海
「湊。忘れぬうちに依代へと気を込めるぞ」
湊くんが来て早々、阿形が前のめりに話しだしました。
おや?気がつけば名前で呼んでいますね。いつからでしょうか?
ふふ、いいものですね…えっ…?
「湊…?」
湊くんが、阿形の台座に、依代として使用していた欠片を…戻しました。
「おばあちゃんがね、”お社のものは、たとえ敷かれている石でも持って帰っちゃダメなんだよ”って、教えてくれたんだ」
あぁ…ずっと持ち歩いていましたからね。
湊くんの祖母ならば、その欠片に見覚えもあったでしょう。
「でね? ”お守りにしたいんだ”って言ったら、これをくれたんだ」
おや、しっかりと主様の加護を感じるお守りですが、これは一体?
「ほぉ、なるほどのぅ…」
阿形? 何が?
お守りとして込められている加護は、何やら特殊な感じですが、主様の御力で間違いのないようです。
先ずは主様へ無礼の無いように、御力の流れをお借りする旨、お伝えしておきましょう。
―――
阿形が依代とするお守りへ気を込めているので、湊くんには気になっていることを聞いておきましょう。
「湊くんの祖母…おばあさまは、この社の関係者だったのですか?」
「そうみたい。昨日おじさん達に聞いたんだけど、おばあちゃんのお兄ちゃんが、最後の神主さん…ぐうじ?だったって」
なるほど、なるほど。
宮司ですね。
「新しい宮司さんに来てもらえるかお願いしていたけど、なかなか来てくれないって」
ですかー…
浮き沈みなく、緩やかに人が減るこの地に、わざわざ来てくださる宮司も居ませんか…
「おばあちゃんは、何も教えてくれなかったなぁ」
あっ、いけない。
昨日、湊くんの帰宅後に、依代越しでもわかった曇る気配の原因はコレですね?
「でっ、できたぞ、湊っ!」
うわっ、唐突すぎます。
ほら、湊くんも驚いているじゃないですか。
『聞こえるかのう? 湊? どうじゃ? どうじゃ?』
なんでそんな浮き浮きしてるんですか…
阿形の感情に引っ張られてか、湊くんにいつもの笑顔が見えました。
阿形らしくない気遣いですかね?見直しましたよ。
あと、目の前にいるのに依代越しで話すの、私の真似ですよね?
『湊。お前の祖母の件じゃがな…』
言葉が急に重い…浮き沈みが激しすぎませんか?
『ワシは、あやつが幼い頃から知っておる。気遣いもできて強い人間じゃ』
「…」
『湊に話していないことがあるならば、それはきっと、今は話せないというだけじゃ。これまで通り、あやつを信じるといい』
「…うん」
『あぁ、そうじゃ…強いと言えば、この台座が欠けたのは、あやつの仕業でもあるのじゃ…』
今度はしんみりした阿形とは対照的に、湊くんが笑顔になりました。
「それ昨日、おじさんが教えてくれたよ! “ウチの親父が小さい頃、宇美さんにチョッカイ出して農具で殴られそうになった”って。“狛犬が守ってくれなかったら、今頃俺は死んでたって笑いながら話すんだよ”って」
ああ、それ阿形に聞いた後に依代越しに聞いたので、あえて伝えてませんでした。
“宇美さん”は湊くんの祖母の名前ですかね。
「ワシは…そやつを守ったのか?」
そんなわけないでしょう。
―――
今、私は機嫌の良い阿形を横目に、海に向かった湊くんの気配を確認し続けています。
主様の神気に影響されて自然に満ちる気とは異なるため、この加護された土地を、自然に満たすものではありません。
お守りへ先日賜った気を込めて、直接流すために運んでいただきました。
以前の依代では、ここまでの気を込めることはできなかったでしょう。
いくつもの主様のお力添え、ありがたいことです。
「阿形。あなた、あのお守りの事を何か知っているようでしたが…」
「…おぬしは、本当に細かいことを気にせぬのじゃな…昨日、湊の祖母が一人で戻ってきたじゃろう?」
「そういえば。しかしそれが?」
「湊の祖母も、父を支えるために神職に就いておった。湊のためにお守りを用意し御加護を賜るため、本殿に向かい主様へと祈りを捧げたのじゃろう」
…貴方は本当に細かいですね。
隣にいるのが貴方でよかったですよ。
「お守りの件も、主様からのお力添えの一つなのじゃろうな…なんじゃ?急に静かになると気持ち悪いわい」
台無しです。
湊くんの直感と、この町の人の声を聞き続けてきた宇美さんの考え方…私たちが求めている道は開けているのかもしれません。
鳥居越しに覗く海を眺めながら、物思いに耽っております。
しばらくすると、砂浜に気が満ちるのを感じました。
海辺は広く、何度も気を流す必要はあるでしょうし、まだ春になって日も浅く、海へ目を向ける者も少ないでしょう。
ですが、少しずつ私たちの思う方へと流れてゆく気がします。




