狛犬網の先
これは、社の境内から湊と阿形の霊体が狛犬網を通って姿を消し、
吽形が不安と留守番していた時のお話。
気がつくとワシは、湊と見慣れぬ社におった。
状況を飲み込めず思考を巡らすワシとは対照的に、
湊は取り乱すことなく周囲を見渡した後、本殿へ向けて礼をしておった。
いかんな、ワシが手本になるくらいでなくては。
それに、礼を失するわけにはいかぬ。
この社の主祭神へ一礼を終えたワシは、
狛犬たちと情報交換を済ませ、状況を把握するため足を止めた。
「湊、少しだけ時間をくれぬか。」
「うん。…なんか、すっごいね…」
目をくりくりさせて自分の体を確認している姿は、いつもの湊じゃ。
狛犬網を通るなどと言っておった時の…後先考えぬ者のもつ怖さがないのは安心できる。
あぁ、今のこやつは恐怖や不安よりも、好奇心が先行しておるのか。
…どうしたものかの。
そう、我らは狛犬網を通り、この社へと到達した。
縁が開かれたことを感じ、ワシは即座に狛犬網へと気を流して繋がった。
ここまではいつも通りじゃ。
しかし、突然手を引かれるように狛犬の像から引っ張り出されたんじゃ。
…原因であろう湊を、あえて気づかせるように物言いたげな目で見た。
…なぜ笑顔を返す?
つられて笑ってしまうわ、このぅ。
今のワシの体は霊体で、二本の気の縁が伸びておる。
一方は、この社の鳥居と繋がっておる。
その先は、ワシが宿った狛犬の像に繋がっておるのが感じられる…大丈夫、辿れば湊と共に戻れる。
そしてもう一方は…湊じゃ。
今、目の前にいる湊は、気で覆われた魂だけの状態じゃ。
なんともとんでもない…
湊の魂を覆っている気は、お守りへ込めたまま回収していなかったものであることがわかる。
…なるほど、お守り。
主様の加護が込められたお守りにより、湊の魂を肉体のように気で覆って守っておる。
しかし、その魂を覆う気も、少しずつ消費されているのが分かる。
過保護と思いながらも多めに込めておいて良かったわい。
魂が剥き出しの状態で邪気などがちょっかいを出して来ようものなら…かなり危険じゃろう。
まぁ、社の境内に潜む邪気なぞ、そうそうおらぬとは思うが…
後は、今の我らが何をできるかを知っておくかのう。
「湊、足元の小石を拾えるかの?」
「えっ?うーん…触れないね…あっ!?阿形!?僕浮いてない?」
浮いておるよ?
主様の御加護に対して、ワシはおおよその推測を立てた。
一つ、狛犬網を通じて、湊と共に社を移動できる。
二つ、お守りへ込めた気が、湊の魂を守る肉体の代わりとなる。
三つ、その気は、少しずつ消費されておる。
四つ、我らの姿は幽体ゆえ、人の目に映らぬ。
五つ、鳥居を潜れば、元の社に戻れる。
…じゃな。
長く生きても、新しい経験は…胸躍るのう。
「阿形、なんか楽しそう。」
あぐらをかいた状態で浮いておる…今の状況に順応しつつある湊には感心するわい。
ん?通り過ぎる参拝者に対して、突然姿勢を正しおったのぅ?
「あの人と目が合った気がする…」
「じゃったら、この社と繋いでくれた者かも知れぬな。良き機会を設けてくれて、感謝じゃ。」
通り過ぎた参拝者へと向けて一礼する。
さて。
「湊よ。この社の主祭神より、今の我らならこなせそうな仕事を仰せつかった。どうじゃ、おぬしの力を貸してはくれぬか?」
「うん!!…今の状態でできる仕事なの?」
―――
日が傾き、薄暗くなり始めた頃。
ワシらは賽銭泥棒の姿を確認した。
この土地を守る主祭神は、しっかりと犯人の動きを把握なされておった。
ワシが湊を覆う気の密度を上げると…
気の消費は増えるが、湊の姿が人の目にも僅かに映るような状態となった。
この辺りは、経験と勘で補えるものかのう。
主様の御加護について、これは一つ追加じゃな。
人から見れば、いわゆる”お化け”のように見えるじゃろう。
賽銭泥棒は、逃げるように立ち去っていった。
この時間帯に参拝して、お化けを見たなんて吹聴もできまい。
何故?と痛い腹を探られることになる。
悪い噂も出ず、参拝者が減ることもなかろう。
我ながら完璧じゃ。
我らは本殿へと仕事が完了した報告を行い、主祭神より気を賜った。
―――
この社の入り口にあたる鳥居を潜る前に、湊が足を止めた。
「待って阿形。この鳥居を越えちゃうと、僕たちの社に戻っちゃうよね?」
うむ、そうじゃな。
伝えていなかった筈じゃが、そこまで分かるものか。
ワシは湊の目を見たのち、一緒に本殿へと振り返った。
「「お邪魔いたしました。」」
――――――――
この世界の狛犬
・気の濃度を調整できる。密度を上げれば人の目にも映る。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




