新しい仕組み
秋分の日を過ぎて早ひと月。日ごとに夜の訪れが早まっておる。
日差しも、空気も、風の香りも、あの夏とは違うものになってしもうた。
参拝客の見当たらぬ、子供たちの居らぬ境内。
少し前なら、まだこの時間は湊がそこの椅子に腰掛けてコロコロ笑うておったのに……
いかんな。こうも物思いに耽るとは、ワシも“あやつ”にしてやられたのかと思うてしまう。
{何じゃ白いの? 急に老け込みおったか?}
ワシの視界に五郎に跨った黒い影が映り込んだ。
……噂をすれば、かのう。
「阿形は最近、日が暮れるとこうなんですよ。まったく、困ったものです」
吽形、それは困る前に一声かけてくれればよかろうに……
しかしこやつ、今や社の鳥居も結界を張らぬ存在と認識しおった。
どこからか始まった一連の騒動……ワシは正直、どこか納得しとらん気がする。
{感情の読めぬ顔をしとるぞ? 本当にどうしたんじゃおヌシ}
「……ふん、なんでもないわ。何しに来おった?」
{用などないわ。散歩するには良い時間帯じゃからな}
おのれ、よい御身分じゃな……
―――
我らが力を合わせ、二郎と闇を封じた夜。
僅かながら宮司の在り方と、その距離を感じることができたことで、子供たちから此度の件を掻い摘んで伝えてもろうた。
お互い聞かれぬことは伝えない。不必要には踏み込まない。そんな、加減の難しい時間じゃった。
“善悪は無く、邪気を集める存在がこの町に生まれた”
“人の負の感情を好み、それを奪う”
「そこだけを聞けば、ありがたい存在に思えますが……そこで終わりではないのですね?」
“人の負の感情を増幅させ周囲へ伝染させることで、より多くの負の感情を得ようとしていた”
「なるほど。そこは共存を提案すれば解決できそうですね」
“善悪の区別なく迷惑行為を働く人間は、負の感情を抜き去っても止められない”
「ふふ。私はあなたたちしか出来ないことを垣間見れて嬉しく思いました。今、あなたたちが不安に思われているのは、私や町の大人たちができることです。安心して任せてください」
二郎との一戦を終えた後の、疲れ果てた子供たちの表情が晴れた気がした。
うむ、そうじゃな。いや、そうじゃった。
主様や町の大人たちが踏み固めてくれた土台の上だからこそ、我らも安全に行動できて、成果を出せておるんじゃ。
……少々、驕りがあったと自戒しよう。
宮司が放った“それでは、これよりその浜辺へと伺いましょう”の言葉に、へとへとの景や凪だけでなく、湊までも口を揃えて不服の声を上げたのが、申し訳ないが笑うてしもうた。
―――
あれからひと月。
闇が隠れておった砂浜の奥、雑木林に囲まれた小高い場所。
子供たちが宮司に伝え、宇美の力を借り、町の皆の力を借り、役所の許可を得た。
“町の活気と共に増えた悪さをする人間を見張り、邪気を祓う存在を祀る”
“祓う”という部分に大いなる忖度を感じるが、仕方あるまい。
その場は神事にて整えられ、博明らの手により均され、町の者らの手で道が整えられた。
そして今日の昼前、そこに小さな箱を祀る小さな祠が建てられた。
“縁の祠”
そう銘打たれて。
―――
{妾は、あの日の夜に大幣を持った宮司と童らが浜辺に現れた時、終わりを覚悟させられたわ……}
なんというか、おぬしは朝も夜も散々じゃったからのう。
立場云々を抜きにして、あの日は流石にワシも同情した。
{安心せよ。恨みなんぞもっとらんぞ?}
「当たり前じゃ! 立派な住まいをこさえてもろうて、何を抜かしおるかっ!」
{おー怖い、怖い。その不快な感情、いただくぞよ? クハハハッ!}
「ふふっ、阿形に血管があれば大事でしょうね」
笑うておるが、それは笑い事では済まぬ結果を招くぞ?
今や邪気の獣を操る闇は、名を改めて縁となり、“縁の祠”へと祀られ、土地へと縛られた。
“人が存在する限り負の感情は生まれる。それらを唆せば関係悪化から人は減り、軽減させれば憩いの地として人が増える切っ掛けとなるかもしれない”
宮司の言うておった共存は、縁にとっても悪い落とし所ではなかったようじゃ。
得る負の感情が少なくとも、人が増えれば補えると踏んだようじゃ。
{砂浜に残った妾を“希望”と呼び、妾の箱の話を聞き届け、祠に箱を祀った凪。あやつになら妾の分身を預けても問題なかろう。今日の建立を迎えた時、あやつの顔が真っ先に浮かんだぞよ}
……想像力豊かで助かる。
希望の件については、おそらく凪はそういった意味で言うとらん気がするんじゃ。いちいち言わんが。
そう、シロウと共におった闇だけは、砂浜におったこやつと一つに戻れなかった。
楓曰く、個を形成してしまったとかどうとか。
まぁ、凪や楓と一緒に上手くやっておるようじゃし、問題ないじゃろ。これ以上は知らん。
なので、そやつだけは未だに石を依代にしたまま、闇を名乗り続けておる。
「のう、縁。おぬし、今も体を分けて行動しておるのじゃろう?」
{そうじゃが?}
「シロウと共におった闇のように新たに個を形成したり、増えたりせぬのか?」
{そこはしてやられたと感じたとこじゃ。おそらくじゃが、祠に祀られた時点の妾で固定されておる。悪事を働くために妾の分身を忍ばせたとしても、抜き打ちで点呼でも取られようものならバレるのう。あ、獣は造れるぞ?}
シロウを欠いた4体、と把握した。
今じゃと境内、砂浜の祠、商店街、小学校と4体を探り当てられた。
楓と同じで、シロウと共におる闇だけは伏せておるかのように把握できぬ。縁らとの違いはワシでは分からん。
「……まぁ、悪巧みはやめておくが良い」
何故か湊の顔が浮かんだ。
情報過多で頭が癒しを求めたのか、そうか。そうじゃろうな。
{その顔、やめてもらって良いか? 何故か妾、いくつかの湊の行動が脳裏に浮かぶんじゃ……}
……そうか。




