呪物になってた
〔おかえり、サエちゃん。ロケどうだった?〕
廃村ロケから無事に戻り、トツオカの4人がそれぞれの家へと帰宅した後、隣に座るはるちゃんが話しかけてきた。
〔もうクタクタだよ〜。たくさんの霊を怒らせちゃってさぁ……。何度も謝って、声がカスカス…〕
〔確かに、サエちゃんの声、おかしいもんね〕
〔あっ、分かる?〕
〔分かるよ〜。タダ働きじゃん。せめて水ぐらいお供えほしいよね〜〕
〔だよねー。甘い物もあると最高〕
〔確かに〜〕
仕事帰りの女子社員みたいに、楽しくお喋り。
楽しい〜。
呪物になっても、持つべきものは友達だ。
今はこんなにも和やかに話せているけど、ここに来た当初、あたしは自分の状況が全く分かっていなかった。
ここがどこなのかはおろか、自分が人形であることも、死んだはずなのに意識がある理由も。
あたしの記憶の始まりは、誰もいないこの部屋の中。
正確に言うと、この部屋に来る前の記憶もある。
ぼんやりと、お婆ちゃんや子供に囲まれていたのは覚えがある。でもはっきりしなくて、それが生前なのか、死後なのか分からない。
暗くて狭い場所にいた気もするけど、気がついたらここに座ってた。
視界に入る白い壁。
物が散らかった、綺麗とは言えない床。
見慣れない機械が並ぶ部屋。
なんだか…物が大きいな。
置いてあるのは…机…だよね?
どんな巨人が使うの?
それに扉も窓も…全部が大きい。
なんで?
〔ここどこ?お婆ちゃんは?〕
思わず喋った声に、返事が返ってきた。
〔ここにはお婆ちゃんはいないよ。若い男の人しかいない。今は不在だけどね〕
あれ?
今、誰が喋ったの?
びっくりして声がした方を見ようとしたけど、体は動かなかった。
隣に座っているのはクマの人形だけ。人はいない。
困惑していると、
〔話しかけたのはあたしだよ〕
クマの人形から声がした。
あたしはびっくりして、
〔えっ?えっ?クマが……喋った?!〕
〔あなた、お喋りできるんだね!嬉しい!〕
怖がるあたしに反して、クマの人形は凄く嬉しそうにそう言った。
びっくりはしたけど、怖いとは思わなかった。
だって、「嬉しい」という声が本当に明るくて弾んでいたからだ。それに凄く可愛い声だった。
わずかに警戒を解いたあたしは、おずおずとクマに話しかけた。
〔あの…なんであたしは動けないの?〕
〔それは人形だからだよ〕
〔人形…〕
〔わたしも人形だよ。おんなじだね〕
〔なんでクマの人形なのに喋れるの?〕
〔それはわたしにも分からない…。でも怖がらないでほしい…。お喋りできる相手がいるのは嬉しいんだ〕
ひたすらビクビクするあたしをなだめてくれたクマは、ブラウンの毛並み。たくさん抱っこされたのだと分かる傷み方をしていた。
目はボタン。しかも左右で色もデザインも違う。手縫いで付けられたのだと分かる、歪な縫い方をされていた。
〔わたしははるちゃんだよ。よろしくね〕
〔はるちゃん…は、いつからここにいるの?〕
〔結構前〕
〔結構って、どれくらい?〕
〔時間の感覚がないんだよね…。だから“結構前”としか言えないの〕
〔…お家に帰りたくないの?〕
〔お家がどこか、覚えてないから〕
あっさり言うはるちゃんは、寂しそうな、でも吹っ切れたような声で言った。
もう諦めているのかもしれない。
悪いことを聞いたかな…と思って、言葉が出ないでいると、
〔ここは悪くないよ。人間が来れば賑やかだし、飽きることはないよ〕
明るくはるちゃんが言った。
〔…あたし、帰れない?〕
〔帰りたいの?〕
そう尋ねられて、初めて気がついた。
帰る……。
どこに?
〔……分かんない。どこかにいた気はする…けど…どこにいたんだろう…?〕
〔ゆっくり思い出せばいいよ。でも思い出せなくても大丈夫。わたしも覚えてないけど、困らないもん〕
〔…そう……なんだ〕
そういうものなのかな……。
何だか胸にぽっかりと穴が空いたようで、言葉が出ないでいると、
〔ねぇ、あなたの名前は?〕
はるちゃんが尋ねた。
〔——あたしは………分かんない〕
はるちゃんは数秒無言になった後、
〔あなたは“サエちゃん”だよ〕
教えてくれた。
〔サエちゃん?〕
〔4人からそう呼ばれてた〕
そっか…。
あたしはサエちゃんっていうのか…。
〔よろしくね、サエちゃん〕
はるちゃんはあたしの話をじっくり聞いてくれ、この人形の体についても教えてくれた。
あたしは日本人形だった。
前髪はパッツン、黒髪は胸の長さ。
顔は垂れ目で、口は閉じてうっすらと笑っている。
着物はピンクで、梅と桜と鞠模様が入ってる。帯は白。
〔着物は手作りじゃないかな?もともとこの人形が着てたものじゃないと思うよ〕
〔そうなの?自分じゃ見えないから…〕
〔解れてるけど、丁寧に裁縫されてる。きっと大事にされてたんだね〕
はるちゃんは笑った。
もちろん、クマの人形の表情は変わってない。でも笑ったって分かる。
〔髪にも櫛を入れたら綺麗になるよ、きっと〕
〔はるちゃんの目も、ボタンが綺麗だよ。右はピンクの花柄、左は黄色のきらきら〕
〔そうなんだ。クマの人形で目がボタン…。思ったより悪くないや。サエちゃんが来てくれて助かったよ。やっと話し相手ができた〕
〔あたしも、はるちゃんがいてくれて良かった〕
あたし達はくすくす笑った。
意識がはっきりして、初めて笑った瞬間だった。
お喋りできるはるちゃんの存在は、凄く有り難かった。疑問に答えてくれることも、似た境遇で話を聞いてくれることも、本当に助かった。
心を許した後は、はるちゃんとたくさんお喋りした。
あたし達は世で言う呪物らしい。
人を呪った過去があったり、前の持ち主が不幸な死を遂げたり、手にした人が連続して災難に見舞われたり…と、曰く付きのエピソードがある人形なんだって。
〔わたしには何のことか、さっぱり分からないんだけど〕
はるちゃんは心外な、とでも言いたげに怒った。
〔だいたいさ、自由に動くこともできなけりゃ、物を動かすこともできないんだよ?どうやって呪うのさ〕
確かに、自由がきく体じゃない。視線も動かせないのだ。唯一できるのが、お喋り。
でも曰く付きって言われるなら、何かあったんだよね…。
〔あたしも誰かを不幸にしちゃったのかな…?〕
不安げに言うと、はるちゃんは、
〔案外、勘違いってことはあると思うよ。わたしは戦地で拾われてるけど、拾われた後、いくつか場所を転々としたらしくて…その時、たまたま『声』が聞こえる体質の人が、わたしの独り言と突っ込みを中途半端に聞き取って、「喋る人形だ!」って騒いだから、曰く付きになったの。暇だからお喋りしてただけなのに…失礼しちゃうよね〕
はるちゃんはプンプンしていた。
〔目が動いたとか、持ち主が怪我をした、とかでもないんだよ?勘違いする前にちゃんと霊感ある人に見てほしかったわぁ〕
そっか。そういう勘違いの場合もあるんだ。
なら、あたしはどうなんだろう…。
〔あたしも勘違いであってくれたらいいな…〕
〔そのうち分かるよ〕
あっけらかんと、はるちゃんは言う。
〔トツオカが、サエちゃんの撮影をするはずだから〕
あたしは目をぱちくりさせた…気分になった。
〔トツオカ?撮影?って何?〕
〔教えてあげるよ!〕
ふふん、と自慢げな笑顔ではるちゃんは教えてくれた。
トツオカ——ここを出入りする4人の人間について。
それに動画、ロケ、心霊スポット、U Tube…知らない単語もたくさん出てきた。
それも全部、丁寧に説明してくれた。
どうやら、死んでからずいぶんと時間が経ったらしい。
だって、説明された半分も知らないことだったから。
それにこの部屋…。
凄く綺麗だ。
清潔感があって、頑丈な建物だ。
和風建築じゃないから、洋風の建物なんだろう。
少なくとも、生きてた頃には見たことがない……。
〔なんだか、別の国に来た気分…〕
〔その気持ちは分かるよ。生活の質も環境も違ってて、びっくりするよね。もしかしたら、わたしとサエちゃんは似た時代を生きてたのかもね。生前のことはあんまり覚えてないけど、日本人で、人間だったとこは間違いないって思えるの〕
〔そうだね…。あたしもそう思う〕
確かに日本人だった。
人間の女の子で…豊かな生活はしてなかった…と思う。
〔でもそれ以外のことは…はっきりしないや〕
あたしの呟きが淋しげに聞こえたのか、はるちゃんは慰めるように言った。
〔ここで過ごしてれば、あんまり気にならなくなるよ。考える時間はたっぷりあるんだから、気長にいこう〕




