疾走
〈湊、吽形たちに無事を伝えることができたぞ〉
〈うん。なんか聞こえてきてた〉
ワシの頭の上に顎を乗せた湊から返事が返された。
なんというか、乳飲子を背負っとるようじゃ。
我らは放られた土地にある社を見つけ、狛犬網を拝借した。
此処は田畑が多く緑が眩しい。なんとも気に満ちた土地じゃな。
平地なようで、視界に入る林の隙間からは所々に町が覗ける。
御祭神がたに礼をして社を後にする際、仕事を受けぬかと話をいただいた。
道中も心許ないと感じておった気の補填と、主様の土地へと持ち帰れるとなれば渡りに船であった。
〈湊、ワシとしては受けて行きたい仕事なのじゃが…どうじゃ?〉
〈そういうのを待っておったのじゃ〜!〉
…それ、ワシの真似か?
―――
〈湊よ、念のためじゃ。これを手にしておくが良い〉
ワシは背に乗った湊に向けて首だけを振り向かせ、口に咥えていた宝珠を差し向けた。
〈これ、たまに咥えてるよね〉
宝珠を手に取り眺めながら、宙に放り上げた。
〈たわけーっ!〉
〈うわわっ!?〉
話も聞かぬ間に、何しとるんじゃ!
〈まったく…それは“宝珠”じゃ。災いを祓い、周囲を清める力を持っておる。もっと丁寧に扱わんか〉
〈おおー! …危険な場所に行くの?〉
行かんよ?
こんな状況で、そこまではのぅ…
〈いや、念のためと言うたろう? 仕事はこれまで通り僻地の窪地や淀んだ場所の浄化じゃ。道中で邪気が気になればそれを翳して祓うと良い。普段も側に蚊がおったら払うじゃろ?〉
〈…叩くかなぁ〉
どちらでも良いわ。
〈阿形はコレ渡して平気なの?〉
〈浄化作業に入る時だけ返してくれれば良い。…では、行くぞ!〉
〈レッツ――うわー!?〉
―――
車も通る大通りを駆け抜ける。
物理的な干渉は全くないが、やはり人や車は避けてしまう。
空でなく地を駆けるのは、地面に流れる気を掴みやすいが故。
おそらく空を駆けても、地より速度は出ぬじゃろう。試しておらぬが。
…そう考えると、大量の気を帯びた者が居れば、干渉する気がする。
違うな、衝突するわ…避けておって良かった。
〈わふ〜! うちの町より建物が多くて賑やかだね〜〉
疾走する感覚を楽しむ湊の声がする。
この駆け抜ける感じはワシも気持ちが良い…じゃが、もう目的の場所に着いてしもうたな。
〈湊、先ずはこの細い建物の3階じゃ〉
なんじゃ? 建物を見上げる湊から返事が無い。
〈これさぁ、気を流すと“ぶあーっ”ってなるやつじゃない?〉
湊が両手を広げてバタバタしておる。
見てて面白いが…そうか、結と吽形が遭遇したやつじゃな?
停滞した邪気や穢れが抵抗するように荒れ狂う。
〈なるほど。では湊…あそこに宝珠を投げ入れてくれぬか?〉
〈うん。…えっ? さっきちょっと浮かせただけで怒ったのに?〉
…状況により変わるのじゃよ。
―――
湊の持つ宝珠に、強固に練った気を繋いだ。
今、宝珠、湊、ワシの順に気で連なっておる。
宝珠を維持する気が失われれば、ワシの方から消費されていく。
もちろん湊に何かあれば、ワシが肩代わりする。
〈いいの? 宝珠に繋がってる気、切れたりしない?〉
ワシの顔を伺いながら、迷う湊が確認を行う。
〈切れぬ。…多分。ここで心配するのは周囲に人が居ないこと、じゃな。…だから今じゃ!〉
〈はーい〉
ワシの気合いとは相反する湊の声が返され、放物線を描くように投擲された宝珠が3階へと届いた。
一瞬だけ…これまで聞こえていた蝉の声や雑踏が遮断されたように感じた。
直後、あの狭い一室から周囲へ向けて、大気を震わせる振動が放たれた。
〈ぬうぅー!〉
〈うわわわっ!〉
ほんのわずかな間じゃったが、目の前にするとなかなかの暴れっぷりじゃ。
こんなもんの中に景や結、吽形がいたと思うと、無事であったのが幸いじゃとしか思えん。
うん? やたら邪悪な気配があの部屋から湊を狙っておるのが分かる。
狙う相手が悪かったのう…噛み砕いてやろう。
パスパス、パスッ
空気の漏れるような短い音の後、部屋から飛び出してきたモノが目の前で消滅しおった…
音のした方を見遣ると、自転車に跨った少年が銃を持っておった。
「見えてたみたいねぃ。邪ぁ魔しちゃったかなぁ?」
…悪意はなさそうじゃな。
助けてくれる気でおったようじゃし。
銃を鞄に収めた少年が、自転車をゆっくりと漕ぎながら近づいてくる。
ワシとしっかり目が合うたし、“見える者”なんじゃろうな。
《そこの自転車、止まりなさいっ》
「えひーっ? 別に悪いことしてないって〜!」
目の前を自転車で走り去る少年と警察車両を、ワシと湊は唖然とした顔で見送った。
この世界の狛犬
・阿形が咥えているのは宝珠で、災を祓い清める力があると言われている。
霊体の時、浄化の時以外は出していない
・吽形に生えている一本の角には、魔除けの力があると言われている。
・霊体の時、守る対象と繋がっていれば、対象の負う外的要因を肩代わりできる。




