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呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


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14/21

心霊トンネルに行ってみた②


 車は夕日を背に走った。


 時刻は午後4時。さっき止まっていたコンビニからは15分くらいで筒村トンネルに着くらしい。


 運転をしてない3人は、それぞれ撮影の準備を始めていた。

 バッテリーを確認し、カメラレンズを拭き、持ち歩く物をウエストポーチや鞄に詰めている。



 いよいよか…。


 ——化け物としかいえないモノ。

 いったいどんな姿をしてるんだろう…。


 タイ呪物からかなり距離が離れたせいか、邪念の鎖の拘束力は弱まっていた。

 でも引きちぎることはできない。


〔これがなければなぁ…〕

 

 以前のように少しは役に立てるかもしれないのに…。


〔せっかく呪物としての格が上がったのに…。守ることもできないんじゃ、意味ないよ……〕


 あたしはどんどんと暗くなる車窓を見た。



 どうか…


 どうか何事も起こりませんように——


             ◆



 車は山道を走り、急な坂を登った。

 ガタガタと大きく、何度も揺れる。舗装が不十分らしい。


「さぁ。着いた」


 博士の言葉で車が停止する。


 ここはまだ山間の駐車場だ。

 トンネル近くには車を停められる場所がないと、事前にタケが言っていた。


「よし!各々荷物を持って、行くぞ!」


 あたしは鞄に入れられたまま移動した。

 隙間からチラリと外の様子が見える。


 ここは街を見下ろせる展望場所らしく、

 トツオカの車以外にも数台の車が停車していた。


 中年男性が大きなカメラを街に向け、男女が肩を寄せ合って灯り始めた街の明かりを見ている。

 

 

 そして、死者も何人かウロウロしている。

 山だから生者だけがいるわけじゃない。


 コンビニで会ったおじいちゃん3人組の話から考えると、トンネルに近づけば近づくほど霊は居なくなるんだったな…。


 ここにはまだいる。

 安全圏というわけだ。


 


 4人は機材を持つと、それぞれが懐中電灯を片手に徒歩で移動を始めた。


 歩く振動が鞄に伝わってくる。


 それに混ざってトツオカの会話も聞こえる。


「できれば0時にはここを立ちたいな」マサ


「先にチェックインの手続きしたし、ホテル側にも言ってあるから大丈夫だと思うけど…」マモル 


「撮れ高が良ければ早く終わるかもしれない。都合よく怪奇現象が起こるか、分かんないけどな」タケ


「俺、一応終わったら妻に連絡する予定だから、あんまり遅くならないと助かるな…」博士


「初の泊まりだもんな。奥さんと奈々ちゃん、平気そうか?奈々ちゃん、そろそろ退院できそうなんだろう?」マサ

 

「ああ。明日の検査結果次第なんだ。もう熱は出てないし、食事も完食できるようになった」博士


「良かったな」タケ


「ああ」博士


「付き添い入院って大変そうだな…。奥さんも早く自宅でゆっくりも寝たいだろうに」マサ


「退院したらしばらく家事は俺がやるつもりだよ。妻にはずっと付き添いお願いしちゃったし…」博士


「そうか…」マモル


「相変わらず愛妻家だな」タケ



 心温まる会話に、あたしもほっこりしてしまう。

 心霊トンネルなんて場所に向かっている途中でなければ、会話に相槌でも打ちたいところだ。


 でも気を抜くわけにはいかない。


 短い会話の移動中にも、山に巣食う霊たちがトツオカの様子を伺ってる。

 

 大半はこの山で自害したり遭難した霊たち。

 隙あらば連れて行こうとする、たちの悪い霊だ。

 揃って恨みがましい目をして、世を呪う言葉をブツブツと呟いている。

 見ているだけで鬱々としてしまう。


 でも……


 だんだんとそんな霊が減ってきた。


 トツオカの背後をつきまとっていたのに、途中で足を止め始めたのだ…。


 一人…また一人…と足を止め、踵を返して引き返していく。


 そして、とうとうトツオカしか居なくなった。


 ここが境界線か……。



「おっ、トンネルが見えたぞ」


 タケの言葉に全員が足を止める。


 邪魔にならない場所に荷物を置き、撮影準備が始まった。

 あたしもいよいよ鞄から出される。


 マモルにより外に出されたあたしは、ふーっと息をついた。呼吸をしていなくても、鞄に押し込まれるのはやっぱり息苦しい。


 さぁて、どんな場所かな…?

 どれどれ…。


 さっそく現場チェックをしてみる。


 ……——おおー。


 これはなかなか…雰囲気があるトンネルだ。


 蔦がトンネルの上から垂れ下がり、『筒村トンネル』と書かれた看板が経年劣化で良い感じに汚れている。

 トンネル内を照らすオレンジ色の電灯が、不気味に内部を浮かび上がらせていた。


 ここ…寒いな。


「なんか…昼間に来た時より寒くね?」


 マモルがぶるっと震えた。

 ちょうどあたしと同じタイミングでそんなことを言うなんて…。さてはマモルも感度が上がってるのかな?

 

「そうか?冬なんだから、日が落ちれば寒くはなるだろう」


 マサが最もなことを言う。

 さすが怪奇現象否定派。現実的。


「ちゃんとカイロ、入れていけよ」


 タケが全員にカイロを配った。


 各々がポケットに入れる様子を見ながら、あたしは寒気の正体を探る。


 まぁ、すでにトンネルの入り口には居るんだけど…。


 超巨大な…人間——といっていいのか…。


 

 トンネルと同じ大きさの巨大な人間の形をしたモノが、門番のように左右に立っている。

 手足も異様に長いし、顔はのっぺりとして唇が分厚い。皮膚は像のようにゴワゴワしていた。


〔あのー…。喋れます?〕

 

 念のため声をかけたけど、反応はなし。

 目も一点を見つめていて、不気味でしかない。

 

〔聞こえては…いますかね?〕


 反応なし。

 本当に銅像のようだ。

 これは無視してもいいかな…。


 冷気の正体は彼らじゃなさそうだし。


 冷気はトンネルの中からする…。

 ここからじゃ見えないや。


「よし。んじゃ、オープニング撮っていくぞ!」


 タケが気合を入れるため、頬を叩いた。

 いつものクセだ。



 タケと博士がトンネルを背後にして立つ。

 あたしはいつものように博士に抱えられた。


 

「皆さん、こんばんは!トツオカのお時間です!本日は視聴者リクエストが最も多かった筒村トンネルに来ています!本日の案内人は……リーダーのタケとぉ!」

 

「博士です」 

 

「心霊好き、オカルト好きなら一度は耳にしたことがある、この筒村トンネル。数々の心霊現象が起こることで有名ですね!」


「今日はいつものようにサエちゃんも連れてきています」


 

 大きな声がきっかけになったのか、カメラを回すマサの後ろ…


 刀を持った武士がすぅ…っと現れた。


 落ち武者かぁ。初めて見た。

 昔、この辺りで戦でもあったのかな?


 

 落ち武者はマサとマモルの周りを一周すると、落ち窪んだ目をギラリと光らせ、スラリと刀を抜いた。


〔えっ!斬るの?!〕


 落ち武者は刀を構える。


〔武器も持ってないのに!いきなりすぎでしょ!!〕


 あたしは声だけで止めようとしたけど、刀は振り下ろされた。

 でも…


 スカッと空振りする。

 その刀は折れていた。


 刃先がガタガタだから、生前に折れたのかもしれない。


〔ああ…良かった……〕

 

 マサの体はなんともないようで、平然としていた。


 落ち武者は残念そうにしばらく刀を見つめると、出てきた時と同じようにすうっ…と消えた。


 何しに出てきたんだろう…?



 

 そんなやり取りがあったとは知らず、

 

「また怪現象が起こるのか?!カメラに何か映るのか?!心霊写真が撮れるのか?!それでは入っていきます!!」


 タケの宣言がなされた。


 あたしは〔はぁ…〕とため息をつく。


 なんだかトンネル付近に出てくる霊は、おかしい。

 お喋りができないのもそうだが、容姿も目的も見えない。


〔落ち武者って…。時代が違いすぎるよ…〕



 タケと博士はトンネルに向きを変えると、

 

「改めて見ると、雰囲気あるよな…」タケ


「下見に来た時とは全然違うな…」博士


 それぞれが感想を呟いた。


「それに寒い…」


 博士が腕を擦る。


「貼るカイロも付けていこう」タケ


 背中や腰にカイロを追加で貼ると、いよいよ4人は中に足を踏み入れた。


 そのとたん、あたしはゾワゾワッと全身に寒気が走り、鳥肌が立った。


〔うわぁ……。これは——〕


 過去一番に嫌だ。


 怖い。

 寒い。

 息が苦しい。


〔何…これ……〕



 もの凄く帰りたい。

 奥に進みたくない。

 こんな感覚は初めてだ。


  

「外よりトンネルの中のほうが寒くないか…?」


 タケが不思議そうに言った。


「確かに…」マサ


「そんなことある?左右を壁に挟まれてるから、風も吹かないのに…」マモル


「さっそく頭痛がする…」博士


「いやいや……。まだトンネル入って数歩だぞ?」タケ


 タケが恐怖で引きつった顔で笑ってる。


 珍しくほぼ全員が異常を感じてる。

 やっぱり、相当にヤバい場所なんだ——


 

 4人は恐怖を感じながらも、ゆっくりと足を進めた。


「なぁ、雨も降ってないのに地面も壁も濡れてるぞ…」マモル


「水はけが悪いのか?」博士


「山の中にあるトンネルだからな…。山の中に貯まった雨水がずっと流れ出てるのかもしれない」マサ


「変な匂いもそのせい…なのか?」タケ


「かもな…」マサ


 湿気、トンネルという年中日が当たらない場所…。

 幽霊が好む条件が揃ってる。

 

 でもこのトンネルの異常性はそこじゃない。


〔さっきからなんなの…〕


 トツオカの足元…ネズミがトンネルの奥からこちらに向かって走ってくる。


 背中には人間の指が何本もついていた。


〔どう見てもこの世のネズミじゃない…〕


 トツオカが誰も反応してないのがその証拠だ。


 ネズミの次は猫の体に猿の尻尾、顔は人間の赤ん坊という、異様な化け物。

 他にもコウモリの羽根を生やした宙を飛ぶ犬がいた。


〔なんなの…ここ——〕

 

 人間の手首に男の首がついたモノが、カサカサ動き回り、トツオカを白濁した目でギロリと睨んだところで、あたしは思わず呟いた。


〔こんなの異常でしょ…。もはや妖怪じゃん……〕


 どうなってるの?

 こんな化け物、妖怪だらけのトンネルなんて見たことない——



「なぁ…。やっぱりおかしいだろ、このトンネル——」


 タケが震える声で言った。


「さっきから寒気が止まらないんだけど…」


 タケの言葉に賛同したマモルが、


「俺も…。冬ってだけじゃない気がする……」


 トンネル内部を懐中電灯であちこち照らしながら言った。


「博士は?体調どうだ?」マサ


「良くない…。頭痛がどんどん酷くなってる…」


 博士は青白い顔で言った。

 

「もう顔色が悪いな…。博士だけでも引き返すか?」マサ


「いや…。もう少しだけ進むよ。辛くなったらちゃんと言う」


 博士は懐中電灯で奥を照らしながら、

 

「それに…」

 

 一旦言葉を切った。


「なんとなく……反対側には行けないと——思う」



 意味深なその言葉は、全員の足を止めた。


「ど、どういう意味だ……?」タケ


「いや……たぶん……俺たちは引き返す気がするんだ……」


 博士はトンネルの奥から目を離さずに言った。


「引き返す……?断念するってことか?」マモル


「だって……お前ら、先に行けると思うか……?」


 博士は奥を凝視したまま、3人に問いかけた。


 尋ねられた3人は沈黙した。

 あのマサでさえ、何も言わなかった。


 

 無理もない。

 呪物のあたしがこんなにも恐怖と震えと危機感を感じてるんだ。

 生きている彼らなら、体にもっと異変が出ているだろう。

 

 4人はトンネルの奥を懐中電灯で照らした。


 でも——


 奥は見えない。

 光を当てても暗闇に吸い込まれてしまう。


「……なぁ。こんなにも見えないもんか……?」マモル


「それは…トンネルだから——」マサ


「いやいや…。オレンジの照明も左右についてるんだぞ?なのに……こんなにも暗いって………おかしくないか?」タケ


「……」

「……」

「……」

 

 いつの間にか、トツオカ全員が足を止めていた。


 誰も何も言わない。

 ただじっとトンネルの奥を見つめていた。



 ズズ……


 ズズ……ズズ……ズッ……ズッ……ズッ………


 

 暗がりから、重いものを引きずるような音がした。


「なぁ…何か………聞こえないか……?」


 タケが小声で言った。


「えっ?」マサ

「音?」博士

「や、やめろよ……」マモル


 ズッ……ズッ……ズッ……ズッ……


 音はだんだんと近づいてきた。

 あたしは博士の腕の中で固まる。


 もの凄い冷気だ。人形の体がビリビリする…。

 それに重圧……。体がズン!と重くなって、押さえつけられるようだった。


〔凄い…霊圧……〕


 

 タイ呪物が届いた時の比じゃない。

 今の重圧に比べれば、あんなものそよ風でしかない。



 邪気とか怨念とか、そんな生易しいものじゃない。

 これは死そのものの気配……。

 死んだあたしの人間の魂が、逃げろと言っている。


 あれに触れれば、魂は喰われる。

 取り込まれて二度と戻ってこない——



 ズッ…ズッ…ズッ…ズッ…


 

 トツオカとあたしが固まる中、()()()は姿を現した。



 コンビニで出会ったおじいちゃん達の言うとおりだ……。

 

 アレは化け物だ。


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