日常が戻ってきた
〔それでさ、その時怪物が現れて…ソイツ、巨大な蜘蛛の体に人間の手足がついてて、胴体には人間の顔が何個も張り付いててさ…〕
〔うわっー!ナニソレ?!キモっ!!〕
〔顔が丸くて目がたくさん付いててね、人間やあたしの声には反応しないのに、足音には敏感でさ——。マサが少しだけ動いたら一気にグワって目を見開いて、追いかけてきたの!しかも人間の関節が逆向きで、手足がヒタヒタ、ペタペタいって…。不気味でしかないよっ〕
〔うわわ〜!!聞いてるだけでも怖いっ!!〕
〔オイ…。オ前ラ…〕
〔だよねー。マサ以外は何か感じてた。『逃げよう!ここはダメだ!!』って博士が叫んで…〕
〔うんうん!!〕
〔オイッ!無視スルナッ!!〕
〔大慌てで逃げたの!出口まで来たんだけど、そんな恐怖体験をした後じゃん?当然、そのまま帰ると思うよね?〕
〔えっ?違うの?!〕
〔オイッ!!ソコノ 女2人ッ!!〕
〔ちゃんと現象映ってるか心配、とか言い出して!あたしだけトンネル内に残して、定点カメラで撮影するとか言い出したんだよ!!〕
はるちゃんがハッ息を呑んだ。
〔ウッソ?誰!そんな人の心ないこと言い出したのっ!〕
〔タケだよぉ!〕
〔えっーー?!〕
〔酷くない?酷くない?!〕
〔それはないわぁ!!ないないないっ!!ありえないって!!!〕
〔でしょーー?!はるちゃんならそう言ってくれると思ったよぉ!!〕
〔オイッ!!!イイ加減、俺ヲ 無視スルナッ!!邪念ノ鎖ガ 消エタカラッテ、余裕カマシ過ギダロウ!!〕
棚の最上段からタイ呪物が叫んだ。
〔なんだよ、五月蝿いなぁ〕
あたしは真ん中の段で盛大なため息をついた。
〔ここからあたしの奮闘劇が始まるんだから!黙っててくれる?タジュ!!〕
〔そうだぞ、タジュ!!女子トークに入ってくるとかあり得ないわ!!〕
はるちゃんが一番下の段から抗議する。
〔ナンダ!ソノ タジュ トイウノハ!!〕
〔タイ呪物、略して“タジュ”だよっ!〕
あたしが教えてやる。
なかなかいい名前だ。
日本っぽくないし、いかにもタイ人って感じでしょ?
〔生前ノ 俺ハ ソンナ 名前ジャ ナイッ!!〕
〔うっさい、タジュ!名乗もしないし、トツオカから名前さえ与えられてないんだから、仕方なくあたしが命名してやったんでしょ?!〕
〔そうだぞ、タジュ!せっかくサエちゃんが付けてくれたんだから、ありがたく拝命しな!〕
はるちゃんが強気に言い返す。
〔拝命ッテ ナンダ!!サエチャン ノ 方ガ 目上ノ人 ミタイジャ ナイカッ!〕
〔目上なんだよ!タジュはここに来たのが一番最近なんだぞ!後輩でしょうが!!〕
〔ソノ 日本的ナ 考エ、ヤメロ!!パワハラ ダゾ!!〕
〔最初に力でマウント取ってきたのはタジュでしょうがっ!!!〕
はるちゃんの声が響く。
置かれてる位置が違うから互いの姿が見えないのに、それをものともせず2人は言い争いをしてる。
まぁ、あたしも2人とは違う段にいるんだけどね。
声だけでも何とかなるもんだ。
あの恐怖の筒村トンネルから帰ってきて5日。
邪念の鎖から解放され、化け物と対峙したあたしの力はまた上がった。
タジュの邪念を封じられるまでになり、黒く染まっていた部屋は浄化され、明るくなった。
力を奪われ疲弊していた掛け軸、ミイラ、布の呪物仲間も元気になり、たまに“楽しい”とか、“嬉しい”とか、感情の一片を見せてくれるようになった。
タジュは邪念を撒き散らさないようにあたしの力で結界を張られ、囲われている。
だからもう悪さはできない。
呪物達の中でタジュの格はぐっと下がった。
〔クソッ。計算外ダ!〕
〔ならタジュもあのトンネルに行けばいいじゃん。力が上がるよ〕
飄々とあたしが言うと、
〔ドウヤッテ 移動スルンダ!!〕
〔トツオカのお気に入りになるしかないね〜。頑張ってアピールしな!そこからカメラに向かって怪奇現象起こしてぇ、声を出してぇ、髪を伸ばしてみるとか。棚の一番上だから、目立つことしないと気づかれないよー〕
以前のように元気になったはるちゃんは、あたしの力の影響を受けてグレードアップし、早口で喋るのが得意になった。
女子に口で勝てる男子はなかなかいない。
タジュも例に漏れず、邪念を封じられてしまえば、ただの反抗的な男子でしかなかった。
〔ナンデ コンナコトニ ナッタンダ…〕
〔仕方ないよねー。こうなる運命だったんだよー〕
はるちゃんはにこにこと言った。
〔ま、観念してこの部屋の呪物達と馴染めるように頑張りな。第一印象最悪だから、大変だろうけどさー〕
〔クソッ〕
こうして、この部屋に平穏が戻ったのだ。
◆
「筒村トンネルの動画、凄い勢いで伸びてるな」博士
「俺、この間大学の同窓会でみんなに囲まれた。色々と話を聞かせてくれ、って凄かったな」マモル
「顔出ししてるからな。俺は盆に親戚一同が集まる時が不安だわ…。身バレしてるだろうし…」マサ
「ああ…。俺は正月で経験したからな…。年収予想とかされた」タケ
「あれ、全然違って笑うよな」博士
「「「確かに」」」
4人は声を揃えて笑った。
筒村トンネルの動画は、怪奇現象が多発していて、コメント欄が凄いことになったらしい。
「オープニングからマサの後ろに白い人型のモヤが映って、トンネルに入った後は叫び声が聞こえて、それに合わせてタケが反応して…。コメントが盛り上がって、凄かったな」マモル
「タケが言ってたヒタヒタ、パタパタの音も入ってたし、走って逃げてトンネルを出たところで、サエちゃんが笑ってたし」博士
「サエちゃんを映した定点カメラにも、泣き声がずっと入ってたもんな」マサ
「黒い影も映ってたし…本当に盛りだくさんだったな」タケ
「そりゃ20万再生はいくか」
博士がお酒を飲みながら、上機嫌で言った。
4人は初めての祝杯中だ。テーブルにはデリバリーの料理が並び、大皿に餃子が丸く盛り付けられ、真ん中に『もうすぐ50!』と書かれた手書きの旗が立っている。
チャンネル登録者数がうなぎ上りで、ついに50万人に迫る勢いなのだ。
「この急成長、怖いくらいだよな」マモル
「なんか風向きが良くなったよな」マサ
「筒村トンネル以降、勢いが凄いわ」タケ
みんなお酒片手に、赤らんだ顔で話している。
〔トツオカいつもの日常が戻って良かったよ〕
4人を見ながら染み染み言うと、はるちゃんが、
〔だねー。誰かさんが邪念を振りまかなかったら、わたしは今頃サエちゃんの隣で楽しく過ごせてたのに…。はぁ〜。早くトツオカが席替えしてくれないかなぁ。タジュは一番下でいいよね。布やミイラ親子より下だよっ〕
〔イチイチ グチグチ 言ウナッ〕
〔言うね!わたしは言うよ!!謝るまで許してやらないんだから!!〕
〔ネチッコ 過ギル ゾ!〕
〔何をーー!!〕
この2人の因縁はしばらく続きそうだ…。
あたしは視線をトツオカに向けた。
4人は呪物同士が喧嘩してるなんて思ってもいないんだろうな。
「そんで?ヒトミさんは何時に入る?」マモル
「打ち合わせもするから、11時」博士
「じゃ、昼メシはここで食べる感じ?」マサ
「ああ。デリバリーを注文してある」タケ
〔へぇー。この部屋でコラボは初めてだね!!テンション上がる〜!どんな人が来るのかな?ヒトミさんってことは女子だよね?霊感あるかな?お喋りは無理にしても、呪物の気配、感じてくれるかな?〕
わくわくとはるちゃんが言った。
それに賛同するようにマモルが、
「霊媒師ってどんな感じかな?動画ではコミカルな人だったけど」
博士に尋ねた。
〔〔霊媒師?!〕〕
あたしとはるちゃんの台詞は見事に被った。
「実際にやり取りした感じだと、動画の通りだった。もちろん、真面目な話の時はテンション違うけど」博士
「「へぇー」」
コラボ管理をしていないマサとマモルが感心したような声を上げる。
〔サエちゃん!霊媒師だって!!どんな人かな?!〕
〔うーん…。あたし達、祓われたりしないかな?〕
〔悪い子じゃないから大丈夫だって!!危険なのはタジュでしょ〕
〔何デダ!! 今ハ ホボ 無害ダロウ!!〕
〔まぁ確かに〜〕
はるちゃんはケラケラと笑った。
この2人。なかなかいいコンビな気がする。
さてさて…。
明日のコラボ相手、霊媒師かぁ。
ヒトミさんとはどんな人物だろう?
偽物とか、嘘ついてるとかじゃないかな?
中途半端な霊感持ちって可能性もある。
生前ならいざ知らず、呪物となった今のあたしなら、ホンモノかどうか、すぐに分かるもんね。
あたしは少しだけわくわくした。




