秋の夕餉
時間を定めての午後の探索では、誰も成果を出せないままで終わりました。
既に捕縛している闇からの息をするような煽りもありますが、不完全燃焼を口にするのは仕方ないことでしょう。
そんな中、凪くんの“おかなすいたー”の一言で、皆がこの場を切り上げることに納得してくれました。
二郎の特性と闇の状態は気になりますが、現状では最善の道を進んだはずです。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす」
「おじゃましますー」
景くんの祖父が構えるお店“彩”。
その裏にある自宅への入り口が景くんの手により開かれ、元気な声がその中へと放たれました。
玄関から伸びる廊下のうち、正面は台所。そこから見知らぬ年配の女性が顔を出しました。
「あらー景くん、久しぶりやね〜。元気しとったね?」
「んはは、こんちわ〜!」
もう一方の廊下は縁側に沿う形で伸びています。
縁側の景色と光を取り込むため、客間と仏間の襖が開放されており、そこからも見知らぬ年配の男性たちがこちらを伺う仕草を見せています。
「おー、子供たち。ほらほら。座りなさい。刺身あるよ、刺身」
「なんか、我が家んごつ、あっははは。こんにちは」
「「こんにちはー」」
今は空が赤くなりかけた頃。
ですが、挨拶として“こんばんは”は、確かにまだ早いですかね。
客間と仏間の間にある襖は開かれており、二つの部屋を繋ぐようにテーブルが連なって伸びています。
上座に当たる仏間側には英彦さん、昭一さん、そして挨拶をくださった男性が二人。
彼らの顔が赤いのは、縁側の窓から差し込む赤みがかった光のせいでしょうか? いえ、その様子から、既にお酒が入っていそうです。
側に座る景くんのお父さんが肩身狭そうに苦笑いし、凪くんのお母さんは笑顔でこちらに手を振っています。
「おじいちゃん。おばあちゃんは?」
「ん。みどりさんたちと台所」
「あれ、じいちゃん、今日は料理しないの?」
「あー、よかよか。男どもは座っときなっせ」
「……だと」
「あはははは」
「はじめましてー」
「いや、おじさん、キミは知っとるよ……?」
「あれー?」
「んふふふ」
「ほら、あんたたち、手を洗ってきなさい」
「「「はーい」」」
子供たちの参入で、直樹さんの表情に余裕が生まれたのが見えます。
ふふ、お疲れでしたね。
―――
物怖じしない子供たちが、年配の男性たちがいる仏間側で寛ぎ始めました。
「湊くんはもうね、おじさん、しょっちゅう会うからね」
「そうかな? ははは。ヒロアキおじさんたちは、今日も釣りに行ったの?」
「あー、もう朝からね。耕三と沢山釣ってきたよぉ」
「はは、兄貴がマダイ釣ったよ。マダイ。食べてね」
「あー、もう! 子供たちのもちゃんとあるから。酔っ払いのおっちゃんたちに絡まれんように、こっちに座って食べなっせ。ね?」
そう近くにないはずの台所から、ことあるごとに現れては男性陣を牽制する女性。
お昼に宇美さんの話に挙がった“みどりさん”でしょうかね。
博明さん、耕三さんはこの中でも年長者とお見受けします。
ですが、若者に勝るとも劣らない引き締まった体付き……
釣りとは、それほど過酷なものなのでしょうか?
「うちの奥さんの料理はね、美味しいから。おじさんたちの釣った魚の料理、沢山食べてね」
「「はーい!」」
「博明さん、いつもありがとうね」
「よかよか。英彦くん、ほら呑んで、呑んで」
「はーい。料理はこれで全部よー。みどりさん来るの、楽しみにしてたんやけんねー?」
「宇美ちゃん、ぼくらは?」
「んー? んー……んっふっふ」
「はぁ? あっはっは!」
んふふふっ、いけませんね、釣られて笑ってしまいました。
これはまた、賑やかな夕食になりそうですね。
―――
みどりさん、宇美さん、和子さん、彩さん。
台所で料理を準備していた大人たちがテーブルに着くと、あっという間に大人組と子供組で世界が別れました。
連なった広いテーブルには、所狭しと並ぶ料理。
本日はみどりさん主体で調理が行われたようで、皆が料理に手を付けた後に、やんわりと料理の説明をされていました。
魚料理の説明の際は釣り上げたご本人も一言付け足し、見た目と味に彩りを添えてくださっています。
なるほど、彩。景くんのお爺さんの店の名前。
そう考えると、食に関して相性の良い、素晴らしい名前ですね。
キラキラと輝くお米。
綺麗に盛られたマダイとアコウの刺身。
ガラカブの煮付け。
アラで出汁をとった味噌汁。
ナスなどの野菜の煮物。
子供向けに鶏肉と芋の揚げ物。
普段から用意されている漬物や飲み物も並んでおり、なんとも凄まじい光景が広がっています。
「食べ終わったら、梨、剥いてやるけんね」
……まだまだあるようです。
「阿形、吽形、結。そして楓も。いつもありがとうね」
「減ってるの見られると困るから、大人が側にいる時は気をつけてよ?」
湊くんと景くんの首から外されたお守りと結の宿る石がテーブルの隅に置かれ、そこへ小皿に盛られた料理が供えられました。
阿形と私は分け身と繋がった状態ですので、このような場合は嵩張りません。
あぁ、この地で採れた食材の織りなす料理。最高です、ありがとうございます。
「カエデはどれがいいー?」
〔いや、このまえ白犬の酒奪って死にかけたからな……気持ちだけ貰っとくわ〕
「ワンチャンー?」
〔初手でNG出してんだっつーの。俺のどこにもンな勇気残ってねンだよ!〕
「辛そうだったもんねー……」
消えかけてましたからね。
{……}
どうしました、闇?
「……ミナトってさ。お守り外しても阿吽が見えるようになった?」
「えっ、何それ? ケイくん見えるの? すっごい!」
「はぁ、いや見えないよ。良かった……」
「へ? 全然良くないけど……」
景くんであれば、結に対して湊くんを凌駕する関係を築けているでしょうに……複雑な心境なのですね。
見てください景くん。結が心配そうに見上げていますよ?
あ、今は見えないのでしたね……すいません。
―――
「あら? あらあら面白か。お守りにお供えね? なら、おちょこでも出してあげようかね」
「お、信心深いのは良いことよ? お供え、おじさんの持ってきたお酒も注いでやろうかね」
席を立ったみどりさんに儀式めいた状態を見られてしまいましたが、ご理解いただけたようで……
我々のお守りだけでなく、結の石の分までおちょこを並べていただきました。
あっ、あー……このお酒、ちょっと辛くないですか?
「神様ね。宇美ちゃんが拗ねてる間も、兄貴夫婦は神社の手伝いしとったからねぇ」
「ちょっと! 耕三さん!?」
「あら、聞こえとった!? あははははは」
「もう!」
「あたしら、その辺ずけずけと言えんわー……英彦さん怒っていいよ?」
「んー? んー。宇美ちゃん、拗ねとったもんねぇ。いた、いたた」
「わぁ、耕三さんに便乗してから! んふふふふ」
宇美さんが最も力を持っていると認識していた私には、なんとも新しい光景。
心の蟠りが解ける瞬間を見れたような、そんなよい時間に思えます。
{……ここに置いていかれたら、妾は飢えて死ぬわ}
確かに、邪気や負の感情には無縁の空間になっていますからね。
『私に供えていただいたお酒、口にしてみますか?』
{わーい、いただくのじゃ〜――ぐえー!?}
〔あっ、馬鹿!? 俺の話聞いてなかったのか!?〕
{わ、妾ぁ!?}
{おのれ、謀りおったな!? わ、妾よ、大丈夫か!?}
「うわ、ブレイクダンス? ケイんとこのテレビでそれ見た!」
『騒がしいんじゃよ……』
子供たちの呆れた笑顔が目に映ります。
二人とも、お守りがなくても声は聞こえていますからね。
――
……さて。
私は境内へと意識を移しました。
既に暗くなった境内。
阿形は隅々を見るかのように警戒してくれています。
「今晩と見ているのですか?」
阿形の考えを見越し、声をかけてみました。
「わからん。じゃが、残り一つとなったなら……焦って動くか、伏せて凌ぐかのどちらかじゃろう」
「あの性格からして、どちらもあり得そうですね」
掴みどころがないというか、思いつきで行動するというか。
「邪気夜行が起きたのは、顕在化した邪気が行き場を失って光へ寄ってきた――」
「うむ。なれば、いずれは本能でここへと辿り着く可能性はあろう」
楓が闇の進化に対して目を剥いたという発言。
共に居る二郎の力次第では、やはり気は抜けませんね。
「――吽形」
……まだまだ、貴方には半歩届きませんね。
「はい」
近寄る気配に、私たちは息を殺し構えました。




