くま
…出がけに感じた吽形からの圧が無いんじゃ。張り合いがない。
「吽形、凪と楓が湊と合流しおったぞ。ゴミ拾いを蓑に巡回するようじゃ」
「なるほど、悪目立ちせず立ち回れる訳ですね。阿形、無理はしないようにお願いいたしますね」
…覇気のない…吽形も無理なく湊と繋がる方法は無いもんかのう。
―――
夏休み最後の日曜ということもあってか、賑わっておる。
去年までも全く人が居なかった訳ではなかろうが、明らかに客が増えておろう。
我らの活動が、などとおこがましいことは言わん。この町の発展を願う皆の想いが導いた結果じゃな。
『せっかく来てもろうたんじゃ。心も体も癒されて帰ってもらわねばな』
「イイね〜」
ん?
聞き慣れぬ男の声が返ってきた。
湊も凪も、楓さえも予想外の声に驚いて声の主を見た…見上げた。
「あっ、いっけね。ゴメンごめん」
声を発した巨大な男がそそくさと去ると、我らが居った場所に日が当たった。
「でっかー」
「んふふふ、でっか〜」
〔…熊かよ…〕
それぞれが好き放題言うておるが、人が増えれば我らが見えるものも増えるのは当然じゃな…
なんか、追い出すような結果となったあやつに対して、申し訳ない気持ちに苛まれてしもうた。
―――
「ぷぁー、あっつー! あははははは!」
「あちー! んはははは!」
子供がゴミ拾いをする姿を見て、浜辺を汚すような者はおらんかった。
ねぎらいの言葉や挨拶、笑顔が交わされる…平和な時間が過ぎておる。
「悪者がいないー」
〔…いや、いいことじゃねーか〕
うむ、良いことなんじゃが…弓の力、何かを見通されて預けられたんじゃと思うとる。
気は抜けぬのよのぅ…
「そろそろ休憩しよー? 喉乾いたー」
「僕もお腹すいたー…」
『うむ、では海の家まで戻るとするかのう。お疲れじゃったな』
“海の家”とは言っても、その名の通りに機能していたのは過去の話じゃ。
秋以降の建て直しが予定されておる今は、急場を凌ぐ待合所…管理棟として利用されておるようじゃ。
ここでは、湊に射られた者が待機しておった。
湊と凪を感謝の言葉と笑顔で迎え入れ、クーラーボックスにある冷えた飲み物を渡された。あー、良いものじゃ。
―――
一息ついてから、商店街の方へ向かうこととなった。
大人たちから聞こえた迷惑行為に、この場所も含まれておったからな。
…早速、それっぽいのが居るわ…正直、子供とおるときに会いとうなかった系統じゃ。
店の前に停められた大きい黒塗りの車…運転席の窓から肘を出してタバコをふかしておる。
灰はおろか、吸い殻もそのまま道へと落としおる。
車体を揺らしてゲラゲラと中におる者たちの笑い声が漏れ出とる。
…いや、何しにこの町へ来たんじゃ?
「阿形…」
湊も凪も、今の状態なら邪気の有無を感じれるのじゃろう。
そうじゃ。見えておるあやつは、邪気に唆されておらん。
あれらの行為を善悪抜きで行っておるんじゃな。
『…やめんか、楓。その力は人を害す』
背後であろうと、紡がれる密度の濃い邪気に、ワシが気付かぬわけが無かろう…
おぬし、凪の感情に引っ張られておるな?
「あー? 何ぃ僕たち? 俺ら睨んでるって?」
ん? 運転席でタバコを吸っておった者が降りてきたが、別のものが奴に行動を促したな?
窓ガラスが真っ黒で視認はできぬが…そっちには邪気を感じとれる。
『こやつは本意で動いておらぬ、糸引く邪気は車の中じゃ。今はここを去るぞ!』
む? いかん、大人相手で子供たちも萎縮して…すぐには動けぬか。
ならば、仕方あるまい…
「え〜? おにーさん、俺に言ってる〜?」
…溜めたワシの力が霧散した。
我らの後ろから別の男の声が聞こえて、詰め寄ってきたタバコの男が後ずさった。
―――
こやつは…昼間見た熊のような男じゃ。
「おにーさんたちさぁー、睨まれる覚えでもあんの〜?」
ぬぁー、こやつは笑顔なのに圧がすごくて、子供たちが固まっておる…
「なっ、…ね、ねーから怒ってんだろ!」
「ウケる〜。気付こうよ〜」
熊男が楓に視線を送っておる…そうじゃな、こやつ、ワシの声が聞こえておったからな。
『楓、車の中の者たちから邪気を引きずり出すんじゃ』
〔…おうよっ!! 凪っ!〕
「あっ、うんー!」
いや、馬鹿もん、勢いが凄いんじゃー、加減を知らぬのかっ!?
ほぼ一瞬で車全体が邪気に包まれて、それが車を揉むようにうねり出した。
〔凪っ、もっと腕を大きく回せっ〕
「んーっ!」
楓から一斉に噴き出た邪気が、また一気に楓へと戻って行く…
僅かに散った邪気のかけらは赤黒く煌めきながら…この地に満ちる気に浄化されていった。
〔頂いていくぜっ!〕
「頂いていくぜー!」
…それはなんじゃ?
「…おっほ、あっはっは! カッコいいじゃん!!」
もう、車からは邪気が感じられぬ。
“ねぇ、帰ろー?”と車から声が聞こえて、タバコの男は振り返ることなく車に駆け寄ったが――
「ほら〜、ゴミ拾っとけ〜」
熊に促されて、タバコの吸い殻を拾い、この場を去った。
…満足げな凪と楓の顔と、散りゆく邪気を見上げて笑顔の湊。
終わりよければ、全て良しじゃ。




