一つの終わり
受付の後ろにある神棚に祀られた小さな石。
これが、私たちの感じていた燻りの原因のようです。
『不用意な行動は、するでないぞ。』
阿形が皆へと真っ先に釘を刺しました。
湊くんもケイくんも、途端に互いに距離を詰めています。
細かいことには鋭い阿形のことです。
主様の思い、そしてこの祀られた“邪気の染みた石”の意味を教えてくれるでしょう。
―――
(記憶にあるのは、この宿に祀られた頃からだ。
大切に扱われて悪い気はしなかったが、人の益になるようなことをできるわけではなかった。)
近くに寄らなければ邪気とは気付けないほど希薄な状態で、振り絞るように伝わってきました。
阿形は私の期待通りには説明できぬまま、何故か口を開けて固まっています。
(アタシの存在は気の流れを乱すと、この地を治める神、大国主神に伝えられた。
それは結果的に、この気が滞りやすい窪地から、周囲に流れる気へと繋いだ。)
(邪気という存在のままここに居れたのは、この辺りを踏まえてアタシを消さぬよう、気を調整していた大国主神の御業だろう。)
「最近はな…わずかに流れてきた気に影響を受けて、これまでのようにできなかったんだ。
お前らがこの窪地へと気の循環をもたらすために遣われたのなら、アタシももう必要ないと思われたのかな。」
気は流れる。
海に流され、人と流れる。
雨に溶け、風に乗る。
私たちの活動で、主様によりもたらされた邪気との均衡が崩れた。
阿形と私は、主様の思慮深さと自分たちの浅はかさに、このものへ伝えるべきことが浮かびませんでした。
「さぁ。この場所をその気で満たし、本流へと繋いでくれ。」
「悪いことをしていないのに、誰にも迷惑をかけていないのに…消えちゃうの?」
「お前も私の声が聞こえるのか?…消えるわけではない。元の状態に戻るんだ。…そのことに、お前は何を思うのだ?」
いつからか、この者の言葉が、湊くんやケイくんにも聞こえていたようです。
「人も歳を取ればいずれ死ぬだろう?
アタシはここで、大好きだった人を、関わった人達を見送った。そして忘れられた。
だけど、邪気だと知らされたアタシには、十分すぎるほど長く、良い時間だった。
せめて、アタシがここに居れた意味を、なくさないでくれ。」
「邪気は悪いものだと思ってミナトの話を聞いてたけど…違うの?」
『…今回は例外じゃろう。主様の御判断がなければ、この場所を乱し、害となるものが生じたかも知れぬ。いや、そもそも邪気が意思を持っておるのか?』ケイくんに話しながら、阿形が考え込みました。
私も違和感がありますが、すぐには答えに辿り着けそうもありません。
燻っていたものが、より薄れていきます。
この者が、邪気としての終わりを受け止めたのでしょう。
「あっ、ちょっと!?」
ケイくんも、お守りのおかげで気や邪気が見えているのでしょうね。
その石へと駆け寄り、両手で掬うように持ち上げました。
意図せず、ケイくんに流していた気が、その手に集まったのでしょう。
石に残った全ての邪気が、一言を残して、静かに失われました。
「あたたかいな…」
――――――――
この世界の狛犬
・悩み、考え、固まることもある
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




