センス
{んん〜、この薄暗くしっとりとした場に適う、舞い散るカビやダニと共に在る邪気。これがあの場の無礼に対する詫びというのなら……正直、この場は見逃してやらぬこともないぞ?}
あん?
闇も邪気の回収に奔走すると思ったが、真っ先に俺らの前に出てきやがった。
なんか凪がゴソゴソ探してんのはマスクか?
お前、普段持ち歩いてねーだろ。
……あと、抜け目なく痛い所を突いてきやがる。
「はぁ。湧いてきた邪気に浮かれて、ボクらに気づかなかったんだろー?」
おっ、凪!
なるほど、それか!
{クハッ!}
……あの顔、ミスして姿を見せた訳じゃなさそうだ。
伏せた邪気を顕在化してから、アイツ《闇》の存在感が突然増し始めた。
何だ? この状況でも浜辺の件が引っ掛かる。でもあれだ、端っから対話してたら、あんなことしてねぇっつーの!
……駄目だ、ソレでもやっぱアレはダメな気がする。
おい凪、ハンカチを口に当てた状態でどこ見てんだ?
お前もノリノリだったんだし、俺と一緒にそこだけでも詫びとかねぇ?
{ふん。今の妾は溢れる力に酔っておる。……引け。何度も言わぬぞ?}
こいつ、まだまだ存在感が増してやがる……どんなトリック使って邪気集めてんだ?
いや、逆に、だ。
こんだけ邪気の積もる場所に居たってのに、俺らが来るまで回収してなかったのは何故だ?
俺らと一緒で、伏せてんのは見つけらんねぇのか? ……そうだな、こんだけあんのに、わざわざ策を練って外から人を呼ぶくらいだ。
……違う、ここに誘われたとしたら?
追いかけてくる奴らを油断させ、確実に仕留めるつもりだったとしたら?
今は引いた方が良い気がする。
景にならすぐに携帯で連絡できるし、角犬と結が居れば何とかできるんじゃねーか?
くそっ、この場こそ湊らが居りゃあ……ンだよ、何を甘えた考えしてんだ俺は。
{引かぬのか……}
あ?
え? 凪? 何で構えてんだよ?
{妾は知っておるぞ? その童が邪気に足を取られたのを……クハハハハッ}
邪気の奪い合いになると踏んだ凪が、体に邪気を流して走ったところ、伏せていた邪気を踏んだ。
ぶつかるとかそんなんじゃなくて、干潟にハマった感じだとか言ってたな。
んなトコも目ざとく見てんのか。
{この溢れる邪気でおヌシらを囲えば、長い時間の足止めも容易かろぉ。クハハッ、ゆるりと蝕まれてゆくが良い}
闇が邪気を放出しながら、ゆっくりと後方へと下がっていく。
……そういや、コイツはどうやって動いてんだ?
「なんだよー、逃げるのかー? カッコ悪ぅ〜」
{なんじゃ〜? 置いて行かれて寂しいのか〜? クハハハハ}
あの天然なら効果あったかもしれねぇが、多分、俺らの言葉じゃ届かねぇ。
{ふむ。これほど邪気が集まれば、死郎に運ばれずとも動けるようになろうよ。クッハハ}
「……しろう?」
〔何だよ、仲間が居やがるのか?〕
{お、気になるか? 妾が付けたのじゃ……生き死にの“死”、それに良し悪しの良におおざとを繋いだ“郎”……死郎。カッコ良かろう?}
かわいそうだよ。
じゃあ、そのシロウは何処にいやがる?
間違いなく、そいつが邪気集めてんだろ?
俺が周囲を見回す間にも、闇は邪気を振り撒きながら離れていく。
俺らと対峙する時間が経つにつれて、揺らいでいたアイツの輪郭が、ゆっくりと人の形へ寄ってきた。
「他にはー? なんか無いのー?」
{妾と死郎、そして溢れんばかりの邪気……他に何か求めても蛇足じゃろうよ。さらばじゃ、クハハッ}
下手に手を出されず、闇がこの場から去ると思うと、正直安心してしまった。
時間はかかるだろうが、邪気を循環させて行きゃ、凪も無事にここから出れるはずだ……
凪、すまねぇな。
本当は怖かっただろう?
クマの言葉、理解しきれてなかったわ……
……なんでお前、笑ってんだ?
「カエデー。これで全部だってー」
〔……おう?〕
何だ? 闇もこちらを伺っているが、なんか様子がおかしい?
「闇ー! お前の家の壁に穴開けてゴメンなー!! ……ほら、カエデ」
過去イチの声出したな、お前……
しかし、何で今なんだよ? いいけどよ。
〔……|住処に押し入る形になった《邪気の壁に穴を開けた》のは……悪かったよ〕
……ん?
何だ、胸のつっかえが取れたように、気が晴れた。
{死郎! 早うせぬか! バレてしもうたぞ! 死郎!!}
―――
凪が両手を突き出して、俺らの周りを囲んでいた邪気を吸収し始めた。
お前、勢い凄くねぇか!? 無茶しやがって!
だが思い切りが良いのは気持ちいなっ! 始めっか!!
〔あぁ!! 分かったぞ!? テメェ、俺にまで忍び込んでやがったのか……感心したぜ闇よォーー!!〕
俺も構えて邪気を練る。わざとらしく唸りながらな!
阿吽に頼ってる自分に阿呆ほど違和感あったンだよ、クソがっ!
どっかに思ってたとしても、そうじゃねぇ! そんなんじゃねぇ!!
いつからだった? いつから俺に入り込んでた?
……最初に姿見せて話しかけてきたアレか! そんで砂浜の一件が俺に効いちまったのか、やりやがる!
{グ……クフフ……今さら気づいたとて! 心を晴らしたとて! おヌシら、この量の邪気を取り込む気かぇ? 童の身には過ぎるのではないかぁ?}
〔甘ぇ!〕
「超、甘ーい!! ばーか!」
〔凪ッ! 今度は爆竹じゃなくて、濃くなったアイツ《闇》を握り潰すくれぇ、デカくて強力なヤツ行くぜ!〕
「おうーー!!」
「〔デュアル・アクションッ!!〕」
確かに過剰な邪気は凪の体に毒だ。
だったらその分、俺が力として放出すればいい!
俺だけなら、凪だけならこんなことは出来ねぇ!
俺らだから出来ンだよっ!!
{今のは唱えんでも良かったんではないのか!?}
「やぼっ! これはロマンだー!!」
〔例えばオマエが変身するなら、それを終えるまで待ってやるっ! コレは紳士協定だっ!〕
{変身なんぞせんわ!……変身!? 死郎! 妾がおヌシを抱えて走れる姿となれば、この場は何とかなるやも知れぬっ!}
おうおう!
こんな人気の無い場所、もってこいのステージだろうがっ!
お前も目一杯で来いっ!!
{目の前にちょうど良い姿をしたのがおる。紳士協定とやらに感謝しながら、じっくりと模してやろう!}
闇が朧げに纏っていた濃い邪気が収束していく。
そもそも人の形に寄ってきていたのに、その輪郭がはっきりしてきやがった。
何で見えてもいない裸の人間を模ってんだよ?
ちげぇわ、見てんじゃなくて、感じてたのか。
……おい、何で回転し始めた?
細部まで人に寄って……あっ、着物を着やがった……目で俺を見やがったな?
{新生、妾、爆誕!}
邪気を衣のように揺らしながら地面に降りてきた……
あっ、何だそのキメポーズは?
もうノリノリじゃねーかよ。
凪、“おー”じゃねーよ。拍手もいらねーって。
……あん?
色々ととっ散らかってた邪気が片付くと、残ったのに目がいった。
〔何だぁ? 闇の足元に居るデップリ膨らんだヘンテコなのは?〕
腹ん中、ありゃあ邪気で膨れてんな。
「鼻の長い……獏かなー? というか、あれがシロウじゃー?」
俺らの会話を聞いて、それを闇が大事そうに抱き抱えた。
どうやらシロウで間違いなさそうだ。
もしかしてアイツ、アレに乗ってたんじゃ? あんな太ってたら、そりゃ足も遅いわ…
{クハハッ! おヌシらの馬鹿に付き合ったおかげじゃな! もう今の妾を追うことなんぞ叶わぬぞ? ではな! クハハハハ――はぎゃぁーーっ!?}
……あまりの俊敏さに、俺の目は闇を追いきれなかった。
凪も、その表情から、同じだったに違いねぇ。
闇の変身中にしこたま周囲に仕込み続けた“邪気捕縛装置”の一つに引っかかってくれて良かったよ。
なんかギャーギャー聞こえてくるが、俺の造ったモンが苦いとか、真似した着物の裾が邪魔だったとかそんな文句だろ。
そんな闇に躊躇いもなく近づいた凪が、“とりま〜”とか言いながら、砂浜の闇に意向とやらを刻まれた石を押し付けた。
{ぅおのれ、はかりおったなぁー―――!!}
お互いな。
石に闇とシロウが雑に吸い込まれていく。
三郎を阿保ほど調べた俺からしたら、この石の効果に違和感しかねぇ。
闇の性格なら、もっと丁寧に作り上げると思うんだが?
違うな、この程度しか力が残ってなかったのか。
やっぱ憎めねぇな。
〔うっし! 凪!〕
「うん!」
「〔頂いていくっ!!〕」




