ちょっと遠くへ(前編)
ケイくんの手のひらで転がされる結を眺めていると、お社の入り口にある一の鳥居を潜って、こちらへと手を振る男性が目に映りました。
このお社には、一の鳥居と二の鳥居があります。
入り口にある一の鳥居が結界としての役割、狛犬網の接続を担います。
私たちの目の前、石段を登り切った所にあるのが二の鳥居です。
先日の団欒で見かけた、ケイくんのお父さんですね。
その中で呼ばれていた名前は、直樹だったと記憶しています。
残念ながら、石段を登ってくる気配はありません。
「さぁ、せっかく考えた”参る石”もありますし、気を賜って参りましょう!」
―――
私たちは直樹さんの車の中から、流れる景色を眺めています。
「おじさん、ありがとうございます」
「おとーさん、オレたちが行きたいとこって、周りには何もないみたいだけど、いいの?」
後部座席から助手席を抱くように身を乗り出し、礼を伝える湊くんと、その助手席でタブレットを操作しながら、直樹さんへの確認をするケイくん。
「いや、俺もねー、景が湊くんと遊びにいっちゃうから、彩の実家でずっとスマホ触り続けてるんだけど…視線を感じるたびに気まずいのよね…むしろ助かる」
人目を気にせずスマホを触っていたい、と気遣って言ってくださっているのでしょう、きっと。
団欒の場では無言だった直樹さんは、運転しながら子供たちと楽しげに話しています。
こうも変わりますか。
―――
今朝、ケイくんが直樹さんに遠出をお願いしてくれていました。
彩さんは祖母の和子さんと買い物に行くようで、それを快諾されております。
湊くんは、真面目に勉強することは大事と説明した際に、そこへ含めていた”地理”の件を覚えていたのでしょう。
阿形からお守り越しに、ケイくんのお父さんと車で遠出することを伝えてもらっていたことから、境内に集まるや否や、宇美さんに買ってもらっていた紙の地図を広げました。
車の速度を聞くと、60kmくらいとケイくんが回答をくれましたので、地図と狛犬網で得た情報とを照合し、皆でおおよその目安を立てました。
湊くんにお願いしてきた場所を地図上で確認すると、いずれもここから10km程度。
このあたりの計算はまだ習っていないとのことで、子供たちは距離と時間の結びつきに興味を持ったようでした。
仕事をこなした後にお社へ向かえば、狛犬網は繋がり、気を賜ることができます。
ただし、私たちのいるお社と遠くなるほど、気を扱う行動は消費が大きくなります。
私たちの場所から、お守りまでの距離に比例して気を流す距離も伸びますので。
お守りの気が完全に途絶えると、もう辿ることもできません。
阿形と私、1ヶ所を逓る度に、浄化作業は交互に担当することとなりました。
―――
車は今、海沿いの道を走っております。
このような形で土地を巡ったり、車に乗ったり、新たな経験に胸が躍ります。
「おとーさん、じーちゃんとこの海を見て、何か思った?」
あっ、私それ気になります。
阿形も過剰に反応しています。
「あーうん、それそれ。湊君、町で砂浜の掃除とか、なんか始めた? 景といた頃からそんなに時間は経ってないのに、なんか綺麗になってない?」
お気づきになられましたか。
「んー、掃除とかは、もともと町の人たちでしてたよ。これまでよりも、気持ちがこもったのかな?」
湊くんが笑顔です。
じんわりと、私も実感を得ました。
「おとーさん、戻ってきたくなった?」
矢継ぎ早ですね。
直樹さんが苦笑いしています。
「んー…すぐに戻るのは難しいかなぁ…仕事の都合で、ごめんな。リモート作業ってサボる人間が増えて、会社からは敬遠されがちになってね…でも、暦通りの休みは取りやすいから、ちょくちょく戻れるよ」
ケイくんにも、湊くんにも伝えるように回答なされているようです。
ケイくんに前もって聞いた情報も、父親から聞けると確実性が増しますね。
すぐには戻れないけど、戻ることも視野もあるとも取れましたし。
笑顔ではない、けれど寂しげではない湊くんが、何かを考えるように車の窓の先を見つめていました。
―――
本日の目的地周辺。
停められた車から、直樹さんの手で子供達の自転車が下ろされました。
「いや、本当にこんな所に降ろして良いの…?」
「うん!」
「大丈夫!」
まだお昼前。
程よく涼しく、子供達も元気いっぱいです。
「このままオレは神社まで行って、待ってれば良いんだね。ケイはそのタブレット、バッテリーの減りに気をつけてね。お互いに場所がわかるようにしてあるから、迷ったらこのアプリ起動して。またはこのアプリで通話ね」
「うん! ありがとう!」
「おとーさん、神社に着いたら鳥居とかの写真を送っておいて!」
「はいはい。なんか目的地まで旅するゲームみたいで楽しいな」
「まだ、後でもう一回あるからね!」
「はっはは。了解、了解。お昼休憩取る時は、タブレットから連絡入れてね。おれも合わせてお昼ご飯食べちゃうから」
「「はーい!!」」
さぁ、行きましょう!
この世界の狛犬
・阿吽と依代の距離が離れると、気を流す距離も伸びて気の消費が増す。
・阿形の込めた気が依代やお守りから完全に失われると、場所も特定できなくなる。




