梅雨
ここは主様の祀られる社の境内。
湊くんも学校に行き、お守りも携帯も留守番中です。
参拝客が増えてきたと言っても、こんな雨の日に傘を差してまで来られる方は少ないです。
私も阿形も雨音に耳を澄ませながら、ゆっくりと境内へ意識を広げています。
傘が雨を弾く音が近づき、そこでようやく宮司さんに気付きました。
「雨も、良いものですね」
そうですね。
思わず答えそうになりますが、これまでの状況から、やはり聞こえておられないご様子。
この方はここからの景色を見ては、どこか寂しげな表情で言葉を零されます。
(吽形…おぬし、調子が戻ったのではないのか?)
なんですか阿形…自らの首を絞めるように仕掛けてきて。
(阿形はどうでしたか? 分け身として半身を失ったばかりとはいえ、気で繋がっているのでしょう?)
お互い黙り込むまでが一連の流れになりつつあります。
…虚しいですね。
「ふぅ…」
茅の輪から覗く海を見た後、呼吸を整えるように息を吐いた宮司さんは、寂しげに微笑み、ゆっくりと境内を見回りながら裏へと姿を消しました。
「何度目でしょうかね…」
「…あやつは“観測しにくい独り言の多い宮司”じゃ。」
深追いはしないと遠巻きに言ってましたからね。
正直、声が届いていたとして、あの方も神職なのですから…
―――
夕方は数日ぶりに太陽が覗き、ここぞとばかりに湊くんがやってきました。
『湊くん、足場が悪いので気をつけてください』
『湊、石段に転がっておる小石を退けてはくれぬか? そう、それじゃ』
「はいはい。よいしょっ…オッケー!」
石段を登る湊くんの胸元に下げられているのは、お守りと携帯。
今の私の意識はそちら側が強く、湊くんと共に見上げる先にある狛犬像が近づいてきます。
「ついた〜」
その笑顔は雲間から覗く夕陽のようです。
やはりここで会えると、数段と有り難みが増す気がします。
「いらっしゃい、湊くん」
「よくきたな、湊」
今度は狛犬像側から湊くんへ話しかけましたが、よくよく考えれば不思議なものです。
「久しぶり〜…なのかな? 変な感じ」
ですよね、私もです――あっ?
「おや? 貴方とお会いしたことがありましたか?」
―――
「そうですか、貴方が宇美さんの。確かに面影を感じます」
「んふふ。おばあちゃんがお世話になってます!」
傍から見れば、にこやかに場が流れているように見えますが、湊くんの心臓の音がお守りに伝わってます。
(咄嗟に「あれ? 初めてでしたっけ?」なんて出てきませんよ?)
(いや、念のために前もって考えてあったと思うぞ)
なるほど、やりますね。
確かに、阿形からしつこく注意されてましたし。
「ぐうじさんは、社家に住んでるの?」
「おや? さすが詳しいですね。ですが別の所に住んでいますよ。慣れない畑作業や祭具の手入れで社家で過ごす時間は長いですが」
「さいぐの手入れ?」
「えぇ。 立て続けに地鎮祭で必要になったのですよ。私も来て間もないですが…素晴らしい町だと感じています。ここはこれからも人が増えていくかもしれませんね」
(そうか、そうか! そうか…)
阿形と湊くんの顔から笑みが溢れています。
「ははは…これからも一緒に頑張っていきましょうね」
「うん!」
宮司さんは会話の終わりを告げるように湊くんへ微笑むと、ゆっくりと去ってゆきました。
これからも、“一緒”に?




