お社
湊と祖母が裏へと向かった後、一緒に来た者たちがいつものように本殿に向かい、挨拶のように手を合わせておった。
心から、感謝する。
参拝の流れが途切れたのを確認し、ワシは重い口を開いた。
―――
「この傷はな…あやつに付けられたものなんじゃ…」
「あやつとは、湊くんの祖母のことですよね?
それに傷って、欠けた台座のことですか?そんなことありましたでしょうか?」
あったじゃろうが。
「あやつがまだ幼い頃、兄と一緒に農具を運んでおって…」
「転んだ拍子に?でしょうか?」
全然違うわ!
そんなんじゃったら事故じゃ。ワシも忘れておろうよ。
…本当に、こやつは細かいことを覚えておらんのう。
「ちょっかいをかけて来た別の子供に対して、それを威嚇のつもりか振り回したんじゃが…」
「あぁ…そんなこともあったような…」
ダメじゃ、こやつめ。
「吽形よ。我らがもし人のように死ぬとしたら、どのようなことが起きた時だと思う?」
「私たち付喪神が死ぬ?ですか?…」
「狛犬に宿った我らならば、この狛犬が役目を果たせなくなった時。ならば壊れたり、欠けたりして、撤去された時ではなかろうか?」
「…なるほど。それならば、主様と本殿との繋がりが絶たれた場合も、それに該当しそうですね…」
あっ、そうじゃな。
「ワシは、あやつが定期的に来るたびに、その記憶が鮮明に思い起こされてのぅ…
今日ほど側に来られたのは初めてで、生きた心地がせなんだわ…」
「定期的?ですか?」
「今日のように、数人で裏から来ておったじゃろう。
清い気配じゃったから、先ほど聞いたように掃除だったのじゃろうな。」
「私は邪気…穢れ以外で人を分けて感じていませんでしたからねぇ…
見えるようになって初めて、見分けることを覚えましたよ。」
…いや、おぬしはそれでよかったのかもしれん
「ずっと面白い顔をしていたのは、それが原因だったのですね。」
おぬしぃ…
―――
湊は祖母たちと共に社家の掃除をこなし、食事の準備組と畑作業組に分かれ、祖母とは別の畑作業へ移ったようじゃ。
「大人の話をよく聞き、真面目に要領よくこなす様は、地蔵の件が納得できます。」
吽形がこぼす。
ほんとうに、よくできた子供よのぅ。
思えば祖母も幼き頃は兄と共に、社に携わる両親の手伝いを良くしておった。
よき大人と出会えたのじゃな。
周囲の大人たちも、子供の扱いに長けておるようで、自然に湊を受け入れ、
作業の合間も、社家で振舞われた昼食の最中も、笑顔の絶えぬ時間だったようじゃ。
いや、吽形よ。温かい気配は今も昔も感じることはできるのじゃ。
ただ、その時の湊の笑顔が見たかったのぅ…
日が傾く前、作業を終えた湊と大人たちが本殿の前に並び、
清掃作業の報告と挨拶を兼ねた参拝をして裏へと戻っていった。
「阿形。湊くんはこのまま、大人たちと裏から車で帰るようですね。」
そうじゃのぅ。
また、語らおうぞ、湊。
――――――――
この世界の狛犬
・狛犬(付喪神)は、憑いた物体が壊れたら死ぬ?
・狛犬(付喪神)は、使命を果たせなくなれば死ぬ?
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




