暴走の原因と共有
深夜の境内。
縁が邪気で造った人形たちを、総称して多郎と呼んでいます。
それらに運ばれて毎晩のように境内に現れる縁。
本人曰く“散歩”らしいのですが、本意は分かりません。
ちなみに今宵は人の形を模した二郎と参上したようです。
石段を登り終えた二郎の背中に乗ったまま本殿の方を向き、続いて私たちを見て、小さく息を吐くのが分かりました。
{二郎は状況を把握し、共有・伝達する力を有しておる}
二郎におぶさった縁が、さらに身を委ねるように力を抜いて、言葉を零しました。
{おヌシらが妾を……邪気を確認できるのは、邪気が気に焼かれた時じゃと思っておる}
焼かれる。
恐らくは浄化されている様を、そう表現しているのでしょう。
……姿を見せて早々、これ、何が始まったのですか?
「縁? 失礼ですが、何の話を始められたのですか?」
縁の顔が一瞬微笑んだように見えます。
{はぁ……気づかぬのか? 妾は四天王の中でも最弱。縁として土地に縛る形で封じられはしたが、まだ三体がこの地を狙っておる。その中のどれと対峙しても、妾では手も足も出ぬ}
「……」
理解が追いつきませんが、無言で縁の話に聞き入る阿形を見る限り、私も真面目に聞いていた方が良さそうですね。
{既にこの地は覗かれておる。おヌシらがそれに気づけぬのは、説明した通り邪気を確認する術が少ないからじゃろう。二郎の話をしたのは……}
なるほど、伏せた邪気に気づかないままだったのは、その理由から納得に至りました。
しかし、続く言葉を濁すのは何故でしょうか?
「……縁、二郎の話、その言葉の続きは?」
{……二郎……うー……}
……
縁が小刻みに震え出すのが分かります。
そのまま二郎の背中から滑り落ち、仰向けで定まらぬ視線を闇夜の空に向けて動きが止まる。いつものように様子がおかしいですが、心配しないわけにはいきません。
「縁っ?」
{ククク、ハハハハ! クハーハハー!! ――アバーーッ!?}
「いい加減にせんかいっ!」
“白いのっ! 妾が並の邪気なら消滅しとるぞっ!”
“それくらい把握して加減しとるわいっ!”
……あぁ、揶揄われていたのですね。
二郎の話、続きが浮かばずに逃避に入られたと。
阿形の大槌のような気が縁に振り下ろされた時、縁の心配より、その大槌を模る気の扱いに心を奪われていました。なにやら私の中の“正常”も失われている気がします。
「それで、何しに来たのですか?」
縁がその場に座り込み、邪気で机を造り上げてうつ伏せ気味に寄りかかっています。これもまた器用ですね。
{……何じゃ連れないのう。妾もこの地に根を張ることとなったのじゃ。おヌシらに伝えておかねばならぬこともあろうよ}
本当、何の因果でしょうかね?
{ちなみに伏せたままの邪気を探せぬのは妾も同じじゃ。じゃが楓が孤立林で邪気を起こす行動に出おった。二郎は多郎や妾らと繋がり、情報共有できる。なのでそれを知れた訳じゃが……}
「凪と楓の周囲だけ邪気の気配がやたらと増えたのは、それが理由じゃったか」
「阿形は何か知っているようですね。私それ聞いてませんからね?」
……目を逸らされました。
もういいですよ、今から詳細を聞けますから。
{妾以外はそれを実行できぬまま封じられてしもうた……聞く余裕もなかったかも知れぬな。残った妾は二郎に地均しを行わせた。森の中で腕を伸ばしては気づかれぬ程度に力を抑えて地面を叩く。顕在化した邪気をささっと吸収し、また伸びた腕を振るう。クハハ、これが面白いように上手くいってのう?}
「失敗した結果を知っとる以上、“上手くいった”の言葉に違和感しかないわい」
{腹立つのう……}
「阿形の悪い癖です。続きをお願いしても?」
「むっ!?」
{……良い。情報というのは優劣をつけて処理するであろう? 不要な物は使用せぬ。二郎はその不要と思われるものを共有しない高性能な造りをしておってな}
必要な情報も共有しない誰かさんの顔を見たら、目を逸らされました。
{日も暮れて暫くすると、取り込んだ邪気で肥大化した二郎が、妾らに共有していない情報を元に勝手に動き出したのじゃ。具体的には、この境内へ足を進めおった}
……これは、優先度が高いものから余力がある分だけ処理していたのでは?
余力が生まれて優先度が低い情報にまで目を通し始め、好ましくない情報の実行に移ってしまった。傍から見ればそれが暴走に見えた、そんな気がします。
「うーむ……それは……」
阿形も何か引っ掛かっているようですが、それ、後で共有してくださいね?
凪くんや楓と行動を共にしている闇は大量の邪気を内包しているようですが、暴走するような素振りはなく、むしろ知的な行動に移れるようになったと見ています。
多郎。邪気の人形の場合は、内包できる邪気の量に限界があり、それを超えた結果が肥大化。その状態は処理し終えていない命令を高速に処理できるようになってしまう。
……知識を蓄え、それを処理するように言いつかっている二郎だけは、制限をかけるように伝えておくべきですね。
{後は分かるな? ツノが阿呆ほど撒き散らし続けた霧が色濃く重なり、もはや壁になっておった}
ツノって私ですか?
「ん? あなた方、それが私の仕業とわかっていたのですか?」
{白いのでは、このように繊細なことは出来ぬじゃろう?}
「やかましいわ」
「ワシも気づいておったよ? おぬしに次の一手を頼んだ直後じゃったから、思わず感嘆と笑みが溢れてしもうたよ」
……
「それ、本当ですか?」
「ワシや縁は形ある物を模り、それを振るうのに長けておるようじゃ。吽形のように柔軟さを必要とする優しい気の扱いは真似できぬよ」
“そもそもこの地で邪気の霧なんぞ振り撒いても、秒で消滅してしまうがな”
「……ふふふ。そういうことにしておきましょう」
“おーい、聞いておるかー? 妾もおるぞー? おーい? シャーッ!!”
―――
「今日は大通りを進んで、何ヶ所か神社にお参りしたいと思うんだ」
週末の朝。
良い天気を期待できる明るさに満ちた空と相まって、湊くんの笑顔がより一層輝いて見えます。
……対照的に不安に曇るような阿形の表情は、私の心境を映しているようです。
確かに、狛犬網を通じて仕事を受けない限り、こちらから巡ったことはありませんね。
「おはよう湊。おぬしが元気なのは我らとしてとても嬉しいのじゃが――」
「今日はゲストもいるよ〜! どうぞっ!」
{うむ、くるしゅうない}
……あなた、さっきまで境内にいたでしょう?




