第5話 小麦乙女(後編)
===行方不明===
クエストの中には、他のパーティーと合同で請負うものもある。
特に難易度の高いものは、王国直像の白百合騎士団が受け持ち、その補助員として一般パーティーが参加することになる。
今回は、小麦乙女に声がかかっていた。
レオンが一時加入してからというもの、彼女たちの名声は上がっていた。
それで、目をつけられたようだ。
それに、白百合騎士団は女性だけの組織だ。
小麦乙女も女性だけのパーティーだということで都合がよかったらしい。
レオンは、そのことを知ったのは、手遅れになった後だった。
宿で【擬態】の練習をしていると、ドアを強くたたく音が響いた。
慌てて服を着てドアを開ける。
そこには、マーヤがいた。服は泥だらけで、顔に生気がない。
一目見ただけで、緊急事態が起きていることが分かった。
「リオナが、いなくなった!」
必死の形相でマーヤが言う。
「私とリオナは、ギルドで白百合騎士団に声をかけられた。これからクエストに行くんだけど、補助員として参加しないかって。リオナは喜んで、同行した。私は貴女も一緒にと考えたけど、白百合騎士団はすぐにでも出発したいらしくて、その暇がなかった」
それを聞き、レオンは背筋に冷たいものを感じた。
ここの人族は、セルヴァンナの本性を知らない。
白百合騎士団の内情についても、表層的なことしか知らないだろう。
「私達は、白百合騎士団と一緒に魔物の討伐に向かっていた。討伐自体は、順調に終わった。その後、野営をしたんだけど、朝になったらリオナがいなかったの」
「白百合騎士団は、何て言っていますか?」
「心当たりはないって。途中で面倒になって帰ったのだろうって言ってた。でも、そんなわけがない! あの子は白百合騎士団が大好きだったし、一人で帰るはずがない! 探しに行きたい! 手伝って!」
その声は震えていた。
マーヤも、リオナがどうなったのか薄々察してはいるのだろう。
だが、認めたくはないのだ。
もっとも、生きている可能性はゼロではない。
レオンはすぐに支度をすると、マーヤと一緒に野営地に向かった。
===白百合騎士団との遭遇===
リオナの死体を見つけるまで、さほどの時間はかからなかった。
彼女の死体は、野営地から少し離れた場所にある川岸にあった。
一目で、事故に遭ったわけでも、魔物に殺されわけでもないことは分かった。
身体には無数の刺し傷があった。
圧倒的な実力差で甚振られたのだ。
マーヤは遺体に駆け寄ると、必死に呼びかけた。
だが、その呼びかけに遺体が応じるはずもなかった。
そこに、白百合騎士団の団員が現れた。
騎士団の制服を着た二人の女性エルフだ。
「あれ、誰かいる」
「その死体、回収させてもらっていいかな? 同行してくれていた子だから、私達が丁重に対応させてもらうよ」
彼女たちの姿を見た瞬間、自分の中にある魂が復讐を呼びかけた。
セルヴァンナに殺された記憶がフラッシュバックする。
それだけではない。
エルフに殺された人族たち――。
その記憶が、
その怨嗟が、
その憤怒が、
その屈辱が、
その復讐心が、
一気にレオンの中で爆発した。
「……これが白百合騎士団のやり方ですか」
出来る限り感情を抑えながら、レオンは尋ねた。
対するエルフの騎士は、嘲笑を浮かべた。
「ああ、もう、分かっちゃってる感じ? 分かってない振りをしたら……うん、無理だね。その死体を見つけちゃった時点で、君たちは殺さないといけなかった」
そう言って、騎士は杖剣を構えた。
これは剣に魔法の効果を乗せることが出来る魔道具だ。
貴重なものではあるが、白百合騎士団の一定以上のメンバーは全員が持っている。
「一応聞いておきます。何故、彼女を殺したのですか?」
「何故って“通過儀礼”のためだよ」
「通過儀礼?」
「白百合騎士団に入ったら、人族を殺すことになっているんだ。それが出来なければ、誇り高きエルフの騎士としては認められない。その子も、白百合騎士団に殺されて光栄だっただろうね。ああ、もしかして、知り合い? エルフなのに、人族と仲良くやってるの? ああ、それとも、仲良くするふりをして、自分で殺すつもりだった? 獲物を横取りした形になるのかな? それは、申し訳ないことをしたね」
「彼女は、私の仲間です」
「へぇ、面白い。それならそれでいいや。それじゃあ、彼女の最後を知りたいよね? 特別に教えてあげようじゃないか」
エルフは、もう一人のエルフを見る。
おどおどしている気の弱そうな女性だ。
彼女ははにかみながら言う。
「あの、そちらの人族は、マーヤさんですよね? 一緒にクエストに行ったナイアです。あ、説明でしたね。えっと、人族を一人殺すという課題でしたので、リオナさんを呼び出しました。そして、事情を説明して、彼女を殺そうとしました。残念なことですが、彼女は抵抗しました。私達に勝てるはずがないのに。そのことに気が付くと、今度は逃亡を図りました。そして、マーヤさんを起こすためにテントの中に行きました。とても幸運でした」
「幸運?」
「マーヤさんには、睡眠薬の入った飲み物を飲ませておきました。ですから、少しのことで目を覚ますことはありません。貴女を人質にしたら、彼女は簡単に武器を捨てました。後は、いたぶるだけです」
その言葉は、どこか自慢げに響いた。
やるべきことをやり遂げた、とでも言うような誇らしさ。
そこに罪悪感などは一切ないようだった。
「分かったかな。彼女は、君のせいで死んだ――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
===マーヤの復讐===
レオンはスキル【居合】を使って、瞬時にエルフの首を切っていた。
先ほどまではにかんでいたもう一人は、状況がつかめていないようで、立ちすくんでいた。
「降参するなら、武器を捨てろ」
レオンに言われ、ナイアは剣を捨てる。
「降参します。でも、貴女もエルフなら、こちらの味方なんじゃ……」
「お前たちと一緒にするな」
そう言いながらも、レオンは剣を鞘に戻した。
それを見たナイアは、少しだけ気を抜いたようだった。
その瞬間――彼女の胸に剣が突き立てられた。
やったのは、マーヤだ。
怒りの形相を浮かべ、歯を食いしばりながら刃を進める。
「下等な人間に殺される気分はどう?」
「そんな……」
マーヤが剣から手を離すと、ナイアは倒れた。
まだ意識は残っているようで、苦しそうに呼吸をしている。
その度に、口から血が溢れた。
「助けて……」
「それ、誰に行っているの?」
祈り語彙をするナイアに、マーヤは追撃を加える。
顔面を何度も踏みつけた。
原型が残らないほどに、何度も何度も。
涙をこぼしながら、怒りをぶつけていた。
「マーヤさん、もう止めてください」
「……リュミエルさん」
レオンに声をかけられ、ようやくマーヤの動きが止まる。
彼女の服は返り血だらけになっていた。ナイアは既に絶命している。
レオンはスキル【魔喰い】を使った。
すると、二人分の死体がレオンの右手に吸い込まれていった。
「それは……」
「私のスキルです。こうすることで、相手の記憶や経験値を得ることが出来ます」
それを聞いたマーヤは、動きを止めた。
レオンを見ながら、何かを考えているようで――。
少しするとレオンに尋ねた。
「それじゃあ、リオナも吸収できる?」
それを聞き、レオンはマーヤを見る。
まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
「あの子には身内はいない。故郷の家族は、野盗に殺されている。その野党は、冒険者になったリオナが殺した。彼女は、ちゃんと復讐をしたい子なんだ。だから、貴女の中にいて欲しい。貴女の中で、復讐に参加させてあげて欲しい」
「出来ますが、しません」
「何で?」
「【魔喰い】を使えば、対象者の記憶を得ることが出来ます。でも、それはやってはいけないことです。本人が隠してきたこと、本音、そういうものを無理矢理開示させるものです。ですから、罪のない人に対して、本人の同意なしに【魔喰い】は使いません。絶対に」
レオンは、マーヤの肩に手をおく。
「それに、記憶を継承したところで私がリオンになれるわけじゃありません」
「……分かっている」
「だから、彼女はここで弔おいましょう。町に戻れば、白百合騎士団が貴女を探すかもしれません。町で弔うことは出来ませんから」
===約束===
リオナの遺体は、出来るだけ見晴らしのいい場所に埋葬した。
そこには、レオンとマーヤだけが分かる目印をつけてある。
「マーヤさん。貴女は、これから、どうしますか?」
「分からない。とにかく、リオナと一緒に、安全な依頼を受けて生きていくつもりだった。でも、リオナはもういない。方針とかは、もうない。でも、生きていくしかない」
「そうですね」
「この町を離れて、どこかで静かに暮らそうと思う。その後のことは、まだ分からない」
レオンは頷いた。
彼女たちのために出来ることは、もうない。
「ねぇ、リュミエル。貴女、白百合騎士団と敵対しているんでしょ? リオナが殺される前から」
「何故そう思ったのですか?」
「見ていれば分かるよ。白百合騎士団のエルフを見たときから、貴女の中には抑えきれない怒りがあった。必死に抑えようとしていたけれど、それも無駄。これから、白百合騎士団と戦うつもりなの?」
「……そうです」
「それじゃあ、お願い。貴女は生き残って。何をしてでも、生きて。そして、いつか私に会いに来て。そうでないと――リオナについて、話す相手がいなくなっちゃう」
「ええ、分かりました。約束します」
その約束を果たせるかどうかは分からない。
レベルは上がったが、それだけではセルヴァンナに勝てないだろう。
だが、これ以上待つことは出来なかった。
リオナの死をきっかけに、その怨嗟が活性化していた。
もはや、レオンには抑えられなくなっていた。
復讐を実行に移すしかなくなった。
その為には、策を用意する必要があった。
セルヴァンナの固有スキル【神意不墜】を潰せる策を。




