フィーッシュ!
『むっ、あの者から邪気が抜け出たぞ! 繋いだ糸を早う引かぬか!』
〔うるせぇな短気が! 着水したばっかで何が掛かるんだよっ!〕
『着…水? いえ、確かにこの手法、釣りに見立てた方が分かりやすいですね』
〔あっ、今何か掛かってたのに、くっそ! バレたっ!〕
「楓ー、今の自分のミスじゃー?」
〔だー、もう! 外野が喧しンだよ!〕
「あはははははは」
―――
週末は見慣れぬ者が訪れる事も珍しくなくなった。
ありがたい事なんじゃが、海終いしたような時期にも途絶えぬのは何故じゃ?
そう思うておったが、湊が提案した手法から合点がいった。
この土地の人間でも釣りに向かう姿が増える時期じゃった。改めて、この土地の海は魅力で溢れておる。侮っておったわい。
「博明おじさんとか手伝ってくれたら、簡単に釣れるかもだけどね〜」
誰じゃよ…
いや、皆で食事しとった時に英彦と昭一が讃えておった者か。
…知見は確かに欲しいが、そもそも海釣りとは勝手が違うじゃろ。
『楓。私たちは見守ることしかできませんが…何か手伝えることはありますか?』
〔黙ってガキらを守っててくれ。あと、静かにしてろ!〕
どれだけ静寂を求めておるのじゃおぬしは…
湊と凪の周囲は常に伺っておる。安心せい。
―――
我らは楓の何度目かの失敗を確認した。
力任せに振り上げられた楓の腕に呼応して、こやつがこさえた邪気の糸も引き上げられ、その先に繋がっていたはずの邪気は失われておった。
〔っあー!! 人間から溢れる邪気が薄っすいからだ! 餌が悪いんだよ餌が!!〕
それが濃かったら、そやつは何かしでかしておろうし、真っ先に湊が弓で射とるわ。恐らく我らが勘づくより前に。
湊は最近、お守りの加護の応用…腕の霊体化を瞬時に使いこなせるようになっておる。…なので、ワシが出しゃばってソレを解いてしまうことは無くなった。
クマに助けられた時、“できることをできなかった”のが悔しかったのかも知れぬな。
「楓の糸には反応しないの?」
〔……しねぇなぁ。糸の先から俺の邪気を流しても見たんだが、何の反応もねぇ〕
「楓、おいしくないんだなー」
〔反応が難しいこと言うなよ…〕
んー、反応が魚であれば、投網みたいなことをしてみるかのう。
『吽形。おぬし、気で網をこさえておったじゃろ? 楓の糸が反応したら地中へと網を投げれぬか?』
『阿形…耳慣れぬ言葉が出ましたが、理解しました。邪気を攫う何かを掬うのですね? 無理です』
『うむ。任せ……無理?』
『…社の私でしか、それは扱えません。せめてあなたのように分け身であれば可能かもしれませんが…』
そうじゃ。そうじゃったな…
ワシは釣果のない楓へと縋る視線を送るが、楓には届いておらぬようだ。
―――
見知らぬ者を探し場所を変え続け、海の側へと至った。
「楓だけホントに釣りに来たみたい」
「楽しいー?」
〔…少なくとも、釣れない釣りはクソつまんねぇよ〕
何が釣れるのか分からんのもあるのう。
きっとワシならやめておる。
「じゃー、一回代わってー」
少し遠くに見える、砂浜を駆ける子供を見守る親。
そんな親に燻る邪気が見えるのか、楓が糸を落とした。
腰元のゴミを置いて帰ろうとしておるのかは誰にも分からぬ。
きっとそれをせずに帰ることになろうからな。
〔…マジか、この凪に操られてる感じ…感動すら覚える〕
何故か嬉しそうな楓じゃが、凪の表情には余裕がない。
釣りに集中しとるのか、楓の力を扱うのが難しいのか…
〔おっ、落ちた邪気に…糸に反応。…まだま――〕
「今ーっ! …えっ? うわー、重いー!」
〔いや、早……おおおおっ、何じゃこりゃあ、凪っ、一緒に引き上げるぞっ!〕
土中におった気配…邪気とは思うておったが、強く膨れ上がりおった!
何じゃ? こんなに強いものでも、伏せておれば見つけられぬものなのか?
『楓、凪! 看過できぬほどの邪気じゃ! 何とかして引き上げるんじゃ!』
「あー、うーるーさーいー!」
〔状況見ろっ! 分かってるから頑張ってんだろが!〕
いや、そうじゃな、すまん…
邪気で紡いだ糸の先が砂浜中を駆け巡る。
土中から噴き出す邪気の飛沫が、地上に巡る気によって浄化されていく。
徐々に獲物はこちら側へと引き寄せられ始め、先ほどの親子には影響のない位置での戦いになっておる。
〔阿吽! 間違っても気なんて撒くなよ? 糸が切れるっ!〕
『分かっております!』
ワシも吽形も何もできぬため、行き場のない興奮は握る拳に集まっておる。おのれ、代わってやりたい!
「楓、少し引く力に緩急つけて!」
〔んお? おう、分かった〕
…凪も本気のようじゃ。
土中から感じる邪気は弱まり始め、その距離が近づいてくるのがわかる。
「もうすぐっぽいけど…そのあとどうすんのー?」
〔大丈夫だ凪、すぐにタモを準備できる!〕
タモ?
凪もワシと同じ表情をしたが、楓に任せれば良いじゃろ。
〔凪、釣りあげたら叫ぶぞ!〕
「え? なんて?? ――うん、分かったー」
もう獲物は足元にまで迫った状態で、凪と楓が一瞬だけ膝と腰、腕、手首へと力を溜めた。
ええい、焦らすでないっ!
土の面に獲物の姿が見えたぞっ!
「〔フィーッシュ!!!〕」
「うひゃあー!?」
『は? おおーっ!!』
『な、何じゃあー!?』
派手に砂浜中を駆け巡った邪気が空中へ高々と釣り上げられた。
大きさもあるが、その姿に我らは声を上げた。
これ、モグラじゃなぁー…
{…妾の邪魔をしおって…}
ん? どこから声が聞こえた気がしたが……
湊の向く方向に何かあるのかもしれん。




