夏の終わり
俺らを叱ったクマと別れたあと、ガキらは遅めの昼食を食うためにそれぞれの家に帰った。
どっちもパトロールとしては消化不良気味な話をしてたが…湊は手持ちのクッキーだけじゃあ腹の音は止まんねぇし、凪も瑞穂を迎えに行く必要があったからしゃあねぇ。
「クマ、面白かったよねー?」
家への道、凪が自転車を漕ぎながら、いつものように話しかけてくる。
ちょうど俺もアイツを思い浮かべていたところだ。
〔おお。なんつーか、デケェ奴だったよ〕
これまで出会った人間の中じゃ見ねぇ、安心できる奴だった。…叱られてもな。変な奴だ。
「あと、ボクらの必殺技、キメれたなー!」
〔おぉよ! 見事にハマったな! …けどよ、決め台詞は改善の余地ありだぞ。速攻でクマに弄られたからな〕
笑い声を漏らしながら、凪は自転車を漕ぎ続けた。
―――
家に着いてから、遅めの昼飯だ。
「凪。準備はできていますか?」
「ん? んー」
凪がふんふん言いながら朝と同じモンを食い終わる頃に、私服の国治がやって来た。
まだ日も傾いてない時間帯だが、社の方は良いのか? お前、いつも忙しそうじゃねぇか。そうだ、凪だけでタクシーでも良いんじゃねぇか? 今日初めて乗ったが、アレ、良い感じだったぜ?
…なんて思いはしても、口には出せねぇ。国治の姉弟仲はやたら深いからな…
神に仕えていても、今日という日を優先するだろうとは思ってたよ。
おぉぅ…昂った気持ちで俺に向けた笑顔なんだろうが…ただ怖ぇ。
“もう用は済みましたね”とか言って消しに来るのかと身構えちまった…
―――
病院では瑞穂が退院の手続きを終える頃だった。
寝っぱなしで筋肉が衰えてた瑞穂も、退院に向けて院内で体づくりに励んだんだとよ。
病院から車椅子を貸し出そうかと提案されて、断固拒否したらしい。
凪と国治に向けた微笑みとその話の内容は、こいつら家族の明るい未来を見せられてる気がすんな。
「凪、国治…あっ…」
…瑞穂、急によろけて二人に抱き支えられてんだが、“あっ”じゃねーよ、わざとだろ。あ、こいつこのために車椅子拒否したんじゃねぇのか?
「んふ。あはははは」
凪と国治の困り笑顔から、瑞穂は本来こんなキャラなんだなと知れたよ。…んじゃ、本当に心配ねぇな。
―――
「ちょっと友達と連絡とってくるー」
三人での夕食を楽しんだ後、凪が名残惜しそうに席を立った。
俺の目を見て微笑む国治を見て、瑞穂を任せられる、と初めて安心した。
《――そっか。じゃあ、オレもミナトも助けるカタチでしか弓使ってないんだな》
《あー、そうかも。ケイくんとおんなじで、僕も“今だ!”って時には阿形が憑いてなくて弓を持てなかったんだ》
阿形が撤退を促した時の話か。
凪はガチでビビって動けなかったんだが…凪の顔を覗き込んだら、心の中で脛を蹴られ続ける痛みに苛まれた…器用なことすんな…やめてくれ。
しかし、湊は弓を引くつもりで残ったんだな。神様を信じすぎるのもどうなんだ? クマの言葉、しっかり湊に届いてりゃいいが。
…凪、そろそろマジで蹴るのをやめてくれ。
景から聞けた話は、弓の使い所の難しさだけでなく、陽菜と大翔のヤバさだった。
陽菜の感情に当てられて、周囲の人間に巣食う負の感情が邪気として顕在化、そこを大翔の加護で一掃。
これ、人間どもは頭に血が上ったり下がったりで、体に悪いんじゃねぇか?
“宮司さんの柏手そっくりだったって、吽形が言ってる”
ふはっ、角犬はまたアレをくらったのか…なんつーか、御愁傷様。
俺ぁ、思い出すだけで消滅しちまいそうだ。あー、怖ぇ恐ぇ。
クマの話と、凪と俺の必殺技の話は、もったいぶって明日にすることにした。
ガキどもも大人に課せられた通話時間をしっかり守ってるみたいだしな。
あと、陽菜と大翔がいて、なお止まらずに争った爺さんと若い男の話。人の心ってのはヤバい。
狛犬どもが駆けずり回ろうが、神の加護だろうが、どうやったって届かない部分は…どうすりゃいいんだろうな?
―――
ガキらの通話が終わり部屋に戻ると、瑞穂の笑顔が凪に向けられた。何する気だこいつ…
「終わったの? …じゃ、花火、しに行こっか?」
背に隠していた花火の詰まった袋を、凪にゆっくりと披露してきた。
凪の感情がアホほど流れ込んで来やがる…
国治の車で浜辺にやってきた。今日、ここに来んのは何度目だよ…
荷物は二袋の花火と蚊取り線香…あとバケツに湿らせた新聞紙が入ってるんだが、こりゃ何だ?
「凪、使い終わった花火は、このバケツに入れてくださいね」
「わかったー」
凪が食い気味に返事しやがった。しかし、ほー。そんな使い方すんのか。
「ナギくーん」
「あれミナトー?」
「みなさん、こんばんは。瑞穂さん、退院おめでとう」
「宇美さん、湊くん、こんばんは。おかげさまで無事に退院できました」
「宇美さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ。お姉さんの退院、心待ちになさってましたものね。本当に良かった」
国治と宇美は同じ社で神事に携わってっからな。ある程度は情報伝達してたんだろ。
あー、日中から動けたのは、宇美が代わりに走り回ったのか。
待ちきれないガキらが大人どもの会話をそっちのけで、蚊取り線香に花火を押し当てて火をつけ出した。
火を噴出する花火と、それを振り回すガキらが眩しい。
お、その軌跡、カッコいいな。どうにか技に取り込めねぇかな?
浜辺には遊んだ花火を放置して帰りそうなグループを見かけたが、意外にも丁寧に袋に詰めて持ち帰りだした。
…それ下手したら燃えねぇか?
『楓。あそこじゃ』
あ? あぁ、わかった。
砂浜を見渡せる位置に座って、夜の海を眺める巨体に見られてたからか。守り神かよ?
クマはこっちの団欒を気遣ってか、目が合った湊たちに軽く手を振った後、そのまま星を見上げ続けてやがる。
ビニールの袋から飲みもんや食いもんが見えてるが、あいつならきっと持ち帰るだろ。
〔クマのほうが、お前らよりも土地を守れてねぇか?〕
『ぬっ? ぬぅぅ…あやつめ、いやしかし、うむぅ…』
『…適材適所という言葉もありますし、人そのものは彼にお任せいたしましょう!』
〔いや、観光客に何任せる気なんだよ…〕




