活動開始
おや、参拝客ですね? どうぞごゆっくりと。
年配のご夫婦でしょうか。
男性が“湊の登る速さにはついていけない”と、手を繋いだお相手に零しておられますね。
なるほど、あなたがたが湊くんの祖父母ですか。
ん? 祖母の方が阿形を見たような?
…え? どうしました阿形?
―――
「阿吽には、ここの神様が見えるの?」
「何じゃい藪から棒に。…しかし、はて?」
依代へ気を込めている私を気遣ってか、湊くんは阿形へと質問したようです。
ですが、阿形も感じたようですね…私の出会った違和感に。
今までの私たちにとって、声は“届き”、姿は“感じる”ものだったのです。
ですから、これまでの私たちは思いを届け合っていて、参拝者に気づかれなかったのでしょう。
「湊くん。私たちは主様を“見て”おらず、“感じて”いるのですよ」
阿形のこちらを見る目は、“理解できない”と語っています。
「それって、僕たち人間と同じってこと?」
「えぇ。立場が違うだけで、そうなのかもしれません」
私たちは付喪神であり、この狛犬へ宿ってからの年月しか存在しておりません。
ここに祀られている主様のように永く在り続けるお方から見ても、変わらぬ存在かもしれませんね。
「そして人々の中には、深い信仰の先に神が見えるようになる者もいます」
同じ神でも、神の見え方は人それぞれですが。
「その“見える者”がお守りを持ち訪れた社が縁を解放し、そこに我らが”狛犬網”として繋がりに行くのじゃ」
あっ、先日の説明不足を補うように阿形が割り込んできましたね。
「…えっ? 条件が整うことも多いって言ってなかった? …そんなに見える人がいるの?」
「そう感じるのは、そういった人は見えていることを教えないからでしょう。見えていると言えば、そうでない人から変な目で見られるでしょうし」
「…確かに。阿吽と話ができるなんて、おじいちゃんたちにも話さないなぁ」
そうなりますよねぇ。
…阿形が私に向き直りましたが、なんですか?
「吽形よ。我らは、人のように見たり話す必要がなかった。しかし、今は湊を見て、湊と話をしておる」
これは問いかけでしょうか?
「そうですね。きっと阿形や私も、人々と同じように願っていたのでしょう。土地を出て気を集め、社と主様との縁を深めたいと」
「そのために、主様が我らと小僧を引き合わせてくださったのか…?」
「…願ったから、叶ったの?」
一緒に見つめられても…私では明確な答えを出せません。
「きっと、願いを叶えるためのお力添えをいただけたのですよ。叶えるのは願った者です」
「信仰とか僕はわからないけど、なんで阿吽と話せるようになったの?」
「どこか私たちの願いと重なったのかもしれません。それは主様のみが把握されているのでしょう。…湊くん、ここに足を運んでいただき、心からお礼いたします」
「えっ、やめてよ。神様は見えないけど、僕だって町を元気にしたいんだから」
あっ…それは私が誘導するように話をしてしまったからかもしれません。
いや、どうでしょう…?
阿形、そんな目で私を見てないで、いつものように割って入ってください。
「…小僧。それは本当におぬしの願いか? 吽形に唆されてはおらぬか?」
いつもは煩わしいですが…ありがとうございます、阿形。
「大丈夫だよ。友達が帰ってこなくても、お祭りが再開しなくても。きっとみんなこの町を元気にしようと頑張ってる。僕は僕で町の人たちとは違う形で頑張るんだよ」
「小僧…」
「湊くん…」
―――
『聞こえますか湊くん? お伝えした通り、このまま15分ほど進めば目的の社へと到着いたします』
「聞こえてるよー。さっき案内板で場所も確認したし、大丈夫だよー」
主様のお社から湊くんの自転車に揺られて数分。
人通りの多い道から離れたあたりで私は話しかけました。
『少し遠回りになるのですが、次の突き当たりは左へと曲がってください』
「んっ…わかった!」
感の良い子のようで。
湊くんから緊張が伝わってきます。
「…もし一人だったら、絶対にこっちには曲がりたくなかった。…そう言うことなんだね?」
『はい。その直感、大事になさってください。良いものをお持ちです』
舗装された道は土へと変わり、木々で覆われた薄暗い場所へと変わってきました。
さぁ、湊くん。お力を貸してください。
『安心してください、常に私が見守っております。この辺りには湊くんを傷つけるようなものはおりません』
「…ふーっ」
ゆっくりと息を吐いた音が聞こえました。
私の言葉が届いたのか、少し緊張も解けたように感じます。
『ここです湊くん。手袋は持ってこられましたか?』
「うん、軍手を借りてきたよ。…お地蔵様が倒れてるね」
『そうです。神も仏も、それぞれの考え方で土地を守っております。この辺りはこの方が守ってくださっているのでしょう』
依代に込めた気を周囲へ流し、湊くんの体にも少しだけ流します。
「んぅっ!? 吽形、何かしてる?」
『はい。先ずは周囲へ気を流して整えました。湊くんの力もお借りしたいので、湊くんにも少しだけ気を流しております』
「えっ、もう何かしてるの? …その整えた“気”が僕に流れると…どうなるの?」
『安心してください、身体を害することはありませんので。そうですね…お地蔵様を、子供でも安全に起こすほどの力が出せるかと思います』
湊くんは目を丸く見開いてから、自分の手を見て頷いています。
迷いなく地蔵の元へ進み、その台座の土を払い、地蔵を丁寧に起こしました。
社で見た湊くんには呑気な雰囲気を感じていたのですが、なんと手際の良い。
さぁ、私も負けずに浄化まで終えましょう。
地蔵を見遣る私の横で手を合わせる湊くんを見て、大人をよく見ているのだろうと思い…少し複雑な気持ちになりました。
―――
仕事を終えた私たちは、依頼を受けた社へと到着しました。
「ここだね、吽形!」
社の側に自転車を停めながら、元気が有り余る声が響いてます。
少し気を込めすぎたかもしれません。
落ち着くように一呼吸置いてもらってから、鳥居の前で手を合わせました。
お邪魔いたします。
『今、私たちの主様がおられる社とこちらは狛犬網で繋がっております』
「…えっ?周りには誰もいないけど…神様が見えて、お守りを持った人が居ないといけないんじゃないの?」
周囲を見渡す湊くんの言葉通り、今はこの社に誰も居ません。
『阿形に聞いたところ、一度繋がった狛犬網に気を通し続ければ、その繋がりは保てるそうです。ですので先日から繋ぎ続けております。さぁ、最後に御祭神へと参拝しましょう』
繋がりを保つためには気を消費します。
次に何時この社と狛犬網で繋がれるか分かりませんので、繋ぎ続けておくしかなかったのです。
鳥居の先に在った此処の狛犬達に話しかけてますが、その声は聞こえていない様子。
残念そうな姿の湊くんが石段の先を見上げ、頷いて歩き出しました。
私も当たり前のように見る、聞く、話すの行為が根付きましたが、これまで通りの意思疎通も行えてます。御祭神への参拝と結果報告を終えることができました。
『湊くん、ありがとうございます。狛犬網を通じて主様の社へと賜った気を送ることができました』
「やったね! やった! やった!!」
記念すべき初仕事を終えて、私も同じくらい嬉しいですが…
回転しながら依代を掲げるように上下させる湊くんに感謝しつつ、見る行為から得た、目が回る、を覚えることとなりました。
止まってください、お願いします。




