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呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


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2/21

呪物になってた


〔おかえり、サエちゃん。ロケどうだった?〕


 廃村ロケから無事に戻り、トツオカの4人がそれぞれの家へと帰宅した後、隣に座るはるちゃんが話しかけてきた。

  

〔もうクタクタだよ〜。たくさんの霊を怒らせちゃってさぁ……。何度も謝って、声がカスカス…〕


〔確かに、サエちゃんの声、おかしいもんね〕 


〔あっ、分かる?〕

 

〔分かるよ〜。タダ働きじゃん。せめて水ぐらいお供えほしいよね〜〕


〔だよねー。甘い物もあると最高〕


〔確かに〜〕

  

 仕事帰りの女子社員みたいに、楽しくお喋り。

 楽しい〜。

 呪物になっても、持つべきものは友達だ。


 

  

 今はこんなにも和やかに話せているけど、ここに来た当初、あたしは自分の状況が全く分かっていなかった。

 ここがどこなのかはおろか、自分が人形であることも、死んだはずなのに意識がある理由も。



 

 あたしの記憶の始まりは、誰もいないこの部屋の中。

 

 正確に言うと、この部屋に来る前の記憶もある。

 ぼんやりと、お婆ちゃんや子供に囲まれていたのは覚えがある。でもはっきりしなくて、それが生前なのか、死後なのか分からない。

 暗くて狭い場所にいた気もするけど、気がついたらここに座ってた。


 視界に入る白い壁。

 物が散らかった、綺麗とは言えない床。

 見慣れない機械が並ぶ部屋。


 なんだか…物が大きいな。


 置いてあるのは…机…だよね?

 どんな巨人が使うの?

 それに扉も窓も…全部が大きい。

 なんで?

 


〔ここどこ?お婆ちゃんは?〕


 思わず喋った声に、返事が返ってきた。


〔ここにはお婆ちゃんはいないよ。若い男の人しかいない。今は不在だけどね〕


 あれ?

 今、誰が喋ったの?

 

 びっくりして声がした方を見ようとしたけど、体は動かなかった。

 隣に座っているのはクマの人形だけ。人はいない。

 

 困惑していると、

 

〔話しかけたのはあたしだよ〕


 クマの人形から声がした。


 あたしはびっくりして、

 

〔えっ?えっ?クマが……喋った?!〕


〔あなた、お喋りできるんだね!嬉しい!〕


 怖がるあたしに反して、クマの人形は凄く嬉しそうにそう言った。


 びっくりはしたけど、怖いとは思わなかった。

 だって、「嬉しい」という声が本当に明るくて弾んでいたからだ。それに凄く可愛い声だった。

 

 わずかに警戒を解いたあたしは、おずおずとクマに話しかけた。 


〔あの…なんであたしは動けないの?〕

 

〔それは人形だからだよ〕


〔人形…〕


〔わたしも人形だよ。おんなじだね〕


〔なんでクマの人形なのに喋れるの?〕


〔それはわたしにも分からない…。でも怖がらないでほしい…。お喋りできる相手がいるのは嬉しいんだ〕

  

 ひたすらビクビクするあたしをなだめてくれたクマは、ブラウンの毛並み。たくさん抱っこされたのだと分かる傷み方をしていた。

 目はボタン。しかも左右で色もデザインも違う。手縫いで付けられたのだと分かる、歪な縫い方をされていた。


〔わたしははるちゃんだよ。よろしくね〕

 

〔はるちゃん…は、いつからここにいるの?〕


〔結構前〕


〔結構って、どれくらい?〕


〔時間の感覚がないんだよね…。だから“結構前”としか言えないの〕


〔…お家に帰りたくないの?〕


〔お家がどこか、覚えてないから〕


 あっさり言うはるちゃんは、寂しそうな、でも吹っ切れたような声で言った。

 

 もう諦めているのかもしれない。


 悪いことを聞いたかな…と思って、言葉が出ないでいると、


〔ここは悪くないよ。人間が来れば賑やかだし、飽きることはないよ〕


 明るくはるちゃんが言った。

 

〔…あたし、帰れない?〕


〔帰りたいの?〕


 そう尋ねられて、初めて気がついた。


 帰る……。

 どこに?

 

〔……分かんない。どこかにいた気はする…けど…どこにいたんだろう…?〕


〔ゆっくり思い出せばいいよ。でも思い出せなくても大丈夫。わたしも覚えてないけど、困らないもん〕

 

〔…そう……なんだ〕


 そういうものなのかな……。


 何だか胸にぽっかりと穴が空いたようで、言葉が出ないでいると、


〔ねぇ、あなたの名前は?〕


 はるちゃんが尋ねた。


〔——あたしは………分かんない〕


 はるちゃんは数秒無言になった後、


〔あなたは“サエちゃん”だよ〕


 教えてくれた。

 

〔サエちゃん?〕


〔4人からそう呼ばれてた〕


 そっか…。

 あたしはサエちゃんっていうのか…。


〔よろしくね、サエちゃん〕


  

  

 はるちゃんはあたしの話をじっくり聞いてくれ、この人形の体についても教えてくれた。 

 

 あたしは日本人形だった。

 前髪はパッツン、黒髪は胸の長さ。

 顔は垂れ目で、口は閉じてうっすらと笑っている。

 着物はピンクで、梅と桜と鞠模様が入ってる。帯は白。


〔着物は手作りじゃないかな?もともとこの人形が着てたものじゃないと思うよ〕


〔そうなの?自分じゃ見えないから…〕


解れて(ほつれて)るけど、丁寧に裁縫されてる。きっと大事にされてたんだね〕


 はるちゃんは笑った。

 もちろん、クマの人形の表情は変わってない。でも笑ったって分かる。


〔髪にも櫛を入れたら綺麗になるよ、きっと〕


〔はるちゃんの目も、ボタンが綺麗だよ。右はピンクの花柄、左は黄色のきらきら〕


〔そうなんだ。クマの人形で目がボタン…。思ったより悪くないや。サエちゃんが来てくれて助かったよ。やっと話し相手ができた〕


〔あたしも、はるちゃんがいてくれて良かった〕


 あたし達はくすくす笑った。

 意識がはっきりして、初めて笑った瞬間だった。



 お喋りできるはるちゃんの存在は、凄く有り難かった。疑問に答えてくれることも、似た境遇で話を聞いてくれることも、本当に助かった。



 心を許した後は、はるちゃんとたくさんお喋りした。


  

 あたし達は世で言う呪物らしい。

 人を呪った過去があったり、前の持ち主が不幸な死を遂げたり、手にした人が連続して災難に見舞われたり…と、曰く付きのエピソードがある人形なんだって。


〔わたしには何のことか、さっぱり分からないんだけど〕


 はるちゃんは心外な、とでも言いたげに怒った。


〔だいたいさ、自由に動くこともできなけりゃ、物を動かすこともできないんだよ?どうやって呪うのさ〕


 確かに、自由がきく体じゃない。視線も動かせないのだ。唯一できるのが、お喋り。

 

 でも曰く付きって言われるなら、何かあったんだよね…。


〔あたしも誰かを不幸にしちゃったのかな…?〕


 不安げに言うと、はるちゃんは、


〔案外、勘違いってことはあると思うよ。わたしは戦地で拾われてるけど、拾われた後、いくつか場所を転々としたらしくて…その時、たまたま『声』が聞こえる体質の人が、わたしの独り言と突っ込みを中途半端に聞き取って、「喋る人形だ!」って騒いだから、曰く付きになったの。暇だからお喋りしてただけなのに…失礼しちゃうよね〕


 はるちゃんはプンプンしていた。


〔目が動いたとか、持ち主が怪我をした、とかでもないんだよ?勘違いする前にちゃんと霊感ある人に見てほしかったわぁ〕


 そっか。そういう勘違いの場合もあるんだ。


 なら、あたしはどうなんだろう…。

 

〔あたしも勘違いであってくれたらいいな…〕


〔そのうち分かるよ〕


 あっけらかんと、はるちゃんは言う。 


〔トツオカが、サエちゃんの撮影をするはずだから〕


 あたしは目をぱちくりさせた…気分になった。


〔トツオカ?撮影?って何?〕


〔教えてあげるよ!〕


 ふふん、と自慢げな笑顔ではるちゃんは教えてくれた。


 トツオカ——ここを出入りする4人の人間について。

 

 それに動画、ロケ、心霊スポット、U Tube…知らない単語もたくさん出てきた。

 それも全部、丁寧に説明してくれた。

 


 どうやら、死んでからずいぶんと時間が経ったらしい。

 だって、説明された半分も知らないことだったから。


 

 それにこの部屋…。

 凄く綺麗だ。

 清潔感があって、頑丈な建物だ。

 和風建築じゃないから、洋風の建物なんだろう。


 少なくとも、生きてた頃には見たことがない……。


〔なんだか、別の国に来た気分…〕


〔その気持ちは分かるよ。生活の質も環境も違ってて、びっくりするよね。もしかしたら、わたしとサエちゃんは似た時代を生きてたのかもね。生前のことはあんまり覚えてないけど、日本人で、人間だったとこは間違いないって思えるの〕


〔そうだね…。あたしもそう思う〕


 確かに日本人だった。

 人間の女の子で…豊かな生活はしてなかった…と思う。


〔でもそれ以外のことは…はっきりしないや〕


 あたしの呟きが淋しげに聞こえたのか、はるちゃんは慰めるように言った。


〔ここで過ごしてれば、あんまり気にならなくなるよ。考える時間はたっぷりあるんだから、気長にいこう〕

 

 

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