留守番
「まったく…」
結から直接言葉を聞くため、阿形と湊くんは狛犬網を通り鳥居を抜けてゆきました。
“霊体では電子機器を利用できず、結の言葉を間接的に聞いても、込められた想いが計れない”
“ケイと結の安全にも影響する“仕事”の件でもあるため、直接あちらの社へと伺った方が良い”
…この辺は阿形から言われた言葉で、反論は浮かびませんでした。
狛犬網を利用した移動については、数をこなすことで今ほどの不安は無くなるのかもしれません。
ですが、できるだけ“もしも“を想定して、対策を積んでおきましょう。
先ほど思わず口からこぼれた言葉は、今になってこのあたりを考え出した自分に向けてこぼすべきでしたね…
―――
本殿の裏も含めた境内は、今日も寂しく平和です。
私は湊くんの体から、いつもとは違う視点で境内を見回しています。
違和感なく腰掛けたり、歩けたりする自分の才能に気をよくしながら、言葉選びを失敗したことを思い出し、おそらく眉間に皺を寄せてます。
何かあれば、この体を守るために走ることも、這うこともあるかもしれません。
祖父母や友人との対話で、違和感なくやり過ごす舌技も必要になるかもしれません。
そんなことを考える中、お守りに込められた阿形の力が強まるのを感じました。
『“ふるさと恩返し“はどうじゃろう?』
…なんですか突然。
そして、まだやってたんですかあなた…
「よい言葉ですが…“恩返し“は、していただく側の口からは出しにくいですよ?」
『…確かに』
お守りに感じた阿形の力は弱まり、また静かな境内に戻りました。
…やっぱりズルくないですか?
私は少し不機嫌な自分に気づかないふりをして、湊くんの体で体操を始めました。
―――
…あれだけ言ったのに、まだ帰って来ません。
湊くんの体には元気が有り余っていそうなのですが、私の心が疲れている気がします。
境内の椅子に腰掛けて、そばにある阿形の狛犬像…その台座へと視線を移しました。
各地での仕事で賜った気は、主様の気とは性質が異なるため、境内に無秩序には保管できません。
狛犬網を通じて気を賜っているため、そのまま狛犬像の台座へと貯めさせていただいています。
台座であるのは、私たちまで主様に無関係の気を纏うわけにもいかないからです。
周囲への影響も少ないため都合も良く、この一箇所だけが異様に、その気の密度を高めています。
「…ケイくんが帰る日に、ほとんど土地へと流したんですけどね」
私は何に疲れているのでしょうか、独り言をこぼしている自分に気づきました。
ずっと不安に襲われているのかもしれません。
そうですよ、また湊くんのご家族が来られたら、どうするつもりですか…
あっ、ほら人影が鳥居を潜って…あれは…ハムカツくん?
いや、ケイくんはそう呼んでいましたが、湊くんは?
湊くんはあだ名で呼ばない気がしますね…あれ?なんて名前でしたっけ?
会話には不安を残していましたし、ここは隠れた方が良さそうです。
えっ?本殿の裏側に人の気配?誰です?何故、今なのです?
「あっ、阿形! 聞こえますか阿形! まだ戻れないのですか?」
すぐに返事が来ることは期待していません。
今は保険をかけるように気を送っておきました。
早めに気づいてください。
本殿の横あたりに身を潜め――ぶはぁー
あっ、足が絡まります、ごめんなさい湊くん…
「何やってんだミナト?」
うはぁー
「はっ…ハムくん…?」
「はははっ、誰だよ! …大丈夫か?」
「ダイジョウブダヨ」
駄目です、大丈夫じゃないです!
一の鳥居から気配が…狛犬網を通じて気が大量に流れてきてます…
何で今ですか?何をやってるんですか!
このままでは境内に溢れてしまいます!!
「うわっ? どうしたミナト?」
「少々お待ちくださいっ」
もう、ハムくんの対応は諦めます。
阿形の狛犬像へと急ぎ走り、手を添えて賜ったであろう気を台座へと流し込みます。
「…何やってんの?」
そうですよねハムくん。
本当に私、何やってるんでしょうね?
「…こうやれば狛犬のご利益があるとか…」
「えぇー? いまぁ? はははははっ」
ハムくんも真似するように狛犬像に触れています。
…無言で目を見開いていますが、もしや、彼にまで気が流れている可能性が…?
「うおぉーー!!!」
うわぁー!?
急になんですか?本当になんなんですかー!?
「…はははっ、こんな感じ?」
何がですか、知りません…すごく面倒くさいです…
あれ?私、湊くんの体を見下ろしてますね…
「うわっ!? キミマサくん?」
「えぇっ? 俺、なんか変わった!?」
「え?」
「え?」
―――
そうでしたね…あのご友人は公勝くんでしたね…
やはり湊くんはあだ名では呼んでませんでした。
湊くんやケイくんとはまた違った、子供らしい子供でした、えぇ。
気がつくと本殿の裏にあった気配も消えていて、何が何やらでした…
「阿形…」
「なっ、なんじゃ…」
「早く戻るようにと、私、言いましたよね?」
「…す、すまん…」
「何かするにしても、前もって連絡するように言いましたよね?」
「申し訳ない…本当に、すまんかった…」
「まったく…」
この世界の狛犬
・依代には気と力を込めている。この力の一部に”見る”、”聞く”、”話す”、”気を扱う”がある。
・狛犬像の台座に貯められた気は、量が増えれば密度が増す。
・狛犬像の台座に貯められた気は阿形が徹底管理しており、滞ったり濁ることなくゆっくりと巡っている。




