心霊トンネルに行ってみた③
巨大な蜘蛛の体に人間の手足。
胴体には人間の顔がいくつも張り付いている。全ての目は閉じられ、じっとしていた。
ベヒの様な尻尾をブンブンさせ、顔と思しき部分には目がたくさん付いた白い丸いものが乗っかっている。
〔ひぃっ!!〕
まさしく化け物。
重すぎる体は持ち上がらないようで、ズッ…ズッ…と地面を這っている。
〔何あれ?!何あれっ!?〕
恐怖するあたしの声に合わせて、
「なんか……急に吐き気がする…!」
博士が口元を押さえた。
「俺も凄い悪寒がする……」
マモルが真っ青になる。
「2人とも、大丈夫か?」
マサが心配そうに博士に歩み寄った。
その足音で、化け物の体に付いていた人間の顔たちの目が一斉に開いた。
〔うわぁぁぁぁ!!!!〕
あたしの叫び声に、全ての目がこちらを見た。
そして胴体にくっついた人間の手足がざわざわっと動き、こちらに向かってきた!
しかも関節は逆方向だ。
それがさらに不気味さを引き立て、
〔ぎゃーーーーー!!!!!!〕
一番の大絶叫を上げた。
「なっ、なんだ?!!」
タケが大きく体を震わせ、トンネルの奥…化け物の方を見た。
「なんか…叫び声がした!」タケ
「逃げようっ!!」
マモルが叫ぶように言った。
蒼白になった博士が、マサの袖を掴んで言う。
「引き返そう!ここはダメだ!!」
「ああ……!」
マサは反対することなく、博士を支えながら走って引き返した。
他の二人も駆け足で後に続く。
ペタペタペタ、ヒタヒタヒタヒタ…
素足のような音をさせながら、化け物が追いかけてくる。
節足動物の動きを人間の手足がしているのが気色悪い…。
〔ヒィィィ!!気持ち悪い〜〜〜!!!〕
「ヘンな…音が…追いかけてくる……!!」
タケがトンネルの奥を振り返ることなく叫んだ。
「なんかいるって!!!」
「とにかく!寒気が…治まる…所まで……走ろうっ!!」
マモルが前を走る博士とマサに言った。
4人は一目散に走った。
必死な4人はみるみる化け物を引き離し、ペタペタ、ヒタヒタはどんどん遠くなった。
あたしの耳でもほとんど聞こえない位置に来ると、
「そろそろいいか……?」
4人は足を止めた。
ぜぇはぁ…と肩で息をしながら、
「なぁ…平気か……?」タケ
「ああ…」マサ
「なんとか…」マモル
「博士、吐き気は?」タケ
「大丈夫だ…。かなり良くなった……」
4人が足を止めたのは、トンネルの入り口だった。
〔一番近い安全圏はトンネルの外ってことね…〕
あたしは安堵した。
もっと遠くだったらどうしようかと思った…。
「結局、入り口まで戻ってきちゃったな…」マサ
「本当だ…」マモル
「音が消えたのがここだったんだ…」タケ
「音って?どんな?」博士
きょとんと聞き返されたタケは、
「聞こえてなかったのか?!」
ガバっと顔を上げた。
3人は目を点にして頷いてる。
「ペタペタ、ヒタヒタいう音だよっ。素足で歩いて…いや、走ってるような…。一人じゃない、いくつもの音!!」
3人はポカン…とタケを見る。
その反応にタケは一層蒼白くなった。
〔あぁ…。聞こえてなかったかぁ。タケの霊感は耳にあるからね…〕
「う、嘘だろ……。じゃぁ、なんでみんな走ったんだよ!!」タケ
どうやらそれぞれが必死のあまり、周りの状況を把握できてないようだ。
1人ずつがトンネル内で感じたことを教え合った。
「俺は寒気がヤバかったから…。本能的に逃げ出したくなるような……凄く嫌な感じがした…」マモル
〔うんうん。寒気もすごかったね…〕
「俺は博士が吐き気がするって、真っ青になってたから…。それに『逃げよう』っ珍しく切羽詰まった声で言うからさ、本当にヤバいのかなと思って…」マサ
〔マサは何も感じてないのか…。霊感ゼロだな〕
「俺は急激に吐き気に襲われて…。我慢できそうになかった」博士
〔吐かなくてよかったよ…。それで逃げられなかったら、あたしも終わってた…。博士、気持ち悪い中走ってくれてありがとうね〕
「なんだよ…。全員感じたことが違うのか…」
タケは脱力して、地面に四つんばいになった。
「とりあえず、落ち着こうぜ…」
マサの言葉に頷くと、水を飲んだり汗を拭いたり、それぞれが思い思いの緊張の解き方をした。
あたしは鞄とウエストポーチの上に置かれ、4人を眺めた。
〔はぁ…。それにしても、なんなのさ…あの化け物は…〕
動物と人間がごちゃ混ぜになった姿。
このトンネル内には、そんなモノがたくさんいた。
それに死の気配…。
化け物が出てきたトンネルのもっと奥は、確実に現世ではない。
黄泉の世界だ。
〔だから霊たちはこのトンネルに来ないんだ…。こんな所にある黄泉に落ちれば、二度と輪廻の輪に入れないもの…〕
正規ルートでない黄泉の入り口は危険だ。
番人もいないから良くないモノが跋扈してる。
ソイツらに霊が鉢合わせれば、半ば強制的に引きずり込まれる。
みんな本能的にそれが分かるから、近づかない。
あの化け物はその集大成だ。
多分、最初は普通の霊だった。
黄泉の気配に当てられ、一人…また一人…とおかしくなって、霊が霊を喰って膨らみ、やがて霊以外の動物も喰い始めた。
だから人間も動物もごちゃ混ぜなんだ…。
〔到底、話ができるとは思えない…。牽制するとか、そんな話じゃないな…〕
タイ呪物の方がずっとマシだ。
アレはまだ人間の魂の形が残ってる。
魂自体はゲスの極みだが、まだ会話もできるし考えることが分かる。
でもあの化け物は、もはや本能のままに襲ってくる。
近くにいる霊や動物の魂を片っ端から喰うだけの存在だ。
〔あんなの、霊媒師でも無理でしょ…〕
あたしも危なかった。
もしあのまま博士が動けなかったら、一番に喰われていたのがあたしだ。
〔生きてる人間も危ないかもしれないけど…〕
化け物は生者の力よりも、死者の魂を狙っていた。
生者は体調不良にはなるだろうけど、命までは取られない…はずだ。
〔うぅ…怖かった…。早くお家に帰りたい……〕
あたしはブルブル震えながら、4人が駐車場に向かうのを待った。
あんな思いをしたのだ。きっとこのまま帰るだろう。
そう思ったのに——
落ち着きを取り戻した4人は会議を始め、
「撮れ高としては不安だな…」マサ
「撮影開始して、まだ1時間も経ってないぞ」マモル
「トンネルの中に入ったとはいえ…何か映ったとはいえないかもな…。俺が聞いた足音でも入ってればいいけど」タケ
「サエちゃんに変化があるとかな…。でもカメラは俺の後ろにあったから、サエちゃんの現象が起きてても映ってないかもしれないぞ?」博士
4人は沈黙した。
「……せっかくここまで来て、撮れ高なし、現象が起きたのに撮れてないとか…あり得ないな」タケ
「ならどうする?1人検証か?」マサ
「「「絶対に嫌だ」」」
見事に揃った声を聞いて、
「——だよな」
マサは諦めた。
「でも、ならどうする?御蔵入りか?」マサ
「それはない!」
言い切ったタケは、とんでもないことを言い出した。
「サエちゃんをトンネルに置いて、カメラで様子を見るっていうのはどうだ?」
〔……——は?〕
「定点カメラみたいに、か?」博士
「ああ。その間に、俺たちはトンネル内で今し方撮影した映像を見直す」タケ
「現象チェックをして、何か映っていれば撮れ高を考えて、撮影終了できる、と?」マサ
「そう!」タケ
「もし何も映ってなかったら?」マモル
「……——リベンジ?」タケ
「「嘘だろ…」」
博士とマモルが絶望の顔をした。
でもあたしは2人以上に絶望していた。
〔嘘でしょ、タケッ!!!!あたし1人を残していくの?!このトンネルの中に?!!正気で言ってる??あの化け物見たでしょ?!!あたしにもう一回死ねって言うの!!!〕
猛抗議の声は、同然聞こえない。
あたしはなりふり構わず、大声を上げた。
〔やだよっ!やだやだやだやだぁ!!!死んでるからって、魂まで取られたら終わるじゃん!!〕
「うーん…。マサはどう思う?」マモル
「まぁいいんじゃね?」
〔はぁぁ?!!〕
「確かに…時間は有効に使えるな…」博士
〔何が有効だっ!!女の子だぞっ!!男4人もいて!女の子を残していくなんてっ!!ありえないでしょ!!〕
「俺もいいと思う。カメラ置いていけばバッチリとサエちゃんの現象も映せるかもしれないし」マモル
〔あんたまで!!!あの部屋にこっそりファンの女の子連れてきたこと、チクるぞっ!!〕
動かせない手をブンブンと振ろうとした。怒りに任せて博士の服の袖を掴んでやろうと念を込める。
博士が何か感じ取れば、あたしが抗議してることが通じるかも…。
今ならできる気がする!
これだけ力があれば…って——あれ?
〔邪念の鎖が取れてる?!〕
道理でさっきから力が有り余るはずだ。
体も軽くなってるし、心なしか人形の肌艶もいい。
〔化け物が喰ったのかな?あれも霊の思念だから…〕
化け物とタイ呪物の格差がありすぎて、邪念の鎖はあっさりと消え去ったらしい。
なんだ!
ほんの少しでも良いことがあるもんだな。
〔って!!ソレとコレとは別だぁ!!!あたしはやりたくないっ!!〕
しかし、虚しいかな。
あたしの思いはトツオカに届かなかった。
「よし。カメラをもう1台準備しよう。サエちゃんをどこに置くか、決めないと」




