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総力戦


 国治《くにはる》に連れられて、夜のドライブだ。


 なぁ、凪。虫にぶつからず星空の下を走るのも楽しいよな。

 夕方の道を自転車で走ってて、カナブンにぶつかられた時は痛そうだったしな。


 夜空を意識したことなんてなかったが、星も月も綺麗だって気づいたよ。


 お前が大きくなったら、車買ってどっか行こうぜ?


―――


〔その石、不完全だろ? その気になりゃ出れただろうに〕


{ふん、気づいておったか。じゃがまぁ……おヌシとチビが持つ石、他の童が持つ石とは違うようじゃぞ? ふん}


 なんだそりゃ?


 あーほら、結みてぇに石から体出してんじゃねぇよ。

 闇《くらがり》の分身の中じゃ、お前だけ過剰に邪気吸って異常個体なんだよ!


{ん!? ……これは?}


 なんだ? どうした闇《くらがり》?

 いや、なんで匂い嗅ぐみてぇに鼻動かしてんだ?


{悪いことは言わん、これ以上先に進ませるな……おヌシは感じぬのか?}


〔あ? いや、正直、分かんねぇな……? なんだ? なんか匂うのか?〕


{うぬぬ、違うわ! 慣れておらぬだけじゃ! 感覚が増えたせいで混同しとるんじゃ}


 今の闇はポンコツ、と。



 車が社の裏に続く坂道を登り出した。


 凪に連れられて初めてこの社に来たときは、こっち側から登ってきたな。

 自転車がアシスト付きだといっても、長めの坂道が辛そうで心配したもんだ。


 お、境内まであっという間だったな。

 やっぱ車、いいよな――あん?


{さっきから妾が言うておろう! 早うここから離れるんじゃっ!}


「おい、阿吽、どういうことだよ? 月が隠れてる、結界も閉じて……あの時と同じじゃんか! なんか言えよ!?」


 結? そうか、邪気がここに押し寄せてきた時と似てんのか。


 ここに連れて来た国治もだが、口を開かねぇ阿吽は意図があるに違いねぇ。ちったぁ説明しろよ……


 この状況を意にも介さねぇ国治だけがズンズンと境内へと足を進める。


 あっ?


〔おい湊っ! 一人で突っ走《ぱし》ンじゃねー!〕 


 湊が何を思ったか、突然走り出した。

 違うか、阿吽を心配して駆け出したんだ。


「ミナト!」

「ミナトー? もー。いくぞカエデー!」


 景と凪も湊を追いかけるように駆け出して、あっという間に国治は追い抜かれた。


「あっ? みなさん、どうしたんですか!?」


 状況を飲み込めてないのか、置いて行かれた国治の声が後方から聞こえてきた。


―――


 阿吽の狛犬像の側に立つ湊が見える。

 月があるはずの場所を見上げて動かねぇ。


 あの時と違うのは、最初っからクライマックスの状態ってだけだ。

 あん時と変わらない大きさの人の形した邪気が、社を覆うように両手を広げて蠢いてやがる。


「……あれさ、何で襲ってこないの?」

「あ、えー……なんでかな?」

{……}


 景と結の話が聞こえる。尤もな疑問だな。

 ちなみにアイツらの持ってる石に封じられた闇《くらがり》は、酒飲んだ後に倒れたままだ。


{妾っ! 二郎! 癪に障るのはわかる、じゃが一旦矛を収めよっ!}


 ――ち、違うのじゃ! 妾は何もしとらん! 何もしとらんのに、二郎が妾の言うことを聞いてくれぬようになったんじゃ! ちょっと知識を刻み足していっただけなのにっ! 早う二郎を止めてくれぬかー?――


{くっ! ぬっ! おのれっ!! ……妾は“何もしとらん”からの説明に矛盾を感じて手が止まるんじゃが?}

「してるじゃんねー」


 人形(ひとがた)の邪気《二郎》の頭の部分に、別の揺らぐ邪気を感じる。闇《くらがり》はあそこか。

 お前のそんな頭で矛盾生むような命令刻んで暴走させたんじゃねぇか?


 ――ザザ……――


 紙の擦れる音と砂利を踏む足音が聞こえた。


「みなさんには、やはり何か見えているのですね?」


 国治……

 あれ(二郎)が見えないなら、俺も見えてなかったんだな。

 鬼ほど目が合う状況に遭遇したが、それが直感ってんなら恐ろしいわ。


 つーか、作務衣から浄衣に着替えるほど時間経ったか?

 あと、それ(大幣)もってこっちに寄ってくんなよ。


「みなさんの夕餉《ゆうげ》へ招いていただいた時間と比べると、看過できない状況にまで変わっています。……未成熟ではあれど、人に毒された悪しき気配。……ですが――」


 国治が大幣《おおぬさ》を振り上げようとして、その手を止めた。


「あっ、ちょっと、それ待って!? うー、説明が難しいんだけど……」


 そんな国治の葛藤に景が割って入る形になった。

 国治が何に迷ってんのかは分かんねぇが、迷ってくれててよかったよ。


 凪、お前もなんか割って入ってくれ!

 時間を稼ぐ必要がある!


「あ、え? うーんと……」


 咄嗟の対応には向いてねぇ!


「宮司さん! 僕ら喉が乾いたかも?」


 稀に見る国治のキョトン顔。

 こんな顔もするんだな……


「……ふふ。では一旦、私はこの場から社家へと戻ることになりますが、構いませんか?」


「うん! あー、暖かいのが嬉しいです」


「ははは……いや、失礼しました。美味しいお茶、準備いたしますね」


「ありがとうございます!」


 ……なるほどな。

 ナイスだ湊!


―――


〔阿吽!〕


 ぐだぐだ言っても仕方ねぇから、切り出すタイミングを与えてやった。

 おら、説明しやがれ!


「うむ。闇《くらがり》の話は聞こえたじゃろう? そこに、吽形の力のおかげで均衡が保たれておる」


「はい。日中は邪気の動きを知るためにと、ずっと気の霧を撒き続けておりました。この術《わざ》、誰かに気づいて欲しかったのですが……残念です」


 マジかよ?

 それ、俺は真綿で首を絞められ続けてたんじゃねーのか?

 誰かも何も、俺が消滅してから気がついたとか言って笑ってる姿が浮かんだんだが?


 いや馬鹿か、笑えねぇよ、勘弁してくれ!


「吽形の霧のおかげで、二郎が入ってこれないの?」


 ――そうじゃー! 霧のせいじゃー!! そこの妾らのように捕まってやる故、二郎をどうにかしてくれぬかー!? あぅ、駄目じゃ二郎、ぎゃー!?――


「ずっとあの状態です」


 真顔で呆れてる角犬に吹き出しそうになった。


「以前と違って気が潤沢に巡っておるので、社やこの町への影響はなかろうと踏んでおる。おぬしらを突然呼び寄せれば家族に不審がられようし、宮司も状況を把握した上で社を離れた。吽形とワシがおる状態でこの状況なら、二郎と共におる闇《くらがり》が滅しても、仕方ないかと思うておった」


 ――薄情ものー!? 投降を望んでおるのじゃぞ!? それなりの処遇を欲《ほっ》するぞー! わにゃー!?――


 二郎が霧に囲まれた境内に寄りかかるように踏み込んで、直後に弾かれた。

 霧に触れた部分が火傷したように浄化されてるが、薄皮一枚って感じで埒があきそうもねぇな。

 なんにしても、二郎と一緒にいる闇《くらがり》は連携が取れてねぇ。


〔景。マクロに間違った命令を書き込んだ時、その暴走はどうやって止めるんだ?〕


「え? うーん……それだと停止ボタンとかあるんだけど、無いならエラー吐いて勝手に止まるか、何かが壊れるまで暴れるか?」


 ……後半は聞かなかったことにしよう。

 停止ボタン。

 あるわけねぇよなぁ?


 ――あるぞよ、停止ボタン! 妾が押そうとしたら、あんな遠くに移動させおったんじゃ〜! あっ、ちょっ……びゃー!?――


 闇が声出すたびに、“余計なこと言うな”とばかりに二郎が境内の霧に突っ込む。

 主従入れ替わってんなこれ?


「湊っ!?」


 白犬の声に反応して湊を見た時、構えた弓は小刻みに震え、視線の先にある二郎の停止ボタンは霧散している最中だった。

 ゾッとするわ。


{何をしておるかっ、あの童に遅れをとるな! この石なら二郎を受け止められる! 走れ! 走らぬか!!}


〔あっ? はぁ!? うわっ!?〕


 俺らの持っていた石から身を乗り出した闇《くらがり》に怒鳴られて、理解するのに手間取った。

 直後、ごっそりと邪気が抜かれて、めまいを覚えた。

 そんな俺を置いていくように、凪がソレを体に巡らせて駆け出していた。


〔わっ、馬鹿!? 筋肉痛で泣いてもしらねぇぞ、オイ!〕


 だめだ、返事がねぇ。……くそっ、俺の覚悟が出遅れた!


 あ!? 一瞬止まったように見えた二郎が、また動き出したんだが!?


〔おいっ!? どうなってやがるっ!?〕

{妾にも分からぬっ!}


 ――停止ボタンを押されたら、最後に悪あがきするように刻んでおったわー――


〔前もって言いやがれっ!〕{前もって言わぬかっ!}


 あー、嫌な予感しかしねぇが、二郎が腕を振り抜いて……拳の部分だけ飛ばして来やがった!

 吽形の霧に灼かれてんのに、大きさも勢いも衰えねぇのか!?


{デュアルなんたらで何とかせぬかっ!}

〔馬鹿か!? あんなデカいの取り込んだら、凪ごと破裂しちまうわっ!〕


 凪、避けろ!

 そう叫ぶ前に、何かが俺らの背後から頭上を通過し、あの邪気の塊(拳)が霧散した。


『よっし! 真打登場!』

「ケイ〜! やった〜!」

『よき連携です』


 いつの間にか景が霊体になってやがる。

 てことは、あの塊を消し飛ばしたのはアイツの弓か?

 ナイスだ、景!


「行くよ、カエデー!」


 わぁったよ。この後ちゃんと介護してやる。

 凪の体に巡る邪気をより滑らかに……うぅお、また置いてかれちまうくらいに動きが良くなりやがった。大丈夫か?


〔耐えろよ、凪ぃ!!〕


 二郎の伸びた腕が振り下ろされ、凪がそれを危なげなく掻い潜る。


〔これ(腕)に石当てりゃ終わるんじゃねぇのかっ!?〕

{ダメじゃ、本来の二郎はもっと小さい! きっとその部分を切り離されるだけじゃ! 腹あたりに居る二郎(本体)を捉えよ!}

〔だとよ! 凪っ!!〕


「んー!」


 駆ける凪が短く返事して頷いた。


 学校でもそうだったが、コイツは体を動かすイメージがしっかりあるんだよ。だから今は安心して身を任せられる。


〔言っておいてなんじゃが、腹って、チビからだと届かぬ気がするんじゃが……〕

{いや、それどころじゃねぇよ! なんか二郎が足ぃ振りかぶってんぞ!?}

{あ、あれじゃ! デュアル…}

〔だから質量が半端ねぇんだよ馬鹿がっ! 凪っ、石で吸えっ!〕


 凪の手に握られた石に、別の何かが刻まれたのがわかった。


{安心せよ! 浜辺の妾が求めておった形に整えてやったわっ!}


 あ? お前もう完全に石から出てきてんじゃねぇか!?

 いや、まぁ、おう。造り込む想いに関しては、お前を信用してやるよ!


 単純に落としてきた腕の時とは違って、二郎の巨体が振りかぶった足のあおりで、周囲の邪気が吹き荒れるが、こっち程度なら俺が受け止めてやれるっ!

 なんだ? 闇《くらがり》も俺に並んで邪気を捌いてやがるが、この程度は借りにならねぇぜ!?


 ゆっくりした動作に見えるが、向かってくる足が近づくにつれて恐怖心が煽られちまう……


〔大丈夫だよな? 大丈夫だよな闇《くらがり》っ!? お前の腕は信用してっからな!?〕

{駄目じゃったとしても、最悪、妾が受け止めれば良いっ! チビのことは安心せよ!}

〔まだそこまで関係構築できてねぇだろ!〕


 凪に向かって振られた巨大な二郎の足を、小さな凪が突き出した腕が止めた。


 ほんの一瞬、この場の時間が止まったように思えた。


〔{止めた――}〕


 次の瞬間、凄い勢いで二郎の足が石に吸い込まれ始めた。

 闇《くらがり》が言ったように、部分的に切り離して逃げたんだな?


 っつーか、余波なのか分かんねぇが、巻き起こる邪気に飛ばされそうだっ!


〔ぶあっ!? 闇《くらがり》っ、撒き散ってんの全部集めろっ! 大迷惑だっ!!〕

{既に死郎がやっておるっ! 見よこの吸引力をっ!! あっ、そろそろ腹がパンパンじゃ……}

〔駄目じゃねぇかー!? あ? ……おいおいおい、二郎がバランス崩してこっちに倒れ込んでくんぞ!? 凪っ、下がれっ!!〕


 ――倒れるのじゃ〜!?――


 見りゃわかるわっ!


 凪が下がるために膝を曲げた瞬間、さっきも感じた大きな力が俺たちの横を通り過ぎた。

 二郎の残った足と、振り下ろされていない方の腕が、形を無くして霧散し始める。


 湊と景が地面にへたり込む姿から、アイツらが二本目の矢を放ったんだと理解した。

 凪が片足だけ取り込んだのを確認して、四肢への攻撃なら二郎本体が消えないと判断したんだな?


 アイツらの表情から、次の弓は期待できなさそうだが、あとは凪に任せろっ!


 両足が消滅したことで、二郎が倒れ込まず真下に落ちてきやがった。

 この先の展開を想定して、余波で吹き飛ばされないように凪を支える邪気の壁を組み上げた。


 隣の闇《くらがり》はシロウが吸った邪気で自身を強化しながら、撒き散る邪気をかき集めて……それ、俺らのパクリじゃねぇかよ!


{今じゃっ!}

〔決めるぞっ! 凪っ!!〕

「おー!! トドメだー!!」


 巨大化した二郎の中心に押し付けた石が、これまでと違った動きを見せる。


「〔うおおおおおお〜…〕」

{ん!? ぎゃわーーっ!?}


 さっき吸った足の比じゃねぇよ、どっからこんなに邪気を集めて来たんだ!?

 隣の闇《くらがり》の首根っこを掴んで邪気を拝借しながら、凪の周囲にも凪を拡張するような色濃い邪気を巡らせた。

 ここはもう、お前の好きにできる空間だ! おう、余裕そうな顔見せたな!


 ――にゃーーー!? これ、妾は無事で済むのか? 無事で済むのよのう!? わぎゃーーー!?――


 無理やり吸い込む形だった前回とは違って、綺麗に織り込まれた布のように整え直された邪気が、石に巻かれるように収まっていく。

 

 あー、そうだろそうだろ。

 あんな汚く食い散らしたようなの、求めてなかったろうよ。



 ……



 糸くずみてぇな邪気がクルクル舞いながら、境内に満ちる気に浄化されて消えていく。


 あーあ。ははっ、凪に持ってかれたな。

 まぁ、締めようぜ。


「〔頂いたぜっ!!〕」{頂いていくっ!} 


 ……お前(闇)なぁ……


―――


 無音だった境内に虫の音が聞こえ出した頃、茶を乗せた盆を持って国治が境内に顔を出した。

 タイミング狙ってんのか分からねぇ。


 だが、椅子に座ってぐったりしているガキらを見つけて、慌てているのがわかる。


「おじさーん……おそいー……」


「凪まで……そんなに喉が渇いていたのですか?」


 ちげぇだろ。どこまで本気なんだお前……


「……宮司さん、あのね……?」


「はい、お待たせしてしまったようで。まずはお茶をいただいてください」


「ありがと。あのさ、俺たち……」

「お腹もすいちゃって……」


「……ふふふ、あはははは」


 やっぱり肝の太ぇガキらだよ。


 車の中から見た時より遥かに綺麗な月を見上げて、何よりも今をありがたがった。


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