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呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


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1/21

廃虚探索に行ってみた


「皆さん、こんばんは!トツオカのお時間です!本日は某有名ゲームのモデルになったことで有名な、阿里村に来ています!本日の案内人は……リーダーのタケとぉ!」

「博士です」


 暗闇の中、場違いな元気な挨拶で始まったいつもの台詞。

 だいぶ恥ずかしがらずに言えるようになったな。

 2人の成長を感じる。


 タケは今日も元気だ。


 対して博士は安定の顔色の悪さ。うん、いつも通り。


 

 この場所の説明をしている2人をよそに、あたしは周りの観察をした。

 とは言っても、自由に顔を動かせるわけじゃないから、見える範囲だけに気を向ける。

 

 

 ここはあんまり好きじゃない。

 ちらほらと人の気配がするし、何人かは様子を見に来たのか、木の裏からこっちを見てる。


 ()()っていうのは本当らしい。


 まぁ、タケと博士が気がつくとは思えないけど……



 それにしても……

 最近はいつもあたしが同行させられる。


 せっかくのロケで()()()には呪物達しかいないのに……。

 はるちゃんとゆっくりお話ししたかったなぁ……。


 最近、やっとこの『トツオカ』のことが分かってきた。

 彼らはU Tubeとかいうテレビで仕事をしている。

 こうやってロケに出たり、家で撮影したりして番組を作ってる、とはるちゃんが教えてくれた。

 小さな画面に向かって、こうして喋るだけでいいらしい。テレビを通してたくさんの人がトツオカを観るんだって。たくさんの人に観てもらえれば、それだけお金が入ってくるとか……

 

 このあたりのことは、はるちゃんでもよく分からないらしい。



「それにしても、昼間、下見に来た時とは雰囲気が全然違うなぁ」

 

「確かに…『出る』ってカンジする」

 

「博士、今日はメガネ大丈夫?割れてない?」

 

「いつも割れてない」


 怖い雰囲気を和らげようと、タケが博士にちょっかいをかけてる。


 自由な言葉遣い、仕事を選べること、服も好きなものを着られる。

 

 

 あたしが生きていた頃と、ずいぶん変わった。


 生前のことはあんまり覚えてないけど、「変わった」ということは分かる。

 


 そんなことを考えていたら、

「今夜もサエちゃんに付いて来てもらいました!」

 タケが高らかに言った。

 

 タケの声に合わせて、博士があたしを掲げ、左右に揺さぶる。


 お願いだから、左右に揺らさないで……。

 髪が乱れちゃう。



「今夜はサエちゃんに何か変化が起こるのか?!カメラに何か映ってしまうのか?!早速行ってみましょう!!」



 そこでスマホを掲げていたマサが、手を下ろした。


「オッケー。んじゃ、奥に行ってみようか」

 

「照明、どう?暗くない?」


 マモルがタケと博士に聞いている。


「大丈夫。今日は俺もライト持ってきたし」

 

「今日はちゃんと僕らも録画するからさ」

 

「頼むぞ、本当に。モバイルバッテリーも万端だから、充電切れそうになったら早めに言えよ」

 

「ラジャー」


 4人は歩き出した。

 あたしは博士の胸元で、大人しく会話を聞いていた。


 まぁ、大人しくしかできないんだけど……。


 

 先頭を行くタケはスマホの録画ボタンを押してる。

 現場では照明係のマモルが皆のために足元を照らしている。


 

「それにしても……本当に雰囲気あるな。あちこち崩れて、でも日用品が残ってるから生活感がある……」

 

「ひょこっと誰か覗いてきそうだもんな」

 

「お、おい!やめろよ!」


 先頭を歩くタケが、マサの言葉にビクリとした。


 怖がりなのに、こんな肝試しをするなんて。

 しかも率先して前を歩くんだから……ちょっと呆れてしまう。


「タケ、まだ慣れないの?」


 マサがはぁ…とため息をついた。

 

 マサはお化けとかを信じてない。

 だからこんな薄気味悪い場所も平気。

 暗闇が危ないとか、不審者がいたら危険とか、クマや猪の野生動物の対策がいるとか、そういう心配ばかりだ。


 

「慣れてたまるか!いいリアクションができなくなるだろう?!」


「ビビりまくるタケが面白いってコメント、結構あるもんな」


 博士が足元を見ながら言う。


「叫び声がデカすぎて、現象の音をかき消すのはどうかと思うけどな」


 マモルがあたりをキョロキョロしながら笑った。


「だからピンマイク買ったんだろう?!ガンマイクも!奮発したんだからな!」


「確かに、音は良くなったよ。編集してても雑音消す作業が楽になった」


 マサが淡々と感想を述べてる。


「風の音も雑音もカットしてくれるから、チョー楽だわ。ただ集音範囲が狭いから、そこが難点かな。欲を言えば、無指向性のマイクも欲しい」

 

「また小難しいことを……」

 

「難しいと思うなら、機材買う時は俺に一言いってくれ」


「分かった…」


話しつつも足は動かしているから、集落の真ん中とおぼしき場所まで来た。


 入り口でタケと博士が大声で喋ったから、こちらを見に来る人が増えた。子供は少なくて、大人…老人が多い。丈の短い着物を来てる人ばっかり。あちこち擦り切れている。

 どうやら貧しい村だったみたい。


 怖々と様子を伺う人が多い中、村のさらに奥…道の真ん中で仁王立ちしている人がいる。

 遠くて顔は見えないけど、立ち姿からしてどうやら怒っているようだ。


 うーん…

 これ以上騒がないほうが良さそうだけど…。


 あたしがトツオカの人達に、それを伝える手段がないんだよね。


 だってこの中の皆、誰もあたしに気がついてない。ただの人形としか思ってないし、そもそも霊感というものがない。


 素質がありそうな人はいるけど…


 あたしはチラリと、その人…博士に気を向ける。


 

 彼は霊媒体質だ。

 気配がする方向にふと顔を向けたり、視線を送ったりしている。温厚な雰囲気もあって、生きている人間からも霊からも、好印象を持たれやすい。

 だから「気がついてくれそう」と思って近づきたくなる。


 分かる。分かるよぉ。


 でも博士はまっっっったく気が付かない。

 今もおじいさんとお婆さんが博士の顔を覗き込んでるけど、何も感じてないもの。


 博士に抱っこされてるあたしは老人2人に挟まれて、いたたまれない気持ちになってる…。

 

〔あの…。彼は何にも感じないから無駄だと思いますよ…〕


 話しかけると、老人2人はあたしをギロリと睨む。

 人形のあたしは間違いなく()()側なんだけど、そんな目で睨まれると、さすがに怖い…。

 黒目がないから…。


 老人2人はしばらく博士を見つめていたけど、諦めて去っていった。



 あぁ…良かった。


 呼吸なんてしてないけど、安堵のため息をついたところで、

 

「この家に入ってみるか?床が抜けてない」


 タケが一軒の家を指さした。


 木造平屋建て。

 障子も雨戸も壊れて中がむき出し。

 昔は縁側だったであろう場所は、ぼうぼうに生えた草で隠れてしまっている。



 トツオカの4人は草を踏み分けながら家に近づいた。


 ……人の気配がする。

 誰かいるな。


 〔お邪魔しますよ〕


 彼らに変わり、あたしは敷地に入る前に挨拶をした。

 それが礼儀ってものだ。



 玄関と思しき場所に来ると、囲炉裏、土間の台所が見えた。竈門に放置された鍋、座布団代わりなのか、ゴザが敷いてある。


 あたしのお婆ちゃんの家みたい。


「うゎ……古いな…」


「昭和初期?くらいの家かな」


 タケとマモルが話していると、博士が割って入る。


「土間は江戸時代に一番多かった住宅様式だ。竈や水桶を置いているし、資料でよく見る炊事場だ。おそらく江戸後期から明治の建物だろう」


「さすが歩く図書館…」


「博士って150年くらい生きてないか?」


「実はそうなんだよ。今年で162歳」


 珍しく博士が冗談に乗っかってる。

 タケ、マサ、マモルは揃って吹いた。


「じゃあ、同じ小学校に行ってたのは気のせいか?」タケ


「遠足や修学旅行に行ったのも?」マサ


「幻覚魔法でも使って、俺たちの記憶を改ざんしたんだな」マモル


 肩を震わせて、大笑いするのを我慢してる。

 

 はたから見ると幼馴染の微笑ましい場面だけど、あたしは気が気じゃなかった。

 だって、土間の先…寝室とおぼしき部屋——ふすまの間からお婆ちゃんがこちらをじっと見てる…。


 怒ってはいないけど、五月蝿くしているから迷惑そうに眉間にシワを寄せている。

 

〔ごめんなさい、騒がしくして〕


 あたしの声に反応して、お婆ちゃんは白濁した目をじとっ、と動かした。


〔この部屋には入るな〕


〔そうしたいんですけど…彼らはあたし達が見えないから、伝えることはできないんです〕


〔この部屋には入るな〕


 お婆ちゃんは凄みのある声で繰り返した。

 どうやら生前の自室だったらしい。

 大事な物があるのかも。


 トツオカの4人は土間と炊事場を丹念に調べている。


「これって七輪?初めて見た」タケ


「鍋重っ!鉄だからか?」マモル


「新聞もあるな…文字ばっかり」マサ


 好き勝手に観察するタケ、マモル、マサを、お婆ちゃんの鋭い目が追う。

 あたしは気が気じゃなく、はらはらと見守った。


 物色せずに立っているだけの博士が、


「おい、あんまり触るなよ」


 注意した。


「分かってるよ。人様の家だ。荒らすつもりはない」


 マサがすかさず返す。


「当然だ!俺たちは迷惑系じゃない!」


 タケが言い切る。


「純粋に歴史への興味だ!新聞には明治八年ってあるし…150年前だろ?実際の生活環境が目の前にあると思うと、ついつい見ちゃうだろう」


「それにしても、綺麗に整理整頓されてるな」

 

 マサが炊事場を見て言う。


「食器がちゃんと新聞紙の上に置かれてる。同じ大きさで重ねられてるし、まな板も包丁も、取り出しやすいように並べられてる。ここに住んでた人は、丁寧に料理をする人だったんだな」


 タケが頷いた。


「室内も荒れてこそいるけど、元は綺麗に使われてたんだろうな。タンスの中身も出されちゃって、障子も破かれてるけど…こんなことされて、きっと腹立ててるだろう」


 お婆ちゃんは、トツオカのメンバーに悪意がないことを感じたのか、少し表情が和らいだ。 


 だからといって、長居は無用だ。


 あたし達は邪魔者であることに変わりはない。


 4人はしばらく土間と炊事場をひとしきり見ると、奥に進もうとした。

 畳に足をつけた所で、お婆ちゃんが、

 

〔来るなっ!!!〕

 怒鳴った。


 威嚇の空気がビリビリ流れてくる。


 あたしは思わず博士の腕の中で縮こまった。


〔博士っ!駄目だよ!皆を止めてよ!!〕


 頑張って視線を上げようとしたけど、もちろん動かせるわけがない。


 どうしよう!どうしよう!


 お婆ちゃんを怒らせたら駄目だ。ここまで威嚇できるんだもの。下手をすると誰かが怪我を負わされかねない。


 気配を察知する能力に長けた博士に、あたしは念を送った。

 とは言っても、通じるかは分かんない。

 呪物といっても大した力はないんだから。


〔博士〜!気づいて〜!!そっちは駄目なの〜!!!〕



 生きてる人なら物凄い形相になっていたと思う。

 それくらい力を込めて博士を睨んだ。



 それが良かったのか、偶然か。


「なぁ、畳が少し凹まないか?」


 足元をギシギシと踏みしめながら、不安げに言った。

 

「ん?」

 

 先頭を行くタケが足を止める。

 

「あっ、天井が崩れてる」


 上を見上げたマモルがライトを照らした。


「ホントだ。雨水が入って、腐ってるかもな」


 ふにふにした畳を足先でツンツンとつつきながら、マサが言う。


「さすがに危険か…。引き返そう」


「ちなみに、何か音とか聞いたか?」


 タケの声に、全員が首を横に振った。


 トツオカの4人が踵を返し外に出たので、あたしはホッとした。


 ああ……良かった。


            ◆


 それから時間をかけて幾つか家の中を見て、たまに声や音がした、とタケが騒いだ。

 残念ながら、他のメンバーは何も聞いてないらしい。


「帰って編集してみないことには…」

とマサが肩をすくめた。


 あたしから言わせれば、元村の住人達から嬉しくない歓迎を受けまくっていたのに……。


 だまって睨む人はいい方で、荒々しく怒鳴る人もいれば、拳を振り上げてくる人もいた。


〔帰れ!!〕

〔もう来るなっ!!!〕

 

 その度に、


〔ごめんなさいっ!!!!〕

〔迷惑かけてすみません!!!〕

  

 大声で謝った。喉があれば声が嗄れていただろう。


 元住人が怒る度、音がしたり声がしていた。だからタケの耳は正確に彼らの反応を捉えていたと言える。


 タケには聴覚だけ霊感があるらしい。


            ◆

 

 村に到着して4時間が過ぎようかという丑三つ時になって、やっと、

 

「うーん…ここまで来てもはっきりとした現象はないなぁ」


 マサが言った。

  

 いやいや…あたしはもうクタクタだよ……。

 早くはるちゃんに会いたい……。

 愚痴を聞いて欲しい……。


「帰る時間を考えると、そろそろ切り上げたほうがいいな」

 

 博士が腕時計を見た。

 

「マサとマモルはバイトあるんだろう?」 


「午後からだけど、仮眠したいしなぁ」マモル

「同感」マサ


「なら、あの鳥居みたいな所でエンディング撮って終わろうぜ」


 タケが指したのは、あの仁王立ちした男がいる場所だった。

 

 よりにもよって…あそこに行くの?

 

「そうだな。背景に鳥居があれば雰囲気出るし」

「確かに」


 マサとマモルが賛同する中、博士だけは、


「えっ…あそこ?なんか——行かない方がいい気がする……」


 警戒を露わにした。


 さすがだよ、博士!!

 あたしも賛成だよ!!!

 あんな気骨隆々の男に近づきたくないよ!

 目も血走ってるし!


「博士がそんなこと言うの、珍しいな」マサ


「でも博士のカンは当たるよな」マモル

 

「なら、なおさらあそこがいいじゃん!現象が起こるかもしれないだろ?」タケ


 意気揚々と言うタケに、

 

〔冗談じゃないよっ!見えないからって影響がないわけじゃないんだぞ!!〕


 あたしは怒った。

 もちろん、通じるはずがない。

 

 3人がささっと歩いて行ってしまい、博士は一人取り残された。

 しばらく遠ざかる背中を見ていたけど、ため息をつくと3人の後を追った。


 ああ…近づいていく…仁王立ちの男に……。


 あたしはこの村に来て一番震えた。



 仁王立ちの男は鳥居の向こう側にいた。

 ない心臓をドキドキさせながらタケを見守っていると、タケは鳥居をくぐることなく、その手前で足をとめる。


「ここでいいじゃん」


 仁王立ちの男は血走った目をタケに向けたけど、それだけだった。

 手には物騒としか言えない大太刀を持っていたが、それが構えられることは無かった。

 

 セーフ!

 セーフだよ、タケ!!


「まぁ…そこならいいか」

 

 言うと、博士がタケの隣に立つ。


 エンディングの撮影が始まった。


 あたしは背中でビンビンと仁王立ちの男の威嚇と警戒の眼差しを受ける。

 手が動くなら、博士の服の裾でも掴みたいくらいの恐怖だった。


 絶対に元武士とかだ…それか腕の立つ用心棒とか…。

 あんな大太刀を持つことが許されるなんて、相当な功績があったんだろう。

 

 きっと神社を守ってるんだ…。

 廃れたとはいえ、仁王立ち男の更に後ろにある社から微弱な神聖な空気を感じる。

 鳥居をくぐらず、これ以上先に進まなかったタケの判断は正しい。

 

 触らぬ神に祟りなし。



 無事にエンディングを撮り終わった4人は、何事もなく車に戻り、阿里村を後にした。

 帰りに事故に遭うこともなく、誰かを連れて帰ることもなかった。


 呪物達が置かれた棚に戻ると、あたしのミッションも無事終了。


 はぁ……疲れた……。

 本当にロケは勘弁してほしい……。

 

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