前触れ
……染み渡る……
あー、これ、夏に煮浸しで食べたナスと味が似てるな。
んじゃ、英彦が育てた野菜かな?
気を頂く形だと、あのキュッ、キュッって歯応えを感じられないのが寂しいなー……
恨めしくケイたちの食事風景を見上げると、いや、ケイ、あんたちゃんと咀嚼してる? ナギくらい丁寧に咀嚼しなよ、もう……
仏間の方を見ると大人たちが子供みたいに盛り上がってる。
この家で一番怖い昭一も、それを支えるしっかり者の和子も、この土地の年長者を前にすると心を許したような笑顔をよく見せる。
アタシに当てはめた場合は、阿吽の存在がそれになんのかな。
じゃあ、阿吽がいなかったら……?
アタシは、転がる闇に呆れる阿形と、周囲に目を配る吽形に目を向けた。
どちらもアタシの視線に気づいて、微笑みと頷きを返してくれた。
……
そーゆーことだよなぁ。
―――
「こんばんは。ふふ、お招きいただきありがとうございます」
え? うっわ、宮司きたよ。
紺色の作務衣、女性みたいな顔と長髪にも似合うもんなんだ。
「「「こんばんはー」」」
「あー、いらっしゃい」
「んふふ! 子供たちが声を揃えてから。宮司さん、こんばんは」
「あー宮司さん。ようこそ、ようこそ。こんばんは!」
「また我が家んごつ……」
「国治さん、遅くまでありがとうございました」
「いえ、大したことはしておりませんので」
「国治〜。うふふ」
「はは……そうです英彦さん、農具の件ありがとうございました。博明さんも社家の対応、本当に助かります」
「はは、別によかよ」
「よかよか。それより、ほら呑むね?」
「じゃあコップとお皿、準備しますね」
「あ、お母さん、私がやるから」
あーもー。宮司大人気じゃん。
直樹だけ出遅れて会釈だけになってるの笑う。
お、流石に神職がいると、可哀想なくらいに闇が静かだ。
楓はナギとの関係もあるのか、割と平気そうだな。めちゃ意識してるけど。
阿吽は……んー、お守りに繋がってる気の流れ、今はこっちを分け身に任してんな?
あっちで何やってんだよ?
二郎絡みか?
「今夜は車ですので、お酒はお気持ちだけ、ありがたく受け取らせてください。それより、子供たちが食事を終えたら一緒に散歩させていただけませんか?」
大人たちに確認をしながら、子供たちへ優しい顔を向けてきた。
三人とも訳が分からず目を丸くしてたけど、“なれば、月でも観に出ようかのう”という阿形の声を聞いて元気に頷いた。
「あー、行っておいで」
「兄貴……」
ははははは
二郎絡みか!
―――
宮司《国治》が姉の隣に座り、あのメンツの中で割と真面目な話を交わしてる。
神社や社家の老朽化した部分とかは博明が直してくれてたらしい。そう、大工だった。
弟の耕三は元漁師。今日の釣りには船に乗って行ったとか、なんだよ羨ましい。
人が増えてきたこと、町に活気が戻ったこと、悪目立ちする奴らの話は、盆の時とは別の視点を知れた。
“自分たちの若い頃も別に清廉潔白じゃなかったからね。そういった若者を受け止められる度量を持てる人間でありたいし、そんな町でありたいね”
……この町の人間がみんな、あんたらみたいに心身共に屈強ならできそうだけどさ。
でも、多少の馬鹿を流せる余裕は欲しいよね。
“宇美ちゃんなんて、鋤振り回して狛犬壊したしね”
“壊してません!”“ふはっ”“英彦さんっ!”
いちいちオチつける癖ない?
―――
姉《瑞穂》の寂しがる声に未練の残る顔をする宮司。
どんだけ姉が好きなんだよ……
まだ続きそうな大人たちの時間を後目に、子供たちを乗せた宮司の車が社に向かってる。
「お月様、綺麗だよー」
「マジだ、めっちゃ見える」
ねぇケイ、月見団子って知ってる? んふふ。いずれ期待してる。
「ねーおじさん、何かあんのー?」
「……少々、皆さんを混乱させてしまうかもしれません……」
ナギへの返事というより、それへの前置きっぽいな。
今さら“霊が見える”なんて言われても、きっとみんな、どんな顔すればいいかって意味で混乱する。
……
……溜めるじゃん。
「宮司さん、何か見えたりするの?」
あー、ほら。
ミナトが痺れ切らして聞いてきたじゃん。
合わせて、ケイが乗り出し気味で返事の内容に期待してるよ?
「“何か”……いえ、恐らく期待されているように、見たり話したりしたことはありません」
できないのかよ……
「ですが、“神職に携わる身”故か、何かを感じることはあるんですよ」
どっちだよ……
「じゃあ、神社で何か感じたの?」
「ふふ、流石です。察しが良くて助かります」
ケイとミナトが首に下げてるお守りを見たけど、さっきから気の繋がりは薄い。
宮司の雰囲気からは緊急性を感じないし、問題あったらアタシたちにも伝えてくれてるよな? 信じてるぞ?
……
社に近づくにつれて、封じた闇たちが騒がしい。 アタシたちを案じるような声をかけてくる。
どうせ適当に馬鹿言ってるんだろうと真に受けなかったけど、これまでとは様子が違う気もする。
どうしたんだよ? そう聞こうとした。
ちょうど車が社の裏から境内に入った頃だった。
閉じ込められたような感覚に襲われる。
{さっきから妾が言うておろう! 早うここから離れるんじゃっ!}
闇の声がはっきり耳に届いて、さっきまで見えていた月が見えなくなっていた。




