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あっちとこっち


〈なるほど…〉

『なるほど…』


 晴れた日の週末。

 あっちの吽形とこっちの吽形がなんか同じこと言ってる。


 狛犬網を通じて鳥居から現れた湊と吽形は、以前の阿形とは違ってやたら周囲を警戒していた。

 阿形よりも過剰に湊を気で覆い、繋がっている気も強固に感じる。


 まるで戦にでも行くような緊張感がこっちにまで伝わってきて、なぜか笑ってしまった。

 開口一発目が「結、何かあったらお願いしますよ?」だったから、よっぽどだ。


「…何が“なるほど”?」


 胸元のお守りを見下ろしながら、ケイが確認してる。

 ミナトは何故かおとなしい。


〈…私は結がどのような無茶をしてきたかを知れました〉


『…私はこちらに来てからの…あちらの動きを知れました』


 同時に怒られそうで、なんか嫌だ。

 あっ、こっちの吽形が引っ込んだ…


〈今はこちらの吽形と繋がっていますので、考え方も共有できております。まだ霊体を晒して会話するのには慣れておりませんので、こちら側は控えておきます〉


〈今は、あっちで阿形がそんな感じだね〉


〈はい〉


 ケイがお守りに向けていた目を、霊体の吽形とミナトに向けた。

 正直、あっちとこっち吽形が合流して派手なことするのかと思ってたから、こっちが引っ込んでしまった状態になって、アタシは聴くこともやることも見失った。


「で、何すんの?」


 ケイの顔はやる気に満ちてる。何で?


〈病院と引きこまれた建物。こちらで結だけでは困難と思った場所へと赴きましょう〉

〈お〜っ!〉


 お前っ! わかってんじゃないか!!


―――


〈結、この前と全然違うよ! 達人みたい!〉


 狛犬網から伸びて吽形と繋がる気を電線へ掛けてたら、ミナトが急に大声を出した。

 そんなに違うかぁ…確かに「よいしょぉ」、って感じから「ふっ」、って感じになった…ダメだ伝えられない。

 ただ、街中の移動中で話せないケイの笑顔と優しい視線が、アタシも笑顔にしてくれた。



 病院の隣を走る道路の反対側にあるコンビニで飲み物を買ったケイが、そこで携帯を持って立ってる。

 ミナトが実体なら問題ないけど、今ははたから見れば子供が一人。これが自然なんだと思う。


〈吽形…さっきの人、こっち見てたね〉

〈少し、纏う気を減らしておきましょう〉


「みっ…見える人とかいるの?」


 ケイが声の大きさを落として聞き直した。

 アタシもケイと同じこと思った。


〈阿形からは“纏う気の密度で見えやすさが変わる”と聞いています〉


 あー、阿形の時より気が過剰だとは思った。そのせいなんだ。

 阿形ほど表に出さないけど、吽形は過保護なんだな…おかげでこっちに吽形の分け身がいてくれてるんだけど。


「ミナトがなんか薄くなってく! ははは……は…いや、そろそろ止めていいんじゃ?消えそうで不安になるんだけど」

〈ウワァー〉

「そういうのやめろ…冗談にならないからな」

〈んふふ……ごめん〉


 仲がいいことで。


「…いや、何しにきたんだよ! 始めるよ!」


―――


 病院の周囲に漂う気を把握した。確保っ!


 病院の表面を指先から伸ばした気の流れで覆う。

 通気口を流れる空気に便乗して、最初は細く、少なく、探るように。

 場所に合わせて数を増やし、流れの太さを変えた。


〈めっちゃめちゃカッコいい! 何、ポーズもかっこいいっ!〉


 だろう! ケイの部屋の漫画で見た! アタシもそれを見て惚れたっ!!

 ケイがドヤ顔するかなと思ったら、ミナトと同じ顔でアタシを見てた。そうかコレ、初披露か。


 病院内の作りは前来た時とそう違わないのに、部屋ごとに状態が全く違うのに驚く。

 大半は前向きな強い思いで支えられた不安。

 家族や医師の思いが患者を見守ってる、とか?


 邪気、穢れを薄れさせた結果が、その不安を減らせるかはわからないけど、好転してくれたらいいな。


 吽形はずっと黙って見てくれている。

 阿形といい、こいつらが信用してくれているのが嬉しい。


 ケイは真っ暗な画面の携帯を手に、アタシを見てくれてる。

 

 ミナトは…あれ? ミナトは?


(おいっ、吽形! ミナトが居ない!)


 集中力が切れるだろ、馬鹿……違う、それはアタシの都合か…くそっ!


 こんな状態なのに冷静な吽形が理解できない…


 前足を器用に回して、ミナトに伸びた気を引き寄せ始めた。

 少しすると、引きずられるような形で建物の角から笑顔のミナトが現れた。…はぁ。


―――


「どうだ吽形? 病院、今日はこの辺でいいと思うんだけど?」


〈結。とても良い頃合いだと思います。正直に言って、私では真似できません。素晴らしい〉


 そう言って近寄ってきた吽形がアタシに流してくれる気に懐かしさを感じる。

 やっぱり巡ってる気は土地によって全然違うな…


(先程の湊くん。彼なりに思うことがあっての行動のようですが、真意はわかりません)


 アタシを試したのか?

 いや、アイツはそんなことしないな…まぁいいか。


 ずっとアタシを撫でていたケイも、買っていた飲み物に初めて手をつけた。

 飲めなくて羨ましそうにするミナトに、どこかアタシを感じた。ふふ。


〈大仕事を終えた後ですが…さぁ、もう一ヶ所見ていきましょう〉


 …よーし。任せとけ。


―――


 ケイの家から病院とは反対側、線路を超えた先にある五差路ごさろのあたり。


〈なるほど…閉めてしばらく放置された店や、人が住まなくなって時間が経った部屋。数は少ないですが、それらは人にも分かるほどに澱んでいますね〉


 ケイが小学校へ向かう道の側。

 こういった場所から少しずつ改善していきたい。


〈お店も家も多くてごちゃごちゃしてて…なんか楽しい〉

「だろ? 俺もこの辺好きなんだけどさぁ…車が多くて」

〈景くん、事故には気をつけてくださいね〉

「わかってるよ! …おかーさんみたい」


 他人事みたいに話し始めやがって…


 この前アタシを引っ張ったのは、その辺か?


〈周囲には撒き散らされたように邪気が残っていますので、その部屋だったのでしょうね〉


 …なんだ、ちゃんとこっちも見てたんだ。


―――


 見つけた部屋にはもう渦巻くような邪気も穢れもなかった。

 後片付けをするように残りを流して薄めた。


 同じような部屋を見つけて慎重に気を流し込むと、同じ現象が起きて焦った。


〈換気口が1ヶ所だけで、窓も開かない密閉された空間。あちらで私たちが巻き込まれた濁流よのうな規模ではありませんが、気をつけなければなりませんよ、結〉


 あっちでは必死にあらがったけど、今思えばケイがいたから諦めなかった気がする。

 ミナトに対する阿吽みたいに、アタシもケイの保護者っぽくなってたのか? どうかな?


〈今のように少しだけ気の流れを作ってあげれば、狭い換気口から清い気が多い方へと引っ張られるように吹き出し始めるようです。これからは呼び水のようにきっかけを与えてあげてください〉


 これで中にまで突っ込んで行ってたから、そこに向けて乱流が起きたのか…怖っ

 …なるほどなぁ…ふーん…


―――


 次に見つけた建物では、吽形のフォロー無しで試してみた。

 それは吽形の想定通りの結果となって、アタシの持つ不安が消え去った。


 病院と違ってこっち側ではそこまで力を使ってないけど、心が疲れた…

 “頃合いにしましょう”と吽形の言葉を聞けてホッとした。


 今は狛犬網が伸びる地元の社。

 主祭神へ状況を報告し、気を賜った。


〈ありがとうございます、結、景くん、湊くん。あなたたちのお力と賜った気に感謝いたします〉


 よかった。

 色々と教わった上で礼までもらえるなら、これ以上はないな。

 …ただ、ケイが居ないと移動ができないけど、ミナトは何かしたっけ?


〈…僕は何かしたっけ?〉

 だよね?


〈あなたがいなければ、狛犬網の通過ができないでしょう!〉


 あっ、そうなの?

 ケイに会いたいから阿吽に着いて来ているだけかと思ってた…なんかごめん。

 いや、ミナトの顔見ろよ、絶対忘れてたって表情だろあれ!


〈それでは、そちらの私。景くんと結をしっかりとお願いしますね?〉


『えぇ。こちらはお任せください。あなたも、あちらでの失態などないように』


〈ふふふふ…〉

『ふふふふ…』


 もう、どっちなんだよ…紛らわしい…


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