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―― 少し前 ――


 ケイくんは湊くんと阿形に手を振ると、振り返ることなく自転車を漕いでゆきます。


 結の言葉で幾分か余裕は戻ったようですが、不安はまだ私と結に伝わってきます。


「吽形…ミナトも、最初は…怖がってた?」


 そういえば、一番最初に湊くんと行動したのは、私でしたね。

 湊くんは…怖がるというより、好奇心が優っていた気がします。

 ですが、どうでしょうね。


『それはゴールについてから、湊くんに直接聞いてみてください。彼なら快く教えてくれますよ』


「えー? だってなんか…かっこ悪いじゃん…」


 結がケイくんの顔を覗き込むように乗り出しています。

 ケイくん、言葉と表情が若干噛み合っていませんよ?


『ケイくん。私と湊くんが初めて浄化に向かった時も、今のあなたのような顔をしていましたよ』


「…それ、どんな顔?」


「今のケイの顔を鏡で見たらいいよ」


 そうですね。上手く説明はできません。

 ですが、いい笑顔が見えてきました。


「よし! ミナトより先にゴールしよう! …そしたら、そのこと少し聞きやすいし」


『いいですね。私、張り切りますよ!』

「アタシも力になれるからね!」


 ケイくんが自転車を漕ぐ力を強めました。


 自転車に合わせて上下に揺れながら、近づく邪気を感じ始めます…


『結…感じますか?』


「うん、私でもわかる。ちょっと、よくないかも…」


―――


 私たちが到着したのは、山沿いに立つ古い家屋。


 手入れされていない木々が、家に覆い被さるように伸びています。


「ケイ、ここはやめとこう?きっとミナトと阿形でも無理だよ」


『ケイくん、湊くんでもこんな気の荒れた場所に来たことはありません。ですから、ここは諦めて帰りましょう…』


「じゃあ、オレたちで浄化できたら…ミナトと阿形も一緒になれば、もっとすごいところに行けるじゃん!」


 …後半は取ってつけたような感じがします。

 私たちの言葉は、ケイくんに火をつけてしまったようです。

 ミナトくんもそんなところありますよね…学んでおくべきでした…


 私たちでは、物理的にケイくんを止めることはできず、せめてもの抵抗として気をケイくんへと流しました。


『ケイくん、気の流れるきっかけを作るために、先ずはこの家の門を開きましょう』


「オッケー!」


 四方を壁で囲まれているため、通り抜けるような風もなかったのでしょう。

 門を開けた途端、濁った気が漏れ出し、ケイくんが顔を歪めています。


「うっわー…なんか、気持ち悪い…」

「じゃあもう帰ろうよ、ケイ…」


 火のついたケイくんは、ズンズンと中に入っていきます。


 止めることのできない彼の胸元から周囲を伺うと、水捌けが悪く、かつては池だったであろう沼、木製の雨戸が外れ、割れた窓から覗く荒れた室内が見えました。


『ケイくん、外に出ましょう。門の開放だけでも効果がありそうです。これ以上ここにいては、体に負担がかかります』


「…うん…うわっ!!?」

 誰かに突き飛ばされるような衝撃が、何度も襲ってきます。

「何? なんなの???」

『んっ、いけない! 急に気が巡り始めましたっ、ケイくん、早く外に…』


――


 お守り越しに見えていた恐ろしい景色が、突然途切れました。

 今、目に映っているのは、いつもの穏やかな境内です。


 状況を理解し切る前に、声が出ました。


「ケイくん! 結っ!!」


「なんじゃ!? 何があった吽形!」


「阿形、お守りとの繋がりが切れました、すぐに湊くんと来てくださいっ!」


「何をやっとるんじゃおぬしは! 湊には今伝えたが、どんな状況じゃった? 同じ危険に合わせぬよう、準備をしながら向かう!」


「四方が塞がれた朽ちた屋敷、その敷地内で濁流のような気に襲われています」


「何故そんな…いや、湊が近くまで行ったら、できるだけ気を纏わせてケイたちを探そう」


「申し訳ありません…阿…」


「なんじゃ? 吽形? 吽形!?」


――


「何してるんだバカっ! お前らがそんなんでどうすんだよっ!」


 私の視界が、先ほどの荒れた敷地内へと戻ってきました。

 手を繋がれ、引っ張られた感覚があります。


『…結、あなたが繋いでくれたのですか?』


「バカ! 早くケイと外に出るんだよ! これ、長くは持たない」


 乱れていた気の流れが、別の力とぶつかり合い、わずかに力を失っています。


「大丈夫だよ、結。吽形が戻って来てすぐに、守ってもらえてる」


『申し訳ありませんでした。さぁこのまま外に出ましょう!』


―――


 敷地からでた私たちは、ケイくんの体に穢れがついていないかと、慎重に確認していました。


「ケイくーん!!!」

『ケイ!』


 湊くんはケイくんの無事を確かめると、言葉数少なく、問題となった建物を眺めています。


「…ミナトだったら、この家の中も大丈夫だった?」


「え〜、僕はそもそも近寄らないかなぁ。いないはずの人の顔が、こっち見てたりしたら嫌だし…」


「…ミナト…そういうのやめろよ…」


 湊くんがそばにいれば、ケイくんは止められたんでしょうね…


この世界の狛犬

・込めた気の残る依代へ、もう一度繋ぎ直してもらうことは可能

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