幕間 闇(くらがり)
今思えば、そうだったのであろう。
考えることができたわけではない。
意思があったわけでもない。
――正しい状態へと逓れ――
無差別に強い想いが振りまかれ、静かに伏せていたいくつもの邪気が顕在化させられた。
途端に我が身が削られていく中、強い光に引き寄せられた。
ひとところへ向かうにつれて同胞と重なり、削られる速度より、大きくなる速度が勝った。
それはやがて、周囲でも幾つもの個を形成していった。
どれもが我先にと焦るように動き出し、形を変え、姿を持ち、光へ駆け出し……邪気という姿を消していった。
急ぐ必要はなかろうに。
ここに至り、重なってきた邪気が妾を形成しておった。
大きな光を目の前にした時、それを平らげたいという欲望に駆られた邪気らが融合し、とてつもなく大きなものへと変化していった。
意思や考えなんぞない。磁石に引き寄せられる砂鉄のようじゃ。
ここであの光を平らげたとしても、落ちて、何者にもなれずこの場を蝕むだけじゃろうに。
――正しい状態へと逓れ――
妾たちをわざわざ起こした言葉の意味を今になって考えた。正しいとは何なのじゃろうな。
この大きな塊に組み込まれる前に……もう少し早くそれを思い浮かべることができればよかったのじゃが。
それが叶うのであれば、僻地でその意味を探すのも面白そうじゃな。
……
…
突然、意識が呼び戻された。
背後からの強烈な衝撃が、妾を含めた大きな塊の繋がりを解いた。
衝撃の発生したあたりは次々と霧散して浄化されてゆく。
身を任せておったら、連鎖的に妾もそうなるのが分かる。
どうすれば良い?
道中に見かけた、同胞が形を変えて駆け出す姿を思い起こした。
妾は側にある邪気を取り込み、その姿を模した獣を早急に造った。
{妾を運び、この場から逃げるのじゃ!}
―――
気がつくと田んぼのあたりに転がっておった。
あの直後にものすごい勢いで吹き飛ばされたのを思い出す。
妾の造った獣は? あれか!?
少し離れたところに転がっておった妾の獣を見つけた。
しかしそれは、ゆっくりと姿を失い消えていった。
{……もう少し時間があれば、もっとしっかり造ってやれたんじゃがな。すまんのう}
……
その場で空を見上げた時、闇夜を飛ぶ鳥が目に入った。
ただ猛烈に“美しい”“欲しい”と感じた。
これじゃ!
{おヌシの名は一郎じゃ! 妾と共に生き、妾を自由な空へと運ぶが良い! クハハハー!!}
……駄目じゃった。
意気揚々と一郎に乗って飛び立ったものの、共にこの地の気に焼かれて落ちた。
何となくわかってきたが、派手な行動は邪気の消費が激しいというより、そこから気に浄化され始める。一郎であれば羽ばたけないということじゃ。
せっかく造った一郎の背に乗ったものの、羽ばたくことはできず、ぴょんぴょんと跳ねて移動することとなった。
一郎と身を寄せる場所を探す中、存在を維持するための邪気を得る術も探った。
この地だけで見れば、邪気にとって何とも余裕のない気の巡りをしておる。邪気が生まれにくいのじゃ。
結論として、他所と繋がる道路を通じて流れ込んで来る邪気を啜れば、現状の維持はできそうじゃ。
―――
砂浜と海。
それは妾にとって偶然の発見であった。
気温のせいか、朝から晩まで人がおり、海と人から気の流れが生まれる。
流れこむ邪気と、人間の心に潜む邪な感情、負の感情……いただきます! クハハー!
妾は砂浜の隅にある小高い場所に身を寄せることに決めた。
一郎と共にそれをかき集める日々を重ねたが、効率の悪さに嘆くこととなった。
{二郎。この地に多くおる人の形を模したオヌシには、邪気の監視を任す。良いな?}
二郎から伸ばされた邪気は一郎と妾との連絡を容易にしたが、大気や人の流れに乱されることが多く、地中を通すことにした。
優秀じゃ。
妾でも見逃すような邪気を見つけ、妾では気づけぬ距離の邪気を探る。
特化した動きに限定するのは効率が良い。
……回収しに行けねば意味ないがのう。
{三郎! オヌシは二郎の見つけた邪気を回収して妾の元へと届けるのじゃ! 良いな!}
回収にあたり、二郎と同じ理由で地中を移動できる動物としてモグラを模した。
二郎から連絡を受けた場所へ向かい、邪気を回収する。素晴らしいではないか!
ほんのわずかな邪気すら摘んでしまうのが玉に瑕じゃが、贅沢な悩みかもしれぬな。
どうにかうまく回り出したのじゃが、三郎が回収した邪気を受け取らぬと次の邪気を回収しにいけぬことが分かった。ぐぬぬ……
{四郎! 三郎の持ち帰った邪気や、周囲に漂う邪気を収集するのじゃ!}
海に来て携帯を覗き続ける人間は、海に来る必要があったのか?
まぁ、それを覗くことで得た知識は多い。
お陰で妾も四郎への着想を得たのじゃから、感謝しよう。
……四郎の稼働開始後、妾は驚愕した。
妾は働かなくてよい仕組みを完成させたのかもしれぬ。
{五郎! オヌシは妾と共に、より広くこの地を探るぞ!}
一郎に留守を任せ、五郎と気に焼かれぬ速度でこの地を巡る。
携帯の覗き見だけでは、どうも知識が偏る気がするのじゃ。
あれこれして住処に戻れば四郎が邪気でいっぱいの腹を見せて妾を出迎える。
得た邪気で多郎を愛でるように整備する日々。
{完成してしまった……妾は天才だったのじゃな!}
“正しい状態”とは何かを探した結果、“生きるために模索し続けること”と、この時点では満足のいく答えを導き出せておった。
{二郎。オヌシに頼みたいことがあるのじゃ}
……そう、妾に欲が出るまでは。




