感謝
アタシの夢を叶えてくれてありがとう!
アタシが在る限り、主祭神の為に、この町の為に頑張るよ!
…なんかこれまでと変わんない気がするけど。
「結…ミナト、ちょっと暑いって…」
膝の上で寝顔を見せる凪が起きないように、ケイを引き寄せて撫で続けていた。
ミナトの体に収まって混乱気味のアタシを最初に刺激したのはケイの掌だった。
アタシが消える覚悟をした時に、真っ先に駆け寄って包んでくれたケイの掌。
さっき、その手で頭を撫でられた時…いつもアタシの依代となる石を撫でてくれていることを思い出した。
アタシの機嫌がいい時も、悪い時も、そうじゃない時も。…いつも。
だから、ケイが優しい時も意地悪な時も、寂しそうな時も…いつもその頭を撫でたかった。
だから…
「今しかないでしょ!」
「えっ、何が?」
困惑気味なケイも可愛い。
アタシもちょっと暑いけど、ミナトも阿形も無事だと知れて気分が上がりすぎてる気もする。気にするな!
「結、景くん。相談…というか、お願いがあります」
…神妙な吽形の声に、アタシの気分は一瞬で平常に戻された。
ごめん、今ならわかる。浮かれすぎてた。
「結では湊くんを演じ抜くのは無理があります。宇美さんや英彦さんは繊細ですから…」
…何が言いたい?
ケイも、今アタシの顔を見るのは誤解するから辞めときな?
…なんでちょっと笑ってんの?
「あいたたた…はははっ」
もう…
「阿形の話から、少なくとも一晩は…結に湊くんを演じてもらう必要があります」
理解したくない、そう思いたくない気持ちが先行して出せた言葉は一文字だった。
「…は?」
ケイがやり返すように両手でアタシの頭をぐしゃぐしゃと触ってきた。
「じゃあミナト。今日はオレのじいちゃん家に泊まっていかなきゃな!」
今日は阿形もミナトも戻ってこれない、アタシがミナトを演じてもミナトの爺さん婆さんに気づかれる、だから景のとこに泊まる。
なるほど…
「助平っ!」
「えーっ?」
「何故ですか!?」
―――
なんでか寝ていた禍が目を覚ました後、ナギに収まるように姿を隠すと、操られるようにナギが体を起こした。
「…ミナト? ケイも。…えー、ボクずっと寝てたー?」
「わりと」
「顔色は良くなってるみたいだけど、大丈夫?」
ナギって何処まで知ってんだっけ…?
とりあえずミナトっぽくしとこ。
「うん…でも、手すりあっても石段はきついと分かった」
〔スマン、鳥居で一度弾かれた時に止めりゃ良かった〕
「いやー、登ってみたかったから、いいよー」
〔そうか…でも、少しずつ、な?〕
なんだ? 禍ってえらく献身的じゃないか…
アイツらと衝突したのが信じられない。
このあとケイと一緒にナギに肩をかして石段を降りた。
アシスト自転車に乗ってゆっくりと帰るナギを見送ったアタシたちは、次の行動に移ることにした。
―――
「オッケー。ばあちゃんがミナトんとこに連絡してくれるって」
婆さんに携帯で連絡を入れたケイから、その結果を伝えられた。
ちなみに吽形はケイのお守りに意識を伸ばし、アタシの胸元にあるお守りには此処の主祭神の加護だけだ。
直感でわかるのは、このお守りを肌身離さず持ち歩くこと。
それを吽形に確認すると同意を得れたが、ケイが予期しない発言をしてきた…
「風呂どーすんの?」
助平っ!
いや、どうしよう? …その時になって考えよ。まだ時間はあるし、ミナトも阿形と戻ってくるかも知れない。
―――
アタシ、よくナギに肩かして石段降りれたな?
そんな事を考えながらミナトの自転車で二度ほど倒れた後に、さっきは力を使って体を支えていたことに気がついた。
ほらどうだ! まっ、真っ直ぐ乗れてるっ…!
「補助輪みたい」
オマエっ!
ケイが放った言葉。バカにする感じじゃないけど、その年下を見るような優しい目は止めろっ! 吽形もっ!
アタシの心配するより、社の心配しとけよ…
「なぁ、吽形。阿形がいないまま、夜を越しても平気なのか?」
『えぇ。独り言の多い宮司さんが境内にいらっしゃって、“祭具の手入れも残ってますし、今夜は社家で過ごすとしましょう”と、海を見つめながら零しておられましたし、大丈夫でしょう』
…そっか。
じゃあ、甘えさせてもらおう。
砂浜――ぶぁーー!
湿度も感じるし、砂浜から返される熱が靴を抜けてくるし、海と一緒に太陽を反射して眩しいし、これで客を呼ぶとか何考えてんの?
うわ、靴に砂が入ったっ! うわっベタベタするっ!? もう帰りたいっ! なのになんでこんなに人がいるんだよっ!
そんで、なんでケイも吽形も笑顔で周り見てんだよっ!
…なんで靴脱いでんだよ?
「結、行くよ!」
「あっ、ちょっ、引っ張んないでよっ? アタシまだ靴脱いでないしっ!?」
―――
楽しかった。
すごく楽しかった。
休憩って言われて残念がってたら、ケイがかき氷を買ってきてくれた。
冷たくて、甘くて、美味しかった…帰りたくない。
夕日も暮れかけて海で遊ぶ人も減ってきたけど、今度は夕涼みや景色を楽しみに来たような人が入れ替わるように増えてきた。
なんというか、大人の時間だ。
グゥー…
ミナトの体に収まって分かったこと…それは力を使うとお腹が減る。
それを吽形に伝えると、ミナトの体に流した気を回収した時にも同じことを言われたそうだ。…気をつけよう。
海。
くそっ、これが夏だけの楽しみなんて…
ミナトの体にも慣れてきて、気がつけばケイの家に着いてた。
ケイに倣って自転車を隣に停めた。
ベタつく体に不快感がすごい。
「これ、風呂に入らないって選択肢はないね…無理」
「嫌がっても、じいちゃんばあちゃんが入れって怒るよ」
知ってる。
…お守りどうしよう
―――
「ただいまー!」
「おじゃ、おじゃますます!」
噛んだ。
「おー、帰ったかー。おかえりー」
「景、おかえり。湊君、こんばんは」
何度も来たことあるのに…爺さん婆さんも何度も見てるのに…
「こんばんは…よろしくお願いします!」
「ははっ、何をだよっ」
ケイに背中を押された。
ふふっ…いや、ほんとだよ。
「ははは。先に二人でお風呂入っておいで。晩御飯準備しとくからね」
「ありがとー!」
「ありがとうございます」
―――
服がまとわりついて脱げない。
ちなみにミナトの祖父から野菜と一緒に着替えを届けてもらえていた。
ケイのを借りればいいと思ってたけど、ありがとう。
アタシが上を脱ぎ終わった時にケイはすでに裸で、手には透明な袋を持ってた。
「お守りの部分だけでも袋で濡れないようにしとこ。紐は無理」
「なるほど、やるじゃんケイ!」
「あっ、ちょ、し難いからやめろって!」
頭をワシワシと撫でてたら怒られた。
ケイの真似をして体を洗い湯船に浸かったけど、頭だけは手伝ってもらった。
神妙な顔で「絶対に目を開けちゃいけない」なんて言われて、風呂に対してちょっとした恐怖が残った。
「ちゃんと拭けてないって!」
「えー? 拭けてるよ!」
「背中! 頭も!」
「ケイ、細かいんじゃない?」
「おまっ!」
「うわーっ!」
―――
風呂の中では細く伸ばした力を箸に見立てて、持ち方を習った。
「食べ方は、オレの真似して食べてね」
た、頼りにしてるっ!
居間のテーブルには既に食事の準備が整えられ、昭一と和子がテレビを見ながらアタシたちを待っていた。
「あがったね? はーい、じゃあお米ついでくるね」
和子が椅子から立ち上がり、昭一はメガネを外してテーブルに置いた。
手伝ったほうが良いかな…とか思ってたら座ったケイに袖を引かれた。
分かった。座って待ちます。
「いただきまーす!」
「いただきます!」
「はーい、どうぞー。召し上がれ〜」
―――
夢のような時間だった。
特に好きだったのはナスの煮浸し。
噛むたびにナスがキュッキュッと音を立てて、味が染み出してくるんだ。
一緒にツユに浸かってたオクラやニンジン、鶏肉も味が染みててお米に合う。
既に布団がひかれている2階でケイとゴロゴロしながら、そんな夕食を思い返してた。
とって付けたような話だけど、ちょこちょこミナトと阿形を心配して動きが止まる。
それはケイも同じで、時々上の空になってる。
『今は阿形の言葉を信じましょう。境内も静かで問題は起きておりません。安心してください』
「…吽形、なんかお母さんみたい」
あー、それだ。わかる。
きっとそういう、安心をくれる存在だ。
「あはは、ほんと、お母さんみたい。ありがとう」
なんか良い日って、感謝が多いな。




