分け身
「吽形、吽形」
今日も家には誰もいない時間になった。
ケイのお守りには結構な量の気が溜まっているように見える。
そろそろ話くらいはできるんじゃないか?
ミナトを通じて聞いた阿吽の話の中に、あっちの吽形もしばらく不完全な状態だったとあった。
こっちの吽形も不完全な状態で立ち回ってくれてたと思うと感謝しかないけど、あのときに引っ張られた感覚が怖くて、狭い範囲でしか気を流すことができなかった。
なんかごめん。
『…はぁ。こんにちは、結』
溜息から始めるのかよ、おい。
いつも見ていた柔和なあっちの吽形とは雰囲気が少し違う。
それでも伝えておかないと締まりが悪い。
「ありがとう。…最初にこれが言いたかった」
ちゃんと言ったからな。
ほんとにありがとう。
…少し優しく笑ってくれたように見える。
『あちらの私たちと違って、あなたは独りで頑張ると決めた。ならば、自信と実力をつけるまでは隠れて手助けしようと思っていたのですが…予定が狂いました』
なんかこっちの吽形、やっぱりちょっと厳しくない?
「そう、そうだ。あっちの阿吽…の話をミナトから聞いたけど、分け身、って何?」
ミナトもケイも判ってる感じだったから、話の流れから踏み込んで聞けなかったんだよな…
ただ、こっちの吽形は怒られそうでちょっと聞きにくい。
『分け身。おそらく私にそんなつもりは無かったのですが…自分の一部を文字通り“分けた”のです』
そんなのアリなの?
アタシもできるの?
アタシも増えるの?
いや、それどうなの? ケイを独り占めできないなら無しだな。
『…結、変な顔になってますよ。あと、まだ会話を長時間できるほどこなれてません。いつものように部屋の換気をしてもらえていれば吸収しますので、よろしくお願いしますね』
お守りを見れば、確かに気が大きく減ってる。
こなれてない、か。
でも、換気って…そりゃあケイとアタシの部屋だから、いつも念入りに気を入れ替えてたけど、換気…
「あっ、ちょっ、ちょっと待って、今あんたどんな状態なの?」
『状態…あちらの私からすれば、1割ほど“分け身”としてこのお守りへ移しています。簡単に言えば、気の扱いをはじめとした何もかもが、あちらの私の1割に満たないのです』
1割でアタシを二度も助けたのか…
半端ないな、阿吽って。
『あちらのように動くため、私も暫く精進いたします。あなたは、せめてお守りに気が溜まっていない時には無茶をしないようにしてください――』
心なしか辛そうな話し方だった吽形がスッと姿を消した。
あー、お守りの気がかなり減ってる。
気の扱いより、会話のために姿を見せてる方が大変なのかもしれない。
本当にありがとう。
―――
この地の氏神は夫婦で祀られている。
すぐ側には公園や公民館、公開されている遺跡なんかがあって参拝する人も多いみたい。
阿吽の言葉を借りて言うなら、神と社、土地との繋がりが強い。
だから気は途絶えることなく満ち続けている。
そんな気をお守りへと運び続けた。
こっちの吽形が精進のために、せっせとそれを吸収していると思うと、ちょっと面白いかも。
…言ったら怒りそうで嫌だな。
アタシが伸ばした気の流れが吸い込まれた話をケイからミナトに伝えてもらったら、“閉じて滞り濁った空間に気の流れを発生させたから、以前のように急な流れが発生して巻き込まれたんではないか”と、たどたどしくミナトが話してくれた。
というか阿形の言葉だな、絶対。
もう少し噛み砕いてミナトに伝えろよ…ねぇ、これ直接話できないのがすごく不便なんだけど?
阿吽が優しい顔で叱ってくれたり、心配してくれたのを思い出すと、その姿が見えないのも寂しい。
阿形が通信網を伝ってこれるようになるのを待つか。
アタシが引っ張られた原因がわかれば怖くない。怖いけど。
お守りにも、こっちの吽形が動ける程度の気が溜まっているように見える。
「よーし。じゃあ、始めようかな」




