狛犬もくわない
吽形…早う帰って来てくれ…
「…私が悪いのぉ〜? グスッ」
境内の木陰にある椅子。
そこに腰掛けた我らは、白い帽子をかぶった女子の陽菜に起こったこと、陽菜が起こしたことを聞かされながら、吽形たちの帰りを待っておる…
禍はこやつを確認したあと、夕方には凪と戻ると約束を残して凪の母のお見舞いへと向かった。…嫌味も言わず。
凪が社から離れるにつれ、禍の気配がいつものように凪へと紛れ薄れたことから…陽菜の話す通りに、おまもりの加護の力が影響しておったのじゃろう。
そのおまもりを授かった社は車で三時間程はかかる距離にあると聞いた。
景が住む町を更に超えた先じゃと言う。
我らでは繋がりを保てぬなぁ…主様といい、神々は格が違いすぎる。
「…グスッ…あっ、少し前に彼氏がチーズケーキ買って来てくれたんだけど〜」
「いや待たんか。少し前? それは此度の件に関係あるのか?」
「関係ないかも〜? …聞いてくれないの? グスッ…」
今のところ加護と邪気夜行のきっかけとなる中身のある話は僅かで、あとは…
吽形、おぬしが必要じゃ! 早う帰ってきてくれ…
――少し前、境内の裏へと子供たちが離れた頃――
「今から〜、私もあの子達のところに行くけれど〜…少しだけ、静かにしてて? ね?」
白い帽子の女子が、人差し指を自分の口元に当てながら緩りと振る舞い、それでいて拒否できぬ空気で迫って来る…
こやつから感じるのは若干の"負の感情“。
じゃが、持っておるおまもりから感じる加護は神の清い力。
…主様が受け入れられたのじゃ、疑う必要もあるまい。子供たちのお守りにも力は込めておるし、しばし静観することを決めて頷いた。
―――
「うふふふふふふ。“八十禍津日神”って、ご存知かしら〜?」
…
「…あら〜?」
禍の心配をする凪と、それを見守る湊と景。
偶然振り返った結も、すぐに興味を無くして禍へと向き直った。
その禍だけが…睨みつけるように陽菜を静かに見つめておった。
啜り泣く声が聞こえ出して、ようやく…皆が陽菜へと気を向け始めた。
「…ごめんね、おねーさん。今、ちょっと…おねーさんと話す時間がないというか…」
こんな不気味な挨拶から始まった女子にでも、湊は優しく声をかけるか。
景の面倒そうな表情は理解できるし、見慣れぬから面白いわ。
「…それ、ただの邪気じゃないのね〜。…ごめんね〜…グスッ」
禍の存在を知った上で“ごめんね”と発し、見慣れぬ形のおまもりを撫ではじめた陽菜に…場の皆が固まった。
〔…なぁ、あんた。夕方まで待っちゃくれねぇか〕
「…え〜? 何故?」
〔凪…この子供と母親の見舞いに行きてぇんだ〕
「…禍。気にしなくていいよ。行こ」
突然禍に話しかけられ困り顔の陽菜と、彼女の返事も待たず立ち上がり境内へ戻る凪に我らは取り残された。
『…それで、あなたは加護と共に、この社へ何しに来たのですか?』
―――
我らは境内の木陰にある椅子へ移動した。
「私ね〜、陽菜っていうの〜」
お互い名乗る頃合いかと思ったが…陽菜の言葉は続いた。
“彼氏と喧嘩した”
“見知らぬ人と一緒に居た彼氏の前で自分の携帯を壊した。”
“行き先を告げず、そのまま実家の在るこの地へ帰ってきた。追いかけてくれなかった”
…何故、罪のない携帯を壊す?
「まぁ…彼氏を壊すより良いよ」
「でしょう〜?」
…恐ろしい会話じゃ。
結、まだ依代に邪気が残っておるんではないか? 景が引いておるぞ…
“実家で愚痴を吐き続けたら、彼氏の人柄を誤解されて自宅に帰れなくなった”
“今思えば、一緒にいた人物は職場の同僚として紹介されてた男性だった気がする”
“連絡の手段もないから声が聞きたくても聞けない”
…浮気と勘違いして突っ走った、かのぅ?
いやしかし、男と言うたな…よくわからん。
『自業自得ではありませんか? あっ、ちょ、泣かないでください、なんか申し訳ありません…』
あぁ…これ、肯定以外は聞き流すのが正解なんじゃなかろうか?
“おまもり越しに嗜められたが、構わず世界を呪い続けた”
“おまもりだけでは私の強すぎる呪詛と加護の両方を抑えられなくなった”
は?
この加護、神がこやつを抑えるのも兼ねておるのか?
…こやつと加護、どちらも万全じゃったら…いや、起きぬ事を考える必要はあるまい。
飽きて雑談しておった湊と景も、空気が変わったことを感じたのか、こちらに耳を傾けとる。
“ある日、八十禍津日神から絶対に今夜は出歩くなと強く言われた”
…いや、うむ。それで?
“抑えられなくなった加護が広範囲に及んで、それにより顕在化した大量の邪気が、行き場をなくして…仕方なく一番強い光へ集まり始めた”
“彼氏が持つおまもりの加護があれば、この時点で全て直せたのに”
彼氏の持つ加護と対になる力、禍津日神と直毘神の力じゃな。
あの規模の邪気を晒し、それらを祓う。
『…なんとも明快。美しい関係じゃな』
「でしょう! …なのに〜グスッ…」
ワシが讃えたのは神じゃよ?
“週末は彼氏とよく参拝してるから、それを思い出しながらこの社に参った”
社を心配したとか、そんなんじゃなかった。話を聞いとって間違いないと感じたわ。
あぁ…吽形と結の眉間がすごいことになっとる。
「…グスッ…ほんと、無事でよかったわ〜」
―――
吽形と結がわちゃわちゃ言うておったが、陽菜が居らぬでも存在しておった邪気なんじゃしのう…
「大翔が居たらよかったのに〜…ゴメンね…」
彼氏の名前っぽいのう…その社の御祭神は、この二人だからと加護を与えられたんじゃろうし…人選について深くは探るまい。
名前を出して思い出したのか、また泣き出しおった…こやつはどうすれば良いんじゃ…
「このままじゃ、もっと広い範囲から集まってくるかも…なんてね〜うふっ」
時間も経ち、ひと通り吐き出して冷静になったのか、照れ隠しのように恐ろしい冗談を言い、舌を出したが…冗談じゃよな?
『ちょっ、阿形! 冗談ではありませんよ?』
「アタシも今の状態じゃ獣も薙ぎ払えない気がするよ…」
冗談は通じる相手でなければ毒でしか無いのう…
「ケイくんとこの近くに住んでるおねーさんに連絡とれたよ。狛犬網でお社を探って〜。そこからも少し距離があるみたいだから気をつけてね!」
「行けっかなー? いしししし…なんか、初めて阿吽と会ったときみたいにワクワクしてきた!」
…ここ最近、預かり知らぬところで話が進んでは纏っておるから、ついて行けぬよ…




