな…。死んでも治らなかったか〕滋
3人は顔を見合わせ、長年の付き合いを思わせる空気感で言葉のない目だけのやりとりをした。
うんうん、こういうのはいいよね。
以心伝心って感じ。
でも和んでる場合じゃない。
遠くから博士やタケの声がする。
買い物を終えたらしい。
〔あの、それで?トンネルについては何か教えてくれますか?そろそろあたしの持ち主達が帰ってきそうで…〕
3人はあたしを見ると、渋々と話してくれた。
〔アレについては、ここいらじゃ有名なんだ〕滋
〔最近はインターネット?で、昔よりさらに有名になってな。サエちゃんの持ち主みたいに、年がら年中、肝試しに来る輩が増えた〕隼雄
〔俺が見たのは…化け物だ〕則夫
死んでいるのに、さらに青い顔で則夫は震えた。
〔化け物…〕
〔ああ…。化け物、としか言いようがない…。アイツはあそこの主だ。サエちゃんは俺たちと同類だから、アイツが近くにいればすぐに分かるはずだ〕
〔俺は、あのトンネルに肝試しに行くっていう孫が心配で憑いていったんだが…。昼間だったから、幸いにも姿見なかった。だけど…残り香みたいなものが漂ってて……〕
滋はゴクリ、と唾を飲んだ。
〔恐ろしかった…。霊体なのに寒気はするし、足がすくむんだ…〕
2人に釣られて隼雄も口を開く。
〔俺は…怖がりだからトンネルに続く道までしか行ったことがない…。でも……あの道、途中から全然霊が居なくなるんだ。きっとみんなマズイ奴が居るって離れていくんだろうな…〕
〔昔、俺の爺さんから聞いた話じゃ、アイツは生きた人間も動物も喰うらしい。トンネルができる前は、禁忌の山だったんだ…。トンネル開通の話が出た時は、そりゃぁ反対したらしいが…〕則夫
〔工事中の事故や怪我が絶えなかった、って聞く。それでもなんとか開通させたけど、案の定、トンネル内で事故が多発して…〕滋
〔交通量が減って、今でも通れはするが、地元民は近寄らんよ〕隼雄
うーん……。
これは想像以上に危険そうだ。
下見に行った4人は、何か感じたのかな…。
あたしは寝てたから、気配も分からない。
けど腹を括るしかない。
もうここまで来ちゃったんだし。
〔教えてくれて、ありがとう。持ち主達には何も伝えられないけど、あたしが見張っておくよ〕
あえて明るく言うと、3人は心配そうにあたしを見た。
〔サエちゃんは祓う力とか、あるのか?〕滋
〔うーん…そこまでできない。牽制くらいはできるけど…〕
〔そうか…。でもアイツは牽制とか、そんな手は通用しないから十分に気をつけろよ〕則夫
〔近づかない、出会ったら逃げる。これに限る〕隼雄
〔分かった…って言いたいけど、あたしは人形だから自分じゃ動けないの。抱っこしてくれる人の行動次第かな〕
そう言うと、3人は痛ましそうにあたしを見た。
〔人形ってこういう時不便だな…〕則夫
〔一緒に来てる人間に、霊感持ちはいないのか?〕滋
〔いるっちゃいるけど…会話はできないの〕
〔それもそうか…〕隼雄
トツオカが帰ってきた。
飲み物やカイロ、軽食を買ったらしい。
「さぁ。道が見えるうちにトンネルに行こう。あそこは木が多いから暗くなって脱輪でもしたら計画が狂う」タケ
「オッケー」マサ
4人が車に乗り込みながら会話をしてる。
シートベルトをシャッキっとはめて、やる気十分って感じだ。
〔コイツらがサエちゃんの持ち主か?〕則夫
〔そうだよ〕
〔ふん…〕
則夫は運転席に座った博士の近くに行くと、
〔おい、サエちゃんをくれぐれも頼むぞ〕
真剣に言った。
〔聞こえてないんだろうが、お前が一番霊力が高い。しっかりやれ〕
〔そうだぞ。人形とはいえ、女の子なんだからな!〕滋
〔あと、できれば無闇矢鱈に心霊スポットには行くな!〕隼雄
ブロロロ…
エンジンがかかると3人の声はかき消え、何を言ってるか聞こえなくなる。
車が動き出すと、届くか分からないけどあたしは叫んでお礼を言った。
〔教えてくれてありがとう!!じゃぁね!!〕
またね、とは言えないのが人形呪物の嫌なところだ。
やっぱり、自分で動ける霊が少し羨ましい。




