大翔(午後)
アタシたちの散歩は、ゆっくりと地元の駅前に到達した。
〈ほんとはダメなのに…今までしてたし、見ても何とも思わなかったことがあるなーって。でも…自転車さー、歩道走っちゃダメとか教わったけど…歩道じゃないと怖いよね〉
歩道の真ん中を自転車で進む誰かを、ケイが心配そうに見つめてる。
その誰かは、握ったハンドルをふらつかせながら、ゆっくりとペダルを漕いでた。
ここの歩道と車道の間には、排水するための鉄の網があったり、砂が浮いてたりで、自転車で走るには滑りそうで怖い。
「ほら。歩行者とすれ違う前に、自転車から降りて押し始めました。あの人は大丈夫ですよ」
乗ったまますれ違うのが難しいからとか、結果的にかもしれないけど…危なくなきゃいいよ。
弓を引いてルールを強いた結果、怪我させちゃったなんて耐えれない。
『皆が相手を気遣えれば、不要となる規則は多いのでしょうね』
「えぇ、僕もそう思います…規則だからと真正面から受け止めてしまうと、真面目な人ほど割を食ってしまいます。…私も、ほどよく目を細めて世界を見れればと、常々…」
んー? なんか大翔の言葉って、立ち位置がよくわかんない。
―――
休憩を促されて駅の側にある公園に来た。
…ら、タバコを吸う爺さんが見えた。
公園の入り口には「喫煙禁止」って書いてあって、爺さんは目立たないように隅っこに座ってる。
…えー、こんなの周りで迷惑してる人もいないし、そのままでいいんじゃ? あっ、ほら、携帯灰皿に灰捨ててるし。
アタシの視線に気づいたケイが、大人の意見を聞くためにか、そっちに視線を流した。
「あー…この辺りは路上禁煙地区ではないですね。喫煙禁止の注意書きはありましたが…周囲に洗濯物を干すような家もなければ、人も居ない。吸い殻を捨てるようなマナー違反も無いようですし…ははは」
大翔は意外と頭が硬いわけじゃなさそう。
〈…いや、こういう粗探しみたいなのって、オレたちが借りてる力を使うとこじゃない気がするんだけど…〉
『そうですね。私もそう思います。ですから、その辺りの線引きを見極めるために…大翔さんがわざわざ駆けつけてくれたのだと思いますよ?』
存在感を消してた吽形が、急に話し出した。
あー、コイツずっと窺ってたんだな?
その言葉を聞いた大翔も、“バレてた”みたいな顔で笑ってる。
その後ろから、若い集団が公園に入ってくるのが見えた。
「お、ジジィがタバコ吸ってんじゃん」
「おーい、ここ禁煙って書いてあんぞー? 目ぇ付いてんのか? オイ!」
「「ぎゃははは!」」
「なんですかーその顔ぉ? ルール守れてないの叱ってあげてるんですよ〜?」
「アヒャヒャヒャ!」
うわ、これケイの教育に悪い。
爺さんもすぐにタバコ消したし、もういいじゃん…
なんか、負の感情が体からはみ出てるし、これ完全にルールを盾にした悪意だよ。
あれ? その後ろにも人が…めっちゃ見たことあるんだけど…
「大翔…今日はお仕事じゃなかったの…? なぁに? 楽しそうに笑って…ねぇ?」
なんか、ゆらゆら歩いてこっちに来る…あれ、陽菜だよね?
大翔に聞こうとそっちを向いたら、なぜか凛とした顔で両手を広げてた。
いや、陽菜を受け止めるためじゃなくて、さっきの集団に向けて…
『あっ、これ私、なんか見たことありま――』
――パァン!――
…なにこれ、柏手? 音が異常なほど頭に響くんだけど…
「あれ? オレ、体に戻ってる?」
え? あ、ほんとだ。アタシと吽形も依代に戻ってる…
さっきの若い集団も、変に帯びてた邪気が祓われて、あたふたしてる。
さすがにあんだけはみ出してたら、浄化できちゃうか。
「あ? んだよお前ら、ジジィ注意すんだろ? …クソが、俺が言ってやるよ!」
…一人だけ変わんないのは何故?
ちょっ、爺さんに詰め寄ってない?
ケイ、弓を引くのって今でしょ? あー、吽形とアタシじゃ弓のツルが引けない!
「…ここでの喫煙に法的な罰則は発生しません。ですが、あなた達の暴言などの行為は…注意せざるを得ません」
爺さんに向かった若い男の前に、割って入った人影が見えた。
大翔じゃん? いや、さっき隣にいたじゃん!
若い男を取り押さえたのかと思ったけど、それには背中を向けてて…爺さんの振り上げられた足を優しく受け止めてた。
「貴方がたは、色々と見誤っているようです」
大翔が爺さんの足を下ろして話し出すのを見て、一緒にいた連中もすごすごとソコに集まり出した。
ジャケットから出した何かを見せたら、爺さんを含めた男どもの肩から力が抜けるのがわかる。なにそれ? 加護? 印籠!?
「大翔ね〜、警察官なのよ〜。うふふふふ…」
うわ、びっくりした!
ケイも吽形も目を丸くして、うっとりと大翔を見つめる陽菜を見上げた。
『…私たちは裁くことだけに注力しすぎておりました。救うために力を使うことも考えていきましょう』
「あー、そっちの方が分かりやすい。いいね!」
居もしない悪者を勝手に作り出して、勝手に人に強弱を当てはめて…勝手に負の感情を貯める。
アタシたちに、これは不健康すぎる。その辺は極力プロに任して、救うことに専念、いいじゃない!




