参る石(マイルストーン)
「おばあちゃん、ただいまー!!」
雨の中を学校から帰宅した湊くんは、台所に立つ宇美さんの姿に気づいたようです。
そして、いつものようにランドセルを玄関に置きました。
「いってきまーす!」
「ちょっと、湊!またお社に行くとね?雨やけん、やめとかんね」
宇美さんは調理中なのか、その場から動かず振り返りました。
湊くんを止めようと声をぶつけていますが、きっと彼は止まりません。
流石に雨に濡れるのは…私も微力ながら、加勢する形になりました。
『湊くん。まだ肌寒い時期ですし、雨で足場も悪くなっているかもしれません。今日は家で過ごしましょう。』
「えぇー、大丈夫だよ。」
だめです、言葉では彼を止められない。
既に湊くんは、開ききらぬ傘をさしながら、この家の敷地を越えそうです。
「あっ、英彦さん!湊ば止めて!雨ん中、お社に行くって!」
台所の窓越しに、宇美さんの声が聞こえます。
ちょうど敷地へと祖父が入ってこられたのが見えたのでしょうね。
湊くんの祖父の名前は英彦さんですか。
あっ、英彦さんがすごい笑顔で腰を沈めて両手を広げましたよ?
「…」
湊くんが無言になり、傘をとじて…英彦さんへ向けて力を溜めるように膝を曲げました。
…
!!
特に合図もなく、突然湊くんが駆け出しました。
英彦さんの左手側、外へ続く道側を目指しているようです。
合わせて英彦さんも湊くんを捕まえようと、自らの左手側へと体を向けてきます。
あっ、湊くんが反対側へと舵を切り直しました!
しかし英彦さんは、そのまま左へ体を回転させ、湊くんに対して大きすぎる手で、
掬うように優しく抱き上げ――そのまま肩に担ぎました。
「もうー!!なんだよー!おじいちゃんズルいよー!!」
捕まった湊くんはバタバタと腕を振りながら、ちょっと涙を溜めてます。
勝負に負けてちょっと悔しいとか、そんな感じでしょうか。
「おじいちゃんのばか…」
「あっはっは」
ですが、終始笑顔だった英彦さんに引っ張られ、すぐに笑顔で笑い合っていました。
いいものですねぇ。
―――
英彦さんと湊くんがお風呂から上がる頃、宇美さんの夕食の支度も終わり、
三人は食卓を囲みました。
今、私は湊くんの首に下げられたお守りから、その風景を眺めております。
常備された漬物と調味料が中央に置かれ、
十字の切れ目が入った魚の煮物と添えられた茗荷。
筍などの山菜の炒め物、味噌汁、そして輝くお米。
以前、社家で振舞われていた昼食とは、また違う雰囲気の品揃えが卓上を賑やかしています。
「いただきます」
「いただきまーす!」
「はい、どうぞ。」
しばらく、食事の音だけが響きました。
時折、美味しそうに頬張る湊くんを見ては微笑む祖父母に、ただただ暖かさを感じていました。
「ねぇ。僕はあんまり覚えてないけど、昔みたいにお社でお祭りをしたかったら…何をすればいいの?」
不意に、湊くんが祖父母の顔を見遣って、質問を投げかけました。
英彦さんはうーんと唸りながら、首を傾げましたが、すぐに食事を再開しました。
宇美さんはその姿を確認して苦笑いし、箸を置きました。
「前も似たようなこと聞きよったね。以前は町の人たちとマイルストーンを設けて、色々と進めてたんだけどねぇ…難しいね。」
宇美さんは英彦さんの目とお茶碗とを見て、その視線に気づいた英彦さんが頷くと、
無言でお茶碗へとお米を注ぎ始めました。
「まいるすとーん?」
湊くんも英彦さんへと視線を送ります。
「…知らん。」
宇美さんから茶碗を受け取り、小さくありがとうと伝えて笑顔を向けた後、
眉を八の字にして顔を振り、食事を再開されました。
「湊が言うお祭りを目標にするなら、そこまでをいくつかの節目で区切って目印となる石を置くんよ。
海水浴客を増やす、商店街のお客を増やす。
そして最終的に町の人が増えて、お祭りができる。かね。」
卓上の調味料入れが、宇美さんの手により並べ替えられながら、湊くんへの説明に使われています。
参る…石?でしょうか?
なるほど、よくわかりません。
ですが、段階的な達成目標を持つのは、ただ活性化と謳っていた頃の私たちにとっては、良い指標となりましょう。
『湊くん、ありがとうございます。また一歩、先が見えた気がします。』
湊くんは私の声に反応して、一瞬、胸元のお守りを見た後、
温かい手を、そっと添えていてくれました。
――――――――
この世界の狛犬
・狛犬(阿吽)は、力を込めた物を通して、込められた気が続く限り、見る、聞く、話す、力を使うことができる。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




