脅威
町の大通りから離れ田畑を抜けると、あっという間に森に入った。
綺麗な場所じゃが、人が入りにくい場所に淀みを感じる。
何というか、局所的に気が巡らぬ場所が発生するのは何処も同じじゃな。
気の流れを促す程度で改善できる場所が多く、我らの懐事情にも優しく助かるわい。
〈ブーン…それ〜っ!〉
移動中、湊がワシの背で張り切っておる。
気の先に繋がる宝珠を振り回しては、獣のような“悪意を持つ邪気”を散らす。
先ほど見知らぬ少年と出会う切っ掛けとなった獣。夕方以降はコレらから立て続けに襲われだした訳じゃが…。
狙われておるのは恐らく湊。何故か?
それは様々な土地で賜った七色の気で幾重にも包まれた霊体じゃから。
更には先ほどの騒ぎで目立ってしもうたのも原因じゃと感じる。
失敗したのぉー…
気を無駄にできぬ状態で湊自身に守る術を持たせるためにと渡した宝珠は、今や攻撃するために存在していたかのように彼方此方へと飛び回る姿を見せておる。
…もう、ワシの常識なんて覆されすぎて麻痺してきた。
〈阿形、少し遅く走って〜。後ろについてきたのを纏めて追い払うよ〉
…追い払うというか、そやつら宝珠に当たって浄化されとるんじゃがな。
―――
一仕事終えて、我らが依頼主の元へと辿り着いたのは日も暮れた頃じゃった。
気を賜った後に疾走していった少年の事を聞くと、意外なことがわかった。
彼はこの社の主祭神と手を取り合っておるとのことじゃ。
ただ、狛犬に憑く付喪神には好かれておらぬようで、我らのような行動には至れておらぬようじゃ。
〈…なんで?〉
一言で全部聞きにきおったな…?
じゃがまぁ、気になるじゃろうな。
〈手に持っておった銃があったじゃろ? 幼き頃はここに訪れては狛犬像を的にそれを撃っておったそうじゃ〉
〈えー…。それでも神様と話せるの?〉
〈怖い顔をした狛犬は“神様を狙う悪者”と思い込み、神を守っているつもりの行動だったそうじゃよ〉
自分で言うのも何じゃが、優しい顔をした狛犬は居らぬ気がする…
境内を善悪の縮図と見立てておったのかも知れぬな。
〈あー…僕も小さい頃は怖かった気がする〉
おぬしが幼き頃に祖父と訪れた時、恐れるどころか顔を鷲掴みされた記憶が呼び起こされたんじゃが…
…む、人が来おったな?
「いたねぇ〜。ここに来れば会えると思ってたよん」
噂をすれば、じゃな。
狛犬に好かれていないと聞いた少年が歩み寄ってきおった。
―――
その少年は響と名乗った。
その首から下げられたお守りからは、ここの主祭神による特別な力を感じる。
我らのような者の姿が見えるのは、やはり加護なのじゃろうな。
響と自己紹介がてらお互いの状況を話し合う中で、今の場所と帰るべき方角を明確に知ることができた。
〈助かったぞ響。礼を言う〉
「いいっていいって。面白い話も聞けたし、孤独な戦いじゃ無いって分かったしねぃ」
神を見られる身でありながら、孤独とな?
…確かに湊の側に景が居らぬ間は、そんな感じじゃったな。
〈おぬし、夜も更けてきたが…家人が心配しておるのではないか?〉
「ウチは適当ぉだからへーきへーき。ま、日付が変わる前には帰るよ」
〈うむ。ではお互い気をつけて帰るとするか!〉
〈ヒビキくん、またね!〉
「お〜ぅ。今度は実体で会おうな〜。俺が独り言を話すオカシイ人に見えちゃうからさぁ」
うむ。それはいかんな。
ワシの足は車と並走する程度の速さじゃった。
響に見せられた携帯の地図では、その車で二時間ほどの距離。
方角さえわかれば…多少迷っても日が出る前には帰りつけよう。
―――
最初は響に見せてもらった通りに道路沿いを駆け出した我らじゃったが、“悪意を持つ邪気”が連なり追いかけてくるのを確認して道から降りた。
道を利用する人々とアレらが重なったらと思うとゾッとするわい。
最初は面白がっておった湊も、それらが重なり大きさを変えてくると言葉数が減った。
道を降りて暫くは木々の間を駆けておったが、それも面倒になり空へと逃げた。
…地上ほどではないが速度も出せて、視界も開けて…
〈星が…すごく綺麗だよ阿形! こんなの初めてだよっ!〉
おぉー、ワシも初めてじゃが、これは凄いのぅ!
いかん、後ろはどうなっとるんじゃ?
…居るなぁ
〈阿形、後ろ向いて〜〉
えー…
宝珠を振り回しだした湊に言われるがまま振り返ると、かなり大きくなった獣が宝珠と衝突して消滅する姿が目に入った。
…こやつに持たせてはならぬ物だったのではなかろうか?
大小問わず一掃された獣や邪気は、上空では新たに発生して来ぬようじゃ。
星空を満喫しながら駆け続けて、日付が変わった頃じゃろうか? 主様の社が眼下に見えてきた。
少し不敬を感じて早々に高度を下げ始め、立て続けに脅威を感じる姿が目に映る。
〈何じゃあれは? 巨大な人形の…邪気? 鳥居より遥かに大きいぞ…これは社に向かっておるのか!?〉
あんなものが社に侵入しようものなら――
〈どーん!〉
あっ…
いかん、一瞬何も考えれぬ状態に陥っておった。
脅威であると恐れたものが一瞬で霧散したんじゃ…感情が追いつかん…
うん、そうじゃな。
本当の脅威は、帰ってからの吽形じゃな…




