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ちょっと遠くへ(中編)


 湊と我らの働きが、この町に住んでおった者にも伝わっておった。


 ケイが父親に聞いた言葉は、あまりにも突拍子なかった。

 心の準備もなかったワシは、よくわからない緊張に襲われた。


 まだ始めたばかりなんじゃ、もう少し待ってくれれば…

 そんな言い訳が何故か浮かんでしもうた…誰に対しての言い訳なのじゃろうか。


 ケイの父、直樹の言葉を聞き、湊と浜辺へ気を流したあの時を思い浮かべておった。


―――


 離れ行く直樹の車を見送り、我らは仕事へと向かうことにした。


 先ずは、一箇所目の社より受けた、二か所の気を巡らせる活動じゃ。


 どの仕事も安全を確認した上で行動し、達成の是非に関わらず社へ赴き、主祭神を参拝する。


「来たことない場所だけど、これって便利だね」


 湊は片足で自転車を支えたまま地図を開いた。

 我らも目標を再確認する。


 我らの知る土地でもなく、この状態では周囲を探知するような気の使用も頻繁には行えぬ。

 じゃが、狛犬網により社を中心にした方位、およその距離は聞いておる。

 これまで通り、現在地さえ間違わなければ、迷うこともあるまい。


「今いる場所がここなら、あっち…ちょっと嫌な感じする」


 ケイが地図を覗き込む。

 この距離で、結と出会った場所よりも不安を感じるようじゃ。

 見知らぬ土地であり、分かりやすく邪気を帯び始めた場所へ向かうのじゃ、当然かもしれぬ。


『安心せよ。ここから感じる分には、人に害を与えるほどには悪化しておらぬ。もし害を与えるような規模や濃度であれば、即座に戻るよう伝えることを約束する。おぬしらが不安なら、このままケイの父の待つ社へ向かうのも全く問題ないぞ』


「そういう嫌じゃないよ」

「んふふ。ないよっ」


 笑顔を見せながら、子供たちは自転車を漕ぎ出した。

 これだけで、ワシの中の不安は無くなった。


―――


 地図に記したあたりに近づくと、子供たちも肌で何かを感じ始めた。

 水の流れが弱く、山からの水や雨が溜まる沼のような場所じゃった。


 ここは人の手が入らねば、また気が滞り始めるじゃろう。

 この土地を見ておられる御祭神も、手を焼かれていることじゃろう…


 お守り越しに緊張が伝わってきたので、吽形へ伝えて湊とケイの体を守るように気を巡らせた。


「あ、ありがとう」

「ありがとう〜」


 ケイから緊張気味に礼が返された。


『いえいえ。さぁ、この一帯からお二人の感じる不安を取り除きましょう』


 吽形を中心に気が流れ始めた。

 より巡りやすくなるように、ワシは気を抑えて流れを整える。


『あぁ、さすがですね阿形。とても巡りが良いです』


 あっ馬鹿者、拗ねる者が出るじゃろうが!

 咄嗟に心配して結を見やると、ケイが鞄から結を出し、優しい顔をしてこねくり回し始めた。


「あっ、ちょっ、もう! …阿形、アタシも気を…お前らと何か成し遂げたい!」


 同じ立場で見るだけじゃったら、ワシもそう思うじゃろうなぁ。


『おぬしも気が見えておるのじゃ。邪気が染みていた頃は気の流れを乱すこともできておった。ならば感覚はあるのではないか? あとは精進あるのみじゃ。今日は本当に良い機会じゃ。我らが気を流す度に、干渉を試みてゆくと良い。…ただし、できるかどうかは知らぬ』


「…そうだよ。見えるし、できてたんだ。…あ、ありがとう阿形…」


 なんじゃむず痒い…


『何をにやけているのですか、阿形? 真面目に手伝ってください』

 うぬぅ…


―――


 二箇所目も順調に終えた頃には昼になっておった。


 開けた安全な場所へと自転車を停め、子供たちは手頃な石へと腰掛けた。

 ケイがタブレットを確認すると、直樹からの連絡が届いておったようだ。


「おとーさんからメール来てた。鳥居の写真と、いただきます、っておにぎりの写真」


 便利なもんじゃ。

 社は気配でわかるが、そうでないものの確認は楽じゃな。


「オレたちも食べてから、おとーさんとこ行こう」

「んふー! そうしよう!!」


 湊が変に元気じゃが、どうしたのじゃ?


 子供たちは、それぞれが鞄から弁当を出した。

 湊はそれと別に、小さな袋で包んだおにぎりを3つ出す。


 ワシは嬉しさを言葉に出しかけたが…

「昨日さ、お酒が減ってたんだ。阿吽と結の。おにぎりも食べれるかな?」


 あぁ…いつか見た、怖い時の湊の顔じゃ…

 あのケイも心なしか遠くから見ておる。


―――


 ワシ、吽形、結は並べられるように置かれ、それぞれの前には、湊が作ったというおにぎりが供えられておる。


「阿吽、結。いつも見守ってくれてありがとう」


 湊の感謝の言葉に合わせて、ケイも隣で手を合わせておる。

 今はいつもの湊じゃ。


「アタシはまだ、見守ったのは今日が初めてだけどさ。いただきます」


 遠慮なく結の霊体が現れて、供えられたおにぎりへと手を伸ばす。

 子供たちが無反応なのは、お守りをつけておらず、結の姿が見えていないから、じゃろうか?


 結がおにぎりを持ち上げると、同じ形をした気が浮かび上がった。

 まぁ、まだわかる。

 狛犬像から吽形の霊体だけ抜けた感じじゃろう?


 結がその気を頬張った時、子供たちからも見えるおにぎりから、同じ部分が欠けた。

 …減るんじゃのう…


 いや、吽形が宇美の前で酒を減らしたのは見たが、どうなっとるんじゃ…


 吽形、説明できるか?

 吽形を見ると、あやつも結と同じように食べておった。


「阿形は食べないの?おじいちゃんの作ったお米だよ」


 主様の気で加護された土地で育てられた米…


 既におにぎりを頬張った湊とケイが目に入った。

 食べるに決まっておろう。


 頬張った米には偏った塩の粒がわかった。

 そしてワシは、心と共に気が満たされるのを感じておった。


 …は?


この世界の狛犬

・本来は気を受け取るが、繋がりを得たものから供えられたものは摂取でき、その際に気を満たす。

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