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呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


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4/21

怪奇現象を起こすため、頑張ってみた


 それから定点カメラなるものが付けられた。

 あそこはあたしとはるちゃんがバッチリ映る場所らしい。


 トツオカの4人は帰宅した。

 ここは仕事をする部屋で、普段は違う場所で生活してるんだって。


 暗くなり始めた部屋に、蝉の五月蝿い声が聞こえる。


 隣の部屋の家族が帰ってきたのか、ボソボソと声がする。

 朝、怒られながら起こされていた男の子だろう、低い声と、お母さんだろう女性の声が聞こえる。


 この時間は晩御飯かなぁ。

 いいなぁ、ご飯。

 人形だからお腹は空かないけど、家族団欒で過ごせているのは羨ましい。


 温かい家庭の雰囲気を感じながら、電気の消えた暗い部屋で、赤く光る点が見える。


 ずっとこちらを見てる機械の光だ……。

 緊張するな……。


 人形であるにも関わらず、あたしは体を硬くした。


 

〔ねぇ、はるちゃん…。なんであの機械は赤く光ってるの?〕


〔録画開始してるからだよ〕


〔いつでも怪奇現象起こしていいってこと?〕


〔そうそう〕


〔えっ?!そうなの?じゃぁ、何かしなきゃ!!〕


〔慌てなくても大丈夫だよ。一晩は時間あるし、まぁ、まったりやろう〕


 

 のんびり言うはるちゃんとは違って、あたしは意気込んで臨んだ。


 とはいっても、怪奇現象の起こし方なんて知らない。


 とりあえず、目を動かしてみようか…。


 目に力を入れてみる。


〔どう?〕

 

〔なんにも変わらない〕


 今度は瞼を閉じる意識でやってみた。


〔どう?〕

 

〔なんにも変わらない〕


 両目でやろうとするから駄目なのかな?

 なら片目ずつなら…。


〔どう?〕

 

〔なんにも変わらない〕


 しばらく色々試してみたけど、なんの変化もなかった。


 仕方がない。


 次は泣き声だ。

 やっぱりお化けと言えば啜り泣きだよね。


〔シクシク…〕


〔うーん…聞こえてるのかな?今人間がいないから、分からないよね。思いつく限りの声を出してみたら?〕


〔思いつく限りって?〕


〔喜怒哀楽全部と、大声、大泣き、怒鳴る、叫ぶ…あとは——〕


〔ま、待ってはるちゃん…それ全部やるの?〕


〔だって、どれが成功するか分からないじゃん。人間いないから反応見れないし、一通りやるしかないよ〕


〔そうだけど……〕


〔んじゃ、笑うからいってみよう!〕


〔ええ……〕

 


 あたしははるちゃんに言われるがまま、喜怒哀楽を思いっ切り表現した。演劇俳優のごとく、それはそれは頑張った。


〔もっと感情込めて!〕


〔はい!〕


〔悲愴感が足りない!〕


〔はい!〕


 

 喜怒哀楽が終わると、今度は大声を出して、大泣きして、怒鳴って、叫んだ。

 

 人間だったら声が枯れて、喉を痛めているところだ。でも人形だから平気。

 

 努力したけど、発声の成果は確認できないから保留。

 


〔よし!次は手足を動かしてみよう!〕


〔動かす?〕


〔動く人形!髪が伸びる日本人形!定番でしょ?呪物なら、それくらいできなきゃ!〕 


 

 はるちゃんにそそのかされ、あたしは必死に動かそうとした。


 でもピクリともしない。

 全く、1ミリも、うんともすんともいわなかった。


 

〔どうしよう!あたし、呪物の才能ないかも!!〕


〔ドンマイ!〕


〔あぁ!空が明るくなってきちゃった!どうしよう…〕


〔まだ一日目だからねぇ。成果が出なくても、あと数日はチャンスがあるよ〕



 確かに、タケは「数日定点カメラを付けて観察していきたい」って言ってた。


 なら、まだ挽回できるはず。



 そういえば、はるちゃんも同じ検証をされたのかな?

 

〔はるちゃんは?カメラ付けられた?〕


〔うん。やったよ〜〕


〔何か怪奇現象起こせたの?〕


〔体を少し動かした!!〕


〔えっ?!凄いじゃん!!〕


〔でも実はさぁ…種明かしすると、たまたまこの体にゴキブリの親子がぶつかって、少し動いただけなの〕


〔ゴキブリ?!〕


〔男子しか使わない部屋だらさぁ。汚部屋なんだよね〜。しかもずっといるわけじゃないから、掃除がおざなりで…。さすがにネズミはいないけど、ゴキブリは出るのね。ゴキブリホイホイ置いてほしいわ。夜中に”こんばんは“されると、さすがにこの体でも鳥肌たつもん〕


〔そこじゃなくない?!〕

 

〔あぁ、怪奇現象ね。運よくゴキブリが通って良かった〜。わたしの体、綿だからさ。軽くて助かったわ〜。呪物としてのメンツは保たれたよね!!セーフ!!〕


〔それってセーフかな?〕


 はるちゃんは嬉しそうにいうけど、呪物としては違う気がする。



 残念というか、良かったと言うべきか、今夜はゴキブリの出現はなかった。


 どんどんと外が明るくなってくると、蝉の元気な鳴き声が響き始める。

 

 懐かしいなぁ…蝉取り。

 幼虫を食べてる家もあった気がするけど、あたしは気持ち悪くて無理だった。

 空腹が限界だったら手を出したいたかもしれないけど…。そこは自分との戦いだった気がする。

 


 完全に日が昇り、また外が騒がしくなると、隣の部屋親子の、


「早くしなさーい!!」


「もう起きてるよ!」


 のやり取りが聞こえた。



 それから更に時間が過ぎ……


『ガチャガチャ……ガッチャン』


 ドアから音がした。


「うわっ、暑っっっ!!!」


「地獄だわー」


 声がした。


 この部屋、暑いんだ。


 ドカドカと足音が近づいてきて部屋に3人、入ってきた。


 あれ?マモルがいない。

 

「クーラー、クーラー!」タケ


 細長い機械をピッと押すと、上の方からゴーッと音がした。


「風ぬる〜」マサ


「古いからなぁ」博士


「冷えるまで、冷蔵庫のお茶でも飲もうぜ」タケ


 台所で何やらゴソゴソし、飲み物が入った透明な容器を持って帰ってきた。


 3人で喉を鳴らし、ごくごく飲んでいる。


 いいなぁ、あたしも欲しい。


〔お茶、いいなぁ。わたしにもくれないかなぁ。トツオカ、何もくれないんだよね。人形だから不要だと思ってるんだろうけど…水くらいお供えして欲しい〕


 ちょっと切実な声ではるちゃんが言った。

 

 確かに、喉は渇く。

 今も乾いてるし。

 

 もちろん、生者みたいに飲めるわけじゃないけど、お供えされれば喉が潤う、と分かる。


〔あたしも、喉渇いたな〕


〔だよね〜。神棚みたいにお供えしてくれなくていいけど、たまには欲しいなぁ。この声が聞こえてればなぁ…〕


 はるちゃんのボヤキを聞きながら、あたしも同意した。


 喉が潤ったトツオカの3人は、定点カメラをいじっている。


「どう?録画はオッケーか?」タケ


「バッチリ」マサ


「マモルが来るまで、映像の確認をしよう」博士


 そこから3人は、四角い機械をじっと見つめ始めた。

 真剣な顔だ。


〔どうかなぁ?サエちゃんの頑張りは実ったのかなぁ?〕


 はるちゃんがワクワクと言った。


 反して、あたしはドキドキした。


 結構な大声を出したり、叫んだりした。

 少しは現象が起きてるといいなぁ。



 しばらくじっと画面を見ていた3人は、


「うーん…」


 腕組みして、難しい顔をした。


「特に変化はなし、だな」博士


「変わった部分はないな」マサ


「音声も異常なし…」


 ガーーーーン!!

 

〔何も起こらなかったかぁ〕

 

 はるちゃんがやれやれ、と言った。


〔そんなぁ…。頑張ったのに……〕

 

〔ぴえんだね〕


〔ぴえん?〕


〔悲しい、ショック、って意味だよ〕


 はるちゃん、現代用語に詳しいな。

 

「うーん…後は細かく画像チェックするしかないか」タケ


「これから作業に入るわ」マサ


「任せた。俺、部屋の掃除するわ。さすがに埃が溜まってきたし」博士


「ノリ、細かいよな」


「尊が大雑把過ぎるんだよ」博士


〔ノリ?尊?〕


 あたしの疑問に、はるちゃんが答えてくれる。


〔ノリは博士の本名で、正則っていうの。尊はタケの本名だよ。4人は幼馴染だからね。U Tubeに出るために、あだ名を作ったんだよ。こうやってカメラが回ってない時は、本名で呼びあってるの〕


〔ふーん。わざわざ作ったんだ〕



 博士は掃除を始め、タケは機械(はるちゃんがパソコンって呼ぶって教えてくれた)、マサは定点カメラの映像を引き続き見ていた。 

 

 博士の掃除が終わる頃、マモルが到着してもう一度定点カメラの映像を見ていたけど、なんの発見にも至らなかった。


〔まぁ、気を落とさないようにね。まだ一日目だし、引き続き頑張ろう〕


 はるちゃんは明るく言った。


 4人はしばらくパソコン作業をして、この日は終了した。


  

            ◆


 その夜も、あたしははるちゃんの指導の元、怪奇現象を起こすために奮闘した。


 トツオカは次の日には来なくて、昼夜関係なく声を出したり、物を動かす練習ができた。


 でも変わらず、目に見える変化は起きなかった。

 

 くそぅ……。

 怪奇現象って難しいな。

 

 定点カメラは回りっぱなしだったから、さすがに何か捉えていて欲しいなぁ。


 期待を込めて練習を続け、あたしはトツオカが来るのを待った。


 

            ◆


 2日後。


 蝉の声が五月蝿い中、トツオカがやって来た。


「今日も暑〜!!」


「エアコン!エアコン!」


 今度は4人揃ってる。

 全員汗だくだ。

 外は相当に暑いんだな。


 またエアコンをつけて、冷えた飲み物を一気飲みしてる。ペットボトル(これもはるちゃんが教えてくれた)を首に当てて、


「冷てえ!」


 と嬉しそうに笑っている。

 


「定点カメラ、どうなったかな?」タケ


「それも気になるけど、まずは涼もうぜ」マモル


 服をパタパタとさせながら、マサと博士も、

 

「「賛成」」


と返事した。


 あたしとしては、早く映像を確認してほしいんだけど…。


 人間達がそれぞれの方法で涼んでいる姿を、ムズムズした気持で見ていると…

 

『ピーンポーン』


 呼出音が鳴った。


「「「えっ?」」」

「来客?」


 4人は驚いた顔をした。


「なんで?」マモル


「誰か何か注文とか、した?」タケ


「「「してない」」」


 全員が顔を見合わせて、困惑している。

 

 また、

『ピーンポーン』

 呼出音がした。


 一番早く動いたのはマサで、対応のため玄関に向かった。


 あたしはキョトンとした。

 

〔なんでそんなに驚いてるの?〕


 はるちゃんも不思議そうに、


〔来客なんて、ほとんど来ないんだよ。ここに住んでるわけじゃないからね。宅配でもウーバーしたわけでもないのに…〕


 ウーバー?って何?


 尋ねようとしたけど、

「えっ?本当にこの部屋ですか?」


 驚いたような、困惑したようなマサの声が聞こえてきて、あたしは質問し損ねた。


「いや…でも、俺たちは普段、この部屋で寝泊まりしてません。——はい……はい……そうなんですか?……ここ数日は誰もいませんでしたよ」

 

 マサ声の間に、女性らしき声がする。

 どうやら相手は女性らしい。


 会話の内容は聞こえないけど、どうやらお叱りを受けているのか、マサは遠慮がちに話している。

 

「……はぁ。——分かりました。……ご迷惑はおかけしないようにします……はい……はい……」

 

 部屋にいる3人も、心配そうに玄関の方を見ている。

 なにやら、良くない雰囲気……。


〔どうしたんだろ?〕


〔さぁ?〕


 あたしもはるちゃんも、マサが戻ってくるのを待った。


 

「分かりました……はい……はい……では、失礼します」

 

 『バタン』


 扉が閉まる音の後、マサが首を傾げながら部屋に戻ってきた。


「どうした?」

「なんかトラブル?」


 心配そうなタケと博士が尋ねる。


 マサはタケの隣に座ると、

  

「お隣さんの奥さんなんだけど……」


「中学生の子供がいる?」博士


「そう。なんか……変なこと言うんだよ」


「変なこと?」マモル

  

「それがさ……。ここ数日、声が五月蝿いって。ボソボソ聞こえたり、叫んだり、泣いたり……。もう少し静かにしてくれって…」


「「「は?」」」 


 3人が同じ反応をした。


「この部屋で寝泊まりはしてないから、うちじゃないですよ、って伝えたんだけど、信じてもらえなかった。『あんなに声がするのに、誰もいないなんてあり得ない』って憤慨されてさ…。それも女の声らしくて…。『誰かが彼女でも連れ込んでるでしょ』って言って、聞かないんだ。とにかく声を抑えてくれって…」


 トツオカの4人は顔を見合わせた。


「彼女……女性の声がした?」


「まさかとは思うけど……彼女連れ込んだり…そんなことしてないよな?」


 タケが3人を見た。


「するわけないだろう」博士


「だいたい、今は定点カメラ置いてるんだぞ?」マモル


「仮に連れ込んだとしても、画像チェックすれば全部バレるだろうが」マサ


「それもそうだな……」タケ


「じゃぁ、その声って?」


 博士の疑問に、全員はシン……となった。


「他の部屋とか?」タケ


「いや、奥さんは確かにこの部屋だって……。壁越しにはっきり聞こえっるて」マサ


「2階建ての2階の部屋。しかも隣の奥さんの部屋は角部屋……。うちの部屋しかあり得ないってわけか……」


「でも、おととい来て以降、この部屋には出入りがないんだぞ?」マモル


「少なくとも、俺たちは出入りしてない」博士


「だったら、誰の声なんだよ」タケ


「昨日は昼も夜も聞こえてきたらしいんだ。それで我慢できなくなったって……」マサ


  

 やり取りを聞いていたあたしとはるちゃんは、黙り込む4人とは違い、〔お?〕と期待顔になった。


 もちろん、トツオカの誰かがこっそり彼女を連れ込んだりしていないと、誰よりも知っている。

 

 となれば……その声ってもしかして……?

 


「とにかく、定点カメラの映像を見てみるか」


 冷静なマサは、カメラを外してパソコンに繋げた。

 作業を見守るあたしとはるちゃんは、


〔ねぇねぇ!これって、もしかすると、もしかするのかな?〕


 あたしがわくわくと言うと、はるちゃんも嬉しそうに、


〔あり得るんじゃない?〕


 と喜んだ。


 

 パソコンに映し出された映像を、4人は食い入るように見た。


 しばらくそうしていると、やがて博士が顔を上げる。


「特に声は入ってないな」


〔〔えええーーー?!!!〕〕


 期待を裏切られたあたしとはるちゃんは、脱力した。


〔そんなぁ!!〕


〔聞こえる人には聞こえるだけなのかな?女性の方が感覚が敏感だし、隣の奥さんだけに届いたとか?〕

 

〔悲しい!悲しすぎる!!〕


 がっくりと肩を落としたあたしは、一気に疲れた。


 期待だけさせて、一気に谷に落とされた気分…。


 そんなあたしを見たはるちゃんは、

 

〔まぁまぁ、サエちゃん。女性に声が届くことは分かったんだし、十分な成果じゃない?〕


 慰めるように言った。


〔そうかなぁ…〕


〔サエちゃんは頑張っていますよ。このはるちゃんがずっと見守ってあげるから、これからも頑張って励んでいきましょう!〕


 先生のように言った。

 

 

 明るいはるちゃんに対して、あたしはずん…とした気分のままだった。

 

〔でもさ、これって意味あるのかな…?〕


 あんなに必死になってやって、声が聞こえただけかぁ…。

 人形の体とはいえ、声を出したり体を動かそうとすると、結構疲れる。喋るのも億劫になるくらいだ。


 現に初日は疲れ果て、はるちゃんとのお喋りができなかった。


 この2日間もそうだ。

 頑張ったから、しばらく意識がなくなった。


 

 はるちゃんは、


〔呪物としての力を使ったから、仕方ないんだよ〕


 と言った。


〔サエちゃんは覚醒したばっかりだから、慣れるまで時間がかかるんだよ。繰り返せば良くなるよ。撮影のためとはいえ、サエちゃんは頑張ったんだから。これからも地道に続けていこうよ〕


〔でもさぁ…頑張りと成果が釣り合わないよ…。あたしははるちゃんとお話しできればいいかな…〕


〔サエちゃん…〕


〔人を呪ったり驚かせたいわけじゃないし。こうしてのんびりとトツオカの観察をして、はるちゃんと楽しく話せたらあたしは満足だよ〕


 力なく、あたしは笑った。


〔そうだね…。一緒にトツオカを見守って、突っ込みいれていこう〕


 はるちゃんも笑った。


 2人で笑いあっていると、

 

「——なぁ、これ……」


 定点カメラの画像をチェックしていたマサが、固い声を出した。


「どうした?」


 3人がパソコンの前に集まり、動画を見る。


「ほら、ここ」


 4人の男が小さな画面に見入っている。

 絵面的に暑苦しい。


「ここだよ、ここ」


「「「……」」」


 4人は固まった。



 あたしとはるちゃんは、動かない目を見合わせる。


〔どうしたんだろう?〕


 あたしの疑問に答えたのは、博士だった。


「……サエちゃんが瞬きしてる」

  

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