主様の御加護
今、私は湊くんの体に収まっております。
湊くんの魂と、阿形の付喪神としての幽体は…この社にはありません。
私は、湊くんの首に下げられたお守りを両手で包むように抱きながら、ただぼんやりと、腰掛けていました…
阿形の狛犬像から出ている細い気。
その伸びた先にある一の鳥居を眺めながら。
あれから、どれほど時間が経ったでしょうか?
私は、沈みゆく日を見送りながら、湊くんと阿形を待ち続けています。
―――
“狛犬網を通る”
子供の突飛な発想に驚かされ、固まった私たち。
そんな中、阿形が不意に動き出したので、私も我に返りました。
阿形はこんな状況でも、開かれた狛犬網を感じ取ったようです。
阿形の狛犬像から細く無駄のない気が放たれ、本殿から伸びる石段に沿って真っ直ぐに走り…一の鳥居で切り取られた景色と結界へと触れ、小さく波打つ。
これが狛犬網と繋がった状態です。
いつもと違うのは、湊くんがここにいること。
…そしてその気の流れを目で追っていたことです。
「…すごい…阿形からビーッ、って! ビームが、ビーッって!」
「そうか? 凄いか? …凄かろう!」
いやいや、阿形、湊くんと笑い合っている場合ではありませんよ!
「湊くん、今、阿形から放たれた気が見えていましたね?」
「え? 阿形から出てたのが、気なの?」
見えていそうですね…いつから?
私と初めて社を出た時は、そんな感じではなかったと記憶していますが…人の、それも子供の目で気を明確に見ることができるのでしょうか?
そんな考え事をしている間も、時間は流れています。
私の目に映ったのは、狛犬網につながり続けるために気を帯びた阿形と、それに興味を持ち、触れようと手を伸ばした湊くん。
そして、湊くんの首に下げられた、まだ気を回収していない主様のお守り…
予期せぬことが起きる不安がよぎります。
湊くんが阿形の手を引くように触れた、その瞬間。
お守りから出た気が湊くんの魂を包み込み、付喪神である阿形の幽体を引っ張り出すようにして、そのまま社の鳥居を越えてゆく。
魂が抜けて崩れ落ちそうな湊くんを支えるように、私は咄嗟に狛犬の像から飛び出しました。
「湊くん!」
幽体で支えられるわけがない、そんなことを思う間もなく。
―――
付喪神としての私自身が、湊くんに収まってから、どれほど経ったでしょうか…
今も、抜け殻となった阿形の狛犬像から細い気が伸びて、鳥居と繋がっています。
この気の繋がりがある限り、あなたたちが戻ってくると信じております。
それと、湊くんに気が見えたのは、主様の御加護によるものでしょう。
先日のお守りに対する違和感は、この特別な力によるものと思えます。
きっと、幽体の阿形に触れたことも…
おや?
いけません、湊くんの祖父が石段を登ってきます!
どうしましょう?
「なんじゃい、ここにおったんか」
星空を見上げて足をぶらぶらさせている私に、違和感がないご様子。
どうですか? 湊くんぽいでしょう?
「星空を眺めていました」
「ほっ…はぁ? どうした、何かあったんか??」
台無しじゃぁ…何故か阿形の声が聞こえるようでした。
…私もこれは失敗したと思います。
「宇美ちゃんも心配しとる…ほぅ、暗くなる前に帰るぞ」
祖父殿が石段を下り始めました…追いかけないと怪しまれますね、仕方ない。
ゆっくりと石段を下っているのですが、あぁ…鳥居が近づいてきます…いけません、このままだと私が湊くんの体に収まったまま、鳥居を出てしまいます。
これ以上、想定外を重ねるのは好ましくありません。
!!
突然、一の鳥居の景色が歪みました、間に合いましたか!
鳥居から私たちの方へと阿形の幽体と、湊くんの魂が飛び出して来ました。
祖父殿には見えていないようですね。
それでは、湊くんを支えてください。お手を拝借致します。
「んっ? 何じゃ本当に…ふふっ」
湊くんの魂は、そのまま私のいる体へ引き寄せられるように飛び込んできました。
その勢いで弾き出された私の目に映ったのは、傾いた湊くんの体を、祖父が手を引き、支える姿でした。
「おおおぁ、あ、危ない、何や疲れとるんか?」
「おじいちゃん…あっ、ふふっ。そうかも」
仲良く手を繋いだまま、鳥居を潜り帰っていく姿を阿形と共に見守っていました。




