初めてのロケに行ってみた②
深夜の静けさに、4人の足音が響く。
石畳の道、灯籠、鳥居、暗がりのなかに浮かぶ神社。
カメラの赤い光がはっきりと不気味に浮かんでいる。
「さすがに雰囲気あるな…」マモル
「深夜の神社って初めて来たわ」博士
「そりゃそうだ。地図によると、あと5分位先に神社があるな…」タケ
「さっきから鳴ってる音は竹藪の音?カポカポ?聞こえる」マモル
「竹だろうな。でもそれとは別になんか…ゴニョゴニョ聞こえる…」博士
「お前!!そういうこと言うなよ!先頭を行く俺の気持ちにもなれ!」タケ
先人切って歩いていたタケは、ぐるん!と向きを変えた。その表情は引きつり、暗い中でも分かるくらい青い。
すぐ後ろを歩いていた博士、さらに後ろを歩くマモルとマサが呆れてる。
「いや、怖いなら変わるけど?」博士
「タケ、昔からホラー苦手だよな?映画でも叫び声あげてたじゃん。それが心霊U Tuberになるんだもんな…」マモル
「U Tuberはロマンだろ?!それに俺がリーダーなんだから、先頭を行かなきゃ駄目だろう!俺に何かあれば、お前たちが逃げられるようにするんだから!」
「昔から正義感あったけど…今それを発揮しなくてもよくないか?」マモル
「タケは警察官になった方が良かった気がする」博士
「あんな地獄の訓練はできない」タケ
「なぁ、マサ。喋らないけど、大丈夫か?」マモル
ずっと沈黙したマサを振り返り、マモルが尋ねた。
「ああ。何ともない。編集でどんなBGMかけようか、考えてた」マサ
「…現場にいる時くらい、現実に目を向けろよ」マモル
全員が苦笑いした。
そんな談笑をする4人とは打ってかわり、あたしは博士に抱っこされた状態で、かなり緊張していた。
あの男女が言っていた通り、神社の神々しい気配はするけど…それとは明らかに違う禍々しい気配がある——
博士が一歩進むにつれ、その気配が強くなって空気が重くなる。人形の肌がビリビリする。
〔これ…まずくない?〕
誰にも聞こえないと分かっていても、呟かずにはいられなかった。
神社の入り口付近にいた霊は誰もいない。
こっちに進んじゃいけないと分かっているからだろう。
それは正しい。
だって、もの凄く嫌な気配がするもの。
竹藪の奥は山だ。その麓に神社がある。
鳥居の輪郭が見えてくると、
「おっ、着いたかな」
タケが足を止めた。
綺麗に整備された神社だった。4人がそれぞれに持つ照明が、その全容を浮き上がらせる。
鳥居の朱色が不気味に見えた。
「ここが噂の神社か…」博士
「神社の奥は神域で、立ち入り禁止らしい」マサ
「なら一周してみるか」タケ
鳥居をくぐると、神社に向かって足を進めた。
その瞬間、あたしの鳥肌は倍になった。
ゾワゾワッと悪寒が駆け上がる。
何、この感覚……。
鳥居をくぐればそこは神様の領域で、神聖な場所のはずなのに——
神社の奥が…凄く禍々しい。
あっちは駄目だ。
進んじゃいけない。
4人は撮影を続けながら、神社を見たり、周囲を照らしたりしている。
不意に博士が、
「……なんか、頭痛いな」
呟いた。
「大丈夫か?」マモル
「偏頭痛?博士、頭痛持ちだもんな」マサ
「いや…その頭痛とは違うような…。鳥居をくぐってから、急に痛くなった」博士
こめかみを押さえながら、博士は顔を歪めた。
博士の霊感が、警鐘を鳴らしているらしい。
〔その感覚は正しいよ、博士!具合が悪くなる前に、引き返そうよ!〕
抱っこされたあたしは、博士の顔色を確認しようと上げられない首を動かした…でもできない。
「博士って昔から敏感っていうか、そういう感覚が鋭いよな。頭痛がするって、ここはヤバいってこと?」タケ
「さぁ…?そこまでは分からん」博士
〔ヤバいんだよ、博士!!ちゃんと自分の感覚を信じてよ!〕
神社の真裏に来ると、タケは足を止めた。そして山の奥をライトで照らす。
「うーん…ここから神聖なんだろうな。柵がある」タケ
「真っ暗でよく見えない…」
マサがカメラを向ける。
「木が見えるけど…祠とか灯籠とか、何かあるわけじゃなさそうだな」博士
確かに、照明に照らされた山は木々が密集しているようにしか見えない。
でも、呪物になったあたしの瞳には別のモノが映っていた。
山から這って下りてくる黒いモヤ。地面を飲み込むように漂っている。
〔うわぁ…。なに、これ……〕
ちょうど柵のあたりで途切れているから、神社の聖域に阻まれているのだと分かる。
生前のあたしは信心深い方じゃなかったけど、神社ってちゃんと役目を果たしてたんだな…。
ごめんなさい、神様、仏様。
今からちゃんと信仰します。
どうか無事に帰れますように。
そして、トツオカの4人が無事でありますように。
タケは柵に近づいていく。
後ろの3人もそれに倣う。
タケが柵に触れ、軽く身を乗り出した。
頭と上半身が柵を超える。
途端に、黒いモヤがタケに纏わりついた。蛇みたいに。
〔うわぁ!タケ!!〕
モヤはあっという間にタケの上半身を飲み込む。黒い塊になった姿を見て、あたしは慌てた。
〔大丈夫なの?ちょっと、タケ?!〕
聞こえないのに、あたしは大声で叫んでいた。
「うーん…暗くて何も見えん…」
黒い塊が喋った。どうやらタケは無事らしい。
あたしはない心臓をドキドキさせた。
ええ?平気なの?
本当に?
霊感ないと、感じないのかな?
博士がタケの隣に立とうと、数歩足を進めた。
すると…
「うっ…」
頭上から博士の低いうめき声がした。
見えなくても彼は何か感じ取っているのだろう。
〔博士、無理しないほうがいいよ。博士はアレに近づかないほうがいいって!〕
あたしの言葉が聞こえたわけじゃないんだろうけど、博士は足を止めた。
柵に近づくのを諦め、
「タケ、そこに立ってて平気か?」
尋ねた。
「え?何が?」
黒い塊が喋る。足の向きが変わったから、こちらを向いたのだと分かった。
「いや…柵の奥……凄く嫌な感じがするから……」
「えっ?そう?」タケ
「ここにいるだけでも、頭痛が凄いんだよ…」博士
「確かに……顔色ヤバいな」マサ
「おい、大丈夫か?」
心配したタケが柵から手を離し、こちらに駆け寄ってきた。
良かった…。
纏わりついたモヤが消えた。
「おい、真っ青じゃん!少し休むか?」
タケが言う声に重ねて、
〔あぁ……残念……〕
山の奥…モヤの中から声がした。
男性とも女性とも言えない声。
その瞬間、
「え?」
タケが勢いよく振り返った。
じっと山の方を見ている。
あれ?もしかして…何か聞こえた?
しばらく山を見つめて固まるタケを見た3人は、
「どうした?」
「何見てんの?」
「なんかあった?」
それぞれに質問した。
タケは固い声で、
「……今、何か聞こえなかったか?」
3人に尋ねた。
「いや」「何も」「俺も聞こえてない」
全員が首を振った。
そう言われたタケはさぁ…っと青い顔になった。
「いや、何か聞こえたって!」
「どの辺りから?」マサ
「どこって…上手く言えないけど……山の方だ」
うん、確かに山の方だ。
正確にはモヤの中から。
もしかしたら、入り口で女性霊が言っていた取り込まれた霊なのかもしれない。
でもモヤに取り込まれて、霊とはいえない存在になっている。禍々しくてどろっとしてて、気配が邪悪だ。
この神社のお稲荷様は、これを山に留めているんだろう。麓に下りてこないようにするのが役目なんだ。
しばらく山の音に耳を澄ませていたマサは、
「特に何も聞こえないな」
「俺も」
マモルも同意した。
「タケ、まだ聞こえるのか?」
「いや…一瞬だけだった。マイクに入ってるといいけど…」
「編集してみないと、分からないな」マサ
「博士、まだ続けられそうか?」マモル
「ああ。大丈夫だ」
博士は即答していたけど、ウソだとあたしには分かった。
さっきからあたしを持つ手が細かく震えている。頭痛で吐き気がしているかもしれない。
でも暗がりでそこまで見えない3人は、博士の言葉を信じて、
「鳥居がある所に戻ろう。右手にも道があっただろう?そっちにも行ってみよう」
踵を返した。
鳥居に戻りつつ、博士が安心したように息を吐く声が聞こえてきた。
あたしを掴む指の震えが弱くなり、無意識に硬くなった体から力が抜けていくのが分かる。
〔博士…無理しちゃ駄目だよ……。気分悪いならちゃんと言いなって。後から反動がくるかもしれないよ?〕
聞こえないと分かっていても、声をかけずにはいられなかった。
確かに、博士には霊感がある。
呪物のあたしから見ればはっきりとそう言えるけど、博士は単純に偏頭痛だと思っているようだ。
これ以上、不調が起こらないといいけど……。
鳥居まで帰ってくると、今度は別の参道を進んだ。
こちらは霊が多い。
左右からひっきりなしに声がする。
〔人間だ…〕
〔若い…〕
〔霊感持ちもいる…〕
〔もっと奥に来い…来い…〕
〔来い…〕
〔来い…〕
〔おいで…〕
〔来い…〕
うぅ……怖いぃぃぃ!!
明らかに良い霊じゃない!
鳥肌がヤバいんだけど!!
「なんか…この道、凄い声がしないか?」
先頭を行くタケがビクビクして言った。
「そうか?笹鳴りはするけど」マサ
「俺も寒気はするけど…それだけ」マモル
「俺は…ちょっと気持ち悪いかも…」
博士は青を通り越して白い顔で言った。
それもそのはず。
霊たちは霊感が一番高い博士に標的を絞っていたからだ。
〔ちょっと!手を伸ばしてこないでっ!!あっ!博士に触らないでよっ!!!しっしっ!!来るなー!!!〕
あたしは伸ばされる手を必死に牽制した。
呪物であるあたしには、彼らと違って人形の体がある。幽体だけの彼らより現世との繋がりが強いので、多少は力があるらしく、声を出すと手は引っ込んでいった。
そんなことになっているとは露知らず、トツオカは話をしている。
「なぁ、博士の顔色ヤバいよ…」マモル
〔向こういけー!〕
「この道を進んだら帰ろうぜ。モバイルバッテリー使っても、残量減ってきたし」マサ
〔それ以上来るなっ!!生気を吸うなっ!!〕
「そうだな。そろそろ夜も明けるし…。それにしても…声がヤバい…」タケ
〔もう!右からも左からも!!鬱陶しいぞっ!体が欲しいなら、早く輪廻に戻れよぅ!!〕
「そうか?相変わらず何も聞こえない…」マモル
〔こらっ!タケにも触るなぁ!!〕
「タケが怖いこと言うの、珍しいよな」マサ
〔ハァハァ…。なんで護身用のお守りとか塩がないの?!心霊スポット来るなら何か持ってきなさいよっ!!準備不足だぞ、タケッ!〕
「確かに。博士は昔からだけど、タケはこの仕事始めてからだよな」マモル
〔さっきモヤに包まれたからだよっ!ここの霊との波長が合っちゃってるの!〕
ああっ!もうっ!
誰かこの危機に気がついてよぅ!!
「…なぁ、さらに怖いこと言っていいか?」
博士が珍しく固い声で言った。
「……なんだよ」
タケがギギギッと音がしそうな動きで、こちらを振り返る。
マサとマモルも足を止めた。
「さっきからサエちゃんが熱い。俺の体温が伝わって、とかじゃなくて…。持ってるのがキツイくらい熱いんだけど…」
「「「は?」」」
3人が一斉に博士に近づいてきて、抱っこされたあたしに触れた。
「確かに…」「熱いな」「嘘だろ?!」
全員がゴクリ、と息を呑んだのが分かる。
え?そうなの?
頑張って威嚇してるからかな?
「とっ、とにかく!早く奥行って引き返そうぜ」
タケのその言葉を皮切りに、全員の足取りが早くなった。早歩き、というより駆け足だ。
あたしが霊の牽制を続ける中、最奥にたどり着く。
小さな祠があるだけで、見た目にはそれ以外何もない——ように見えるだろう。
でも神社の裏手と同じモヤがこちらにもあった。
この祠の裏手の山も駄目だ。
すっかり黒く染まっている。
ギリギリでモヤを留めているのだと分かる、歪な境界線が足元にあった。よく見るとじわじわとモヤに侵食されている…。
あと何年、この結界が持つのだろう?
これが破れたらどうなるのか……そう考えると、ぶるっと震えた。
きっと、その頃にはトツオカはこの世にいない。
それくらい先のことだと、なんとなく分かったけど、いい気持ちにはならなかった。
「特に変わったところはないな」タケ
「でも…ここにいるとまた頭痛がする…」博士
「マジで?俺、な~んにも感じないわ」マモル
「それでいいんだよ。全員体調不良になったら撮影どころじゃないだろう」マサ
「それもそうだな」マモル
「ここでも声が聞こえるのか、タケ?」マサ
「いや…。聞こえないけど、寒気はする…」
タケは両腕をさすった。
「まぁ、確かにオープニング撮った場所より寒いよな…」マサ
「だな…。まだサエちゃんは熱いのか?」マモル
「いや、今は平気だ」
博士はまじまじとあたしを見た。
さっきより青い顔して……馬鹿。
我慢するなぉ…。
しばらくカメラを回して祠を撮っていたけど、それ以上の現象はないと判断したトツオカは帰路についた。
帰りの参道でも、あたしは霊たちを牽制して大声を出した。それでも博士はまた生気を奪われ、タケも少しだけ吸われていた。
さらに顔色が悪くなってる…。
あたしも力を使いすぎたのか、疲れ果てていた。
しばらく眠っちゃうだろうな……。
神社の入り口、オープニングを撮った場所にたどり着く頃には地平線が少し明るくなっていた。
博士は青白い顔のままエンディング撮影に臨み、タケは頭痛がすると言いながらも、いつもの元気な声で挨拶をして、このロケを終わらせた。
そこで緊張の糸が切れたのか、博士はその場にうずくまってしまった。慌てて3人が博士に寄り添う。
落とされたあたしは地面に転がり、今にも吐きそうな博士の顔を見上げた。
無理しすぎなんだよ。
帰ったら絶対、熱が出るぞ。
立ち上がることも出来ず、抱えられながら車に乗り込んだ博士を、マサに抱えられて見守った。
帰りの車の中、影響を受けた博士はぐったりとしてシートにうずくまっていた。
タケもらしくない疲れた顔をしている。
こんなになるくらい頑張ったんだ——
何か現象が映っていて欲しいな……。
力をほとんど使い果たしたあたしは、徐々に意識が薄れながらそう思った。




