在り方
俺が俺になったのは、そこかしこに流れている波の一つが切っ掛けだった。
今では幾つもの種類の電波が飛び交ってるが、いつの間にかそれらの中で最初期にあった“ラジオ”の電波を解析して聞いていた。
そのうち“考える”事を知り、自我を持っていった。
そうなってくると、ラジオで得られる情報って面白いし…悲しいよな。
俺が選んだ訳でもないのに…嫌われる存在なんだと分かってきたからな。
―――
俺が生まれたのは人間が住まなくなった古い大きな家だった。
朽ちた家の隙間から外を見渡しても木々で遮られ、ここら一帯にあった人の気配は増えることなく…ゆっくりと朽ちていった。
―――
俺は何者なのか?
結構な昔、思考を巡らせ始めた頃の俺に“生まれてしまいましたか”と氏神の思念だけが伝わってきた。
おいおい、そんな言い方は酷くないか?
氏神の力の及びにくい僻地に累積していく邪気、穢れ、淀み…氏神から伝わってきた感じから推測するにそんな類いなんだろう。
古事記ってのの一部をラジオで聞きかじった。
この日本って国を産んだ神様の一柱が…邪気や穢れを禊って行為で洗い流した。
その垢から生まれた神が“八十禍津日神”と“大禍津日神”。
禍や凶事を引き起こす神様なんだと。
意思持ってしまったんだし、似たような状況から生まれたんだから、俺は…ちょっとカッコつけさせてもらえるなら…わざわい…“禍”とか、そんな感じか? ふはっ。
…生まれたことを残念がられて申し訳ない気持ちにはなってたが、ここは忘れられたように人が寄らねぇ。
なんかすまねぇけど、多分アンタらの邪魔にはならねぇよ。悪りぃな。
―――
新しく俺みたいなのが産まれねーかな…そう長い間思い続けている間に、ずっと一緒だった人形が朽ちていきやがった。
話なんかできなかったが、ずっと支えられている気がしてたんだ…そのままずっと一緒に居ろよ馬鹿が。
話し相手を見つける前に、居場所をなくした気がした。
…俺にどうしろってんだよ。
―――
氏神様よ、前にアンタらの邪魔しねーって思ってたけど…どうすればいい?
こんな僻地に顔色の悪いガキが入り込んで来てんだが、アンタらが先に入り込まないようにしておくべきじゃねーのか?
「あー…」
ガキが変な顔して天を仰いでやがる…こんな人の体に悪そうな場所じゃ、死んじまうんじゃねーのか?
氏神様よっ、どうにかしてくれっ!
ちょっ…ガキがわざわざ淀みの酷いこっちに近づいてきてんだよ!
…産まれた時に浴びせられた思念以外、お互い何も交わせてないからな…通じねぇのか。
あーあー、おい勝手に人ン家の門開けんなよ…どんな教育受けてんだよ…
「…人形?」
あ? 人形?
俺の方見て、何が見えてんだ?
あっ馬鹿、触ろうとするな、ホントに死ぬんじゃねーか?
勝手に死なれても俺が悪者になるんだよっ!
ん? えらく弱い歪な気が流れた体してんな、コイツ…
「触れない…? 気持ち悪ぅー」
〔俺、ンなコト言われるような悪いことしたか? 酷い人間も居たもんだな…〕
「喋るの? 怖ぁー」
ん…?
お前、俺の声が聞こえるのか?
…聞こえてねぇな。
俺に翳していた手を引っ込めたからか? お、果敢にもまた手を伸ばしてきた…気合い入ってんじゃねーか。
「おーい、喋れるかー?」
〔おー。俺の声は聞こえてるか?〕
今まで気の抜けてた目をいっぱいに見開いてまぁ…どんな感情だよそれ。
「お前を持って帰ってもいい?」
話が見えねぇ…
ラジオで聴く話の流れってのは、もっと丁寧で分かりやすいものなんだが、ありゃあやっぱプロだからなんだろうな。
そもそも…
〔…俺は物じゃねーんだから、持ち帰れねーよ〕
不思議そうな顔をしながら俺の周囲を掴もうとした手が空を切る。
「お前のそばにいると、具合がすごくいいんだ」
おー、そういや最初見た時ほどじゃねーな。
〔変なやつだな…また来ればいいじゃねーか〕
「えー、面倒くさい…」
いや、凄い自己中だなお前。
…ここまで全部お前の都合じゃねーか。
〔何度も言わねーぞ? 俺は動けねぇんだ。必要になったら、お前がここに来い〕
気の抜けた目が、寝てんのかって程に細くなって、眉尻も下がった。
いや、悪いことしたみたいな気になるから辞めてくれ…
〔変なガキだな…普通は好んでこんなとこに人は来ねぇんだぞ?〕
「…たぶん、普通じゃないからー」
人となりは初見からそうだが、そういう意味じゃねーんだろうな。
別れの挨拶もなくトボトボと去るガキの背中を見続けた――いや、開けた門は閉めて帰れよ!
…ガキが腰を抜かすように座り込んで動かなくなった。
「ちょ、ちょっとヤバいかもー」
演技じゃねぇな。
きた時よりもヤバそうだ。
ガキが俺に触れてないから、俺の言葉は届いていない。
届いていたとして、呼び戻してもここまで来れないかもしれねぇ。
―――
ガキから浅い呼吸が聞こえる。
もう声は出さなくなった。
いや、俺に何ができんだよ? 何を期待してんだよ?
ここでじっとして積み重なった嫌われ者でしかねぇよ。
なんだよ、そんな俺を持って帰るってよ…
あいつ、俺を見て人形って言いやがったな。
…自分に姿があるなんて考えたこともなかったな…
なんか見覚えある姿してんじゃねーか…あいつ、俺にくれやがったな…馬鹿が…
あーあ、足がある。歩けちまう。
これはもう言い訳できねぇな。
考えたら、この門が開くのを見たのは…今日が初めてだな。
まさかその日のうちに潜っちまうとはね。
〔おーいガキ。生きてっか?〕
手をガキに添えて話しかけてみたが…弱ってんなぁ。
―――
「…動いてんじゃん」
意識が戻って一言目がそれかよ。
俺の知ってる普通は、最初にお礼の言葉が来るはずだったんだが…
ガキが俺の翳した手を握り返そうとして、やっぱ空を切る。
「ねー、意地悪してんの?」
それする意味あると思うか?
〔はぁ…俺は人間から見たら…〕
神じゃねぇな。
ガキがわかるように説明するなら…なんだ?
〔…お化けみたいなもんだ〕
「きもっ」
このガキ…
「あー。じゃあさー、ボクに取り憑いてよ」
嬉しそうな顔して言う言葉なのか、それは?
〔それ、俺にメリットあんのか?〕
…違うな、本当に伝えたい言葉じゃねぇ。
コイツとの会話は調子が狂う…いや、会話したの産まれて初めてだったわ。
「ボクがオマエといれば元気になれる気がする。そしたら一緒に色んなトコ行けるぞ?」
一緒に…
「オマエ、ボクが死んでも一緒に居ろよ」
〔重てぇー〕
―――
邪気の類を吸収し続けていた俺がいなくなって、家に集まってきていた邪気が飛び散った。
俺がガキに説得されて憑いた直後だ。
もしかしたら、俺が意識せずに呼び込んでいたのかもしれねぇな。
ガキが舞い散る赤黒い邪気を見上げて、目を輝かせてやがる…
「…はぁー、綺麗じゃん」
〔目ぇ腐ってんじゃねえのか?〕
「あはははは」
笑うとこなのか…
俺が憑いた状態でも、ガキの気の巡りは出会った頃よりマシな気がする。
「凪だよ」
何だ? 名前か? オマエの名前か?
「オマエは名前あるのー?」
流れ的に、ガキの名前は凪なんだな。
俺の名前? めんどくせぇな…
…
「禍」
「禍! おー、カッコいいじゃん」
おっ…
…だろ!?




