不安
幾つかの突発的な雨と曇り空を見続け、今では蒸し風呂に居続けていたような、あの夏の感覚も薄れてきた。
…夕日から感じられる物悲しさが増した気がするのう。
過ごしやすくなったからか、増えた参拝客の中には見慣れぬ顔もある。
遠方から足を運んでくれたのかと思うと、感謝の気持ちしかない。どうぞ、この地で緩やかな時間を堪能なさると良い。
そう、この涼しくなってきた九月にも連休があるようで、まぁ、また賑やかになるのが楽しみじゃ。
…じゃが、皆が思うがままに行動し始め、社との繋がりを無視して霊体を駆使できるようになったのは、少々“理”から外れすぎておらぬかと心配になる。
そんな中でクマや大翔のような大人に出会えたのは財産じゃな。我らを見守りながら、考えて行動する時間を与えた上で説明してくれたのは有り難い。かくありたいものじゃ。
―――
曇り空で涼しくなった境内に、湊と凪が訪れた。
未だ“悪者”と取れる人間に向けて弓は放たれず、人々の疲れを癒す形でしか使われておらぬ。
“邪な考えとか悪意で行動する奴も相手にすンでしょ?”
響が紡いだ言葉から鬼退治と受け取っておったが、今の進め方で傷つくものがおらぬ上に癒すことができておるのなら問題ないじゃろう。
そうワシが考え事をしておると、湊が唐突に納得いかなそうな顔を上げた。
「なんかねー、見かけたことない人とか車が増えてるけど、悪いことしてる人はいないんだ。…ただね? ちょっとだけ変というか、不安に感じることがあって」
「どんなー?」
「変、とは?」
湊は何かと敏感じゃからな…捨て置けぬぞ。
「うむ、湊。聞かせてくれぬか?」
「うん。たとえば…ゴミ箱じゃないとこにゴミを置こうとして……やっぱり置かなかったり」
〔ンだそりゃ? 誰かに注意された訳じゃねぇのか?〕
「あ、それに近いかも。クマさんに注意されて動きを止めた、あのポイ捨ての人みたいな動きする人が多いんだ」
〔…アイツ、まだその辺にいたりしてな〕
「んふふふ。だったら嬉しいけど、その人たちは誰かを見てる感じじゃないんだ」
「…変なのー」
また、なんぞ加護のあるものが居って、こっそりと手伝うてくれておるのか?
なんとも奥ゆかしく頼もしい――
「確かに変ではありますが、不安、とは?」
「そう、それなんだ。そのあとも感じた不安は残ったままなんだ。なんだろ?」
――湊のあの顔から始まった話じゃった。めでたしめでたしでは終わらぬか。
―――
我らはまだ緑の強い田畑に囲まれた道を自転車でゆるりと進む。
湊と並走する凪の自転車を漕ぐ足は、夏の初めに見た頃と比べれば力強い。
〔ンだよ白犬?〕
『む? 別におぬしを見…いや、凪も随分と元気になったのう』
〔…ふん。そーだろ?〕
楓は、結局のところ…ずっと変わらず凪だけを見守っておるんじゃな。
本当に不器用なもんじゃ。
時期はずれてきたが、綺麗になった海を見るものは少なくないようじゃ。
むぅ、いい歳をした子連れが、風に飛ばされる自分らのゴミを見て見ぬふりを…せなんだ。
侵入禁止とされておる区画に入り込んだ車から人が…降りずに、再度車を動かして駐車区画へと移動した。
狭い道に入り込んだでかい車を操る男が、窓を開けて対向車に向かい…いや、窓を閉めおった。
〔コントかよ…〕
「ぷっ…楓、ちょっと面白かったー」
〔おっ? そ、そうか?〕
のどかじゃな…
『違和感しかありませんね…』
「でしょ? 流行りなのかな?」
〔ンなの、聞かねぇなぁ…〕
ラジオの電波から情報を得ておる楓が聞かぬ所作というなら、何らかの力が働いておるのか?
そういえば、湊が話しておった“変”は理解できたが、“不安”はどこじゃ?
そう考えるワシの目に、ちょうど違和感ある動きをする人間と、そこから逃げるように抜け落ちるわずかな邪気を感じた。




