取り越し苦労
この者のこれまでの活動や話を聞く限り、逃げ出した分身と邪気が今すぐに問題を起こすことはなさそうですが、対策もなく反射的に動こうとする子供たちには一呼吸おいていただきたかった。
そんな、今にも動き出しそうな湊くんたちを引き止めたのは、この事件の首謀者でした。
…いい加減、呼び名を決めませんか?
『これほどの考えや行動力を持つあなたのお名前、是非とも私たちにお聞かせ頂きたいのですが…よろしいですか?』
姿を見せた頃と比べれば、随分と人の姿に寄ってきましたね。
機嫌良さそうに胸を張る姿を見せたあと、腕を組み……何ですか、その表情。
{…名前は、まだ無い}
そうですか。
{そうじゃな…この地に集った邪気や穢れ、澱みより生まれたのじゃ…その積み重なった先に迎える華やかな災い……そう、妾のことは“禍”とでも――}
「それ無しでー。売り切れ」
凪くんが間髪入れずに割り込みました…禍は楓のかつての名前ですし、気に入っておられましたからね。
首を垂れて頭をかく楓は、過去の自分を見るような気持ちなのでしょうか…?
{名が…売り切れ? まぁ、もう無いのであれば仕方ない…無いのか。…ヤミ…闇で良いわ。}
“うむ、我ながら悪くない”と聞こえてきますが、聞き違えてしまいそうで困る名ですね…
顔を上げた楓と、それを見る凪くんの表情は何を思うのか。
{しかし、クマ…熊か。妾を邪魔する者の名が畜生と同じとは、もってこいじゃな! クハハハ}
楓と凪くんの反応から、自身で付けた闇という名が好評だと思って調子に乗って…
「強い人に尊敬を込めて熊とか虎とか、例えるようにつけるんだよ?」
柔らかな笑顔を浮かべた湊くんが説明をしてくださっていますが…多分、闇はその辺りを理解した上で煽っていると思います。
息をするように、そこに発生する負の感情を得る存在なのでしょう。けれど…
「ではお前は猿じゃな! クッハハハハハ!」
「うきっ」
猿のような声を上げた湊くんが胸元のお守りに触れると、弓を持った霊体の腕が現れました。
{あ? なんじゃ? 腕が増え…ちょっ、その物騒なもんをしまわぬか!}
たじろぐ闇を見て、景くんもお守りに触れようとしましたが、結が止めてます。
私も湊くんの行動に便乗はやめておいた方が良いと思いますよ?
「うきき?」
{ちょっ、何言ってるのか分からないって首を傾げるのやめろっ! 何するか不安しか無いわっ!? あっ、わら、妾が悪かった、すまん…すまんかった!}
…今にも弓を放ちそうな仕草はこちら側も少々不安に駆られました…
湊くんなので安心して良いのでしょうが……湊くんなので。
「口は災いのもとだよー?」
景くんが引いてます。真似しなくて正解でしたね?
禍…いえ、闇に襲いかかる湊とは、恐ろしい。…知ってましたが。
{…おヌシの名と共に、胸に刻んでおくわ…}
それが良いです。
「んふふ、僕の名前は湊だよ」
良い笑顔されてまぁ…
―――
『逃げ出したおぬしの分身らを捕まえる必要があるんじゃが、良い案は無いか?』
{ぬかしおる。何故、妾が捕まるための助言をせねばならぬのだ? 阿呆か?}
「いや、捕まえるにしても、こいつは最終的にどうするんだ?」
『色々と考えさせられることはあります。闇が呼び寄せた者は、最近では悪行を働く前に邪気を失っていますし…そのまま帰るものもいれば、町を堪能して帰るものも居ると思うのです』
「それ! もう普通にお客さんじゃん。来るきっかけは良く無いけどさ」
{クハハハハ! 妾の術、精度が高まりすぎて…育つ前の邪気を集め始めてのう…}
なるほど、術が成長過程にあると取りました。
景くんが説明してくれたマクロで言えば、今の闇に“一定以上の邪気濃度になったら回収”といった条件を足す知識を与えてしまえば、町に被害が出るでしょう。
「文句言うための理由で町に来て欲しくはないけどなぁ…」
「いや、まぁそうだけどさぁ」
〔予想外に堪能できて帰った奴らが居るってんなら、人に依っちゃぁ良い切っ掛けにもなるんじゃねぇか?〕
「嫌いなものを食べてみたら美味かったー、みたいなー」
〔はは、それいいな〕
{ごちゃごちゃ煩いのぅ…妾は邪気が集まればなんでも良いんじゃ!}
『その方法次第では、この地に生じた災として滅せねばならぬが…?』
{おーおー。物騒なことを言いおる。妾と馬鹿は共存できると言うのに…おヌシらときたら…}
「何にしても不快な思いを切っ掛けにして、この町に来て欲しくないよ」
「この町に来るまでずっとイライラしてるならー、その間で事故とかもありそー。やっぱダメじゃん」
「うん、ナギそれ。 邪気が抜けるまでの間も、その人が周りに迷惑かけたりするって」
「〔あー…〕」
邪気を得られれば良いだけの闇。
この町で得られるものだけを見ている結・楓と、動機に合点のいかない景くんと凪くん。
そして、私たちの見解として、“この町が切っ掛けで誰かを不快にしたくない”と纏まりそうですね。
{ククク…ハハハハハ! もう馬鹿による負の連鎖は始まっておる。おヌシらでは…いや、妾でも止めることなど出来ぬよ}
あー、そこは大丈夫ですね。
「いや、SNSの炎上って皆すぐ飽きるから、負の感情だけならすぐ終わると思う。そっか、闇がそれしかしてないなら、これ以上心配しなくて良いかもね」
{はぁ? 何故じゃ!? 今でも他県から変わらず来る者がおろう! そう、妾の術中にハマった可愛い馬鹿どもが! 止めることなど出来ようものかっ!}
『誰もが多かれ少なかれ負の感情を抱え、それと向き合うとる。夏を終えて人が来ておるのは、普通にこの季節の釣りを楽しみに来ておる客じゃな』
{なん…じゃと…?}
いつものようにこの町へ遊びに来た方々の、僅かな心のしこりまで癒せるのであれば、私たちが想定した以上の体感を提供できているかもしれません。
“そうなの?”と、膝から崩れ落ちた闇が何を思うのかは分かりませんが、今後の立ち振る舞いは大いに気になる存在となりました。




