晩御飯
今日は、一つの付喪神が結という名を持った日。
その名前は、結が祀られていた宿の名前でもありました。
娘さんの名前を宿の名前とされたのでしょうか。
おっと。
それでは、私も結と呼ばせていただきますね。
―――
夕方。
”彩”と書かれた看板が掛かる食堂の前で椅子に座り、
夕陽を楽しむように一服する老人が目に入りました。
「じいちゃーん!」
「ケイくんのおじいちゃん、こんにちは!」
なるほど。ケイくんの祖父のようです。
「おー。こんにちは。ばあちゃんたちは家で準備しよる。」
椅子の隣に備えられた箱へとタバコを押し付けて火を消し、
子供たちの到着が合図とばかりに立ち上がりました。
「いい魚もらったから、今日は豪華ぞー。」
にっこり微笑むケイくんの祖父に続き、子供たちも玄関へ向かいました。
「そのお守り、お揃いか?」
「ミナトからもらった!」
「魚はケイくんのおじいちゃんが料理したの?」
「そうぞー。さっき捌き終えて休憩しとった。」
わいわいとした会話に、別の声が差し込まれました。
「おう。」
湊くんの祖父、英彦さんが立派な日本酒を手に持ち、玄関へと向かってきていました。
「お?ちょうどやな。」
「おじいちゃん!」
「おう。」
湊くんと二人の時は、もう少しおしゃべりな気がしますが、
そうでない時は言葉数が少ない方ですね。
湊くんに向ける優しい表情だけは、変わりありませんが。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす!」
子供たちの声が玄関から家へと響き、笑顔が返ってきました。
「おー、来たねー。いらっしゃい。」
こちらはケイくんの祖母でしょうかね。
「あら、英彦さんも一緒やったんやね。」
「そこで、ちょうどね。」
宇美さんも笑顔で皆を迎えています。
湊くんとケイくんが首から下げているお守り、そして子供達の表情を見て、安心の色を含みました。
宇美さんに会うたびに固まる阿形は、そろそろ慣れて欲しいものです。
「こっちは供えてくるから、こっちは呑んで。」
「うん、ありがとう」
英彦さんは持参したお酒の一本を、ケイくんの祖母へと渡し、
ケイくんの祖父と奥へ歩いてゆきました。
子供たちも当たり前のように、後を追いました。
―――
湊くんとケイくん。
湊くんの祖父母、ケイくんの両親と祖父母が揃い、
大きな机を二つ繋げ、その上に載せられた豪華な食事を囲んでいます。
今、私と阿形の力を込めたお守りと、結は子供たちの座る机の隅に並ぶように置かれています。
今日は皆で集まって食事をする予定だったのですね。
考えれば、阿形と私が揃って団欒を眺めるのは初めてですね。
「こん魚は立派やね」
「博明さんとこからもらったんよ」
「あん人も凄かね」
お酒も入り、地元の話や昔話に花が咲き、英彦さんも言葉数が増えてきたようです。
『今日はまた、いつも見る宇美さんの料理とは違った豪華さがありますね。』
「じいちゃんが料理の店してるからね。お母さんの料理よりも美味しい。」
豪快に頬張りながら、ケイくんが答えましたが、聞こえていないようで何よりです。
しかし、湊くんはともかく、お守りを身につけていないケイくんに声が届くのは何故でしょう?
「じいちゃん、お猪口に少しだけ、お酒ちょうだい。」
「あっ、僕も。お守りにお供えしたい!」
お守りに?私たちにお供えですか?
気持ちだけで十分ですよ?
ほとんど話さず飲んでいたケイくんのお父さんも、眉を顰めてケイくんを見ています。
「ケーイー?お父さんの顔見て〜。お守りにお供えって、聞いたことないよー?大体、何のお守りよ?」
子供がお酒を欲したのならば、大人として当然の反応と思います。
『ケイくん、湊くん、気持ちだけで十分ですよ。』
『あぁ。十分じゃ。』
「彩ちゃん。私が子供たちにあげたんよ。ウチのお社のお守り。」
その優しい声色と笑顔に、何故か場の空気が張り詰めました。
「宇美ちゃん、神前に上がったと?」
ケイくんの祖母が問いかけます。
「そうよー。ちゃんと浄衣を身につけて、お祈りしてきたよ。」
宇美さんの笑顔が、少し寂しげになりました。
「景、湊。ほれ、持っていって。」
ケイくんの祖父が向けた手のひらの先。
既にお酒で満たされたお猪口が2つありました。
「じいちゃん、もう一個欲しい。」
「もう一個!?あっはっはっは!」
宇美さんの感情を洗い流すように、祖父母たちは大笑いしています。
いえ、お酒のせいでしょうか?
―――
私たちの前に、それぞれお酒が備えられています。
何ともありがたいことです。
「ケイ。たまにでいいから…また両手で包んでほしい。」
どこか寂しげな結が、ケイくんへと話しかけています。
目の前の団欒を、宿で感じてきた団欒と重ね、ケイくんの温かさへと繋がったのでしょうか?
私も、湊くんに添えてもらった手の温かさに安らぎますからね。
…ケイくんが両手で揉むように、石を回しています。
ケイくん、そうじゃないと思います…
「ケィ、ちょっ、ああぁあぁ」
…私も湊くんと回ったあの時を思い出しました。
『雑じゃの…』
そうですね…
大人たちにもお酒が入ってしばらく経ち、料理も減ってきました。
そろそろお開きになるのではないかと感じ取った時、
阿形と結のお猪口からお酒が減っていることに気づきました。
湊くんとケイくんが間違えて飲んだ?
いえ、二人がお猪口に手をつけるところは見ていません。
阿形もいるのです。
そんな姿を見れば、喝を飛ばしたことでしょう。
結が…石と重なる小さな幽体が、少女の姿をかたどり、お猪口からお酒を呑みました。
…減りましたねぇ…
状況を把握したい。教えてください阿形。
『阿形、阿形?』
振り返ると、ちょうど阿形もお猪口を傾ける仕草で酒を呑んでいます。
…減ってます。
えっ、これは当たり前のことなのですか?
「湊、景、なに?お酒飲んじゃったん?」
「え?飲んでないよ?」
「んーん、飲んでない。」
「「え?」」
二人もお猪口を見て驚いています。
そうですよね、減っていますもの。私も驚いてます。
宇美さんは怒ることなく、お猪口に手を伸ばしてきました。
「じゃあこれ、そろそろ片付けるよ。」
えっ?そんな、あなた方だけずるいです!
「ん?ん?私も酔ってるんかね…?んっふふ…あはは!」
勢い余って、宇美さんの前で、お猪口からお酒が消える瞬間を見せてしまいました…
「宇美ちゃんが酔う?そんなことあるのかね?あっはっはっは」
宇美さんの笑い声に釣られてか、祖父母たちが笑いだしました。
阿形が微妙な顔をしてこちらを見ています。
あなたも今、減ることに気づきましたね?
結は我関せずに、ごろごろしています。
座布団を枕にして眠っているケイくんの父、眠そうにお酒の入ったコップを持ったケイくんの母。
こちらはお疲れの様子。
私も失敗してしまいましたが、得るものがありました。
二つの家族の繋がりを知れたこと、
そしてお酒を頂いた時、このお守りに気が満たされたこと。
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この世界の狛犬
・本来は気を呑むが、繋がりを得たものから供えられたものは摂取でき、その際に気を満たす。
・物理的に物は持てず、そこに宿る気を持つ。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




