第3話 ダンジョン攻略(後編)
===守護人形===
ダンジョンの深部は毒がある以外は、他と変わらなかった。
ここの魔物の厄介なところは、そのどれもが強力な毒を有していることだ。平凡な冒険者なら、近付くだけで命取りになる。
だが、レオンには【毒無効化】のスキルがある。
彼にとって、毒は何の問題にもならなかった。
順調に歩みを進めていくと、あっさりと迷宮の最奥にたどり着いた。
そこには、場違いなほどに立派な城が聳え立っていた。
中に入ると、無数の屍が転がっていた。
どれも干乾びており、生命の気配は一切ない。
『何もいませんね。本来なら、ダンジョンコアを守る“ダンジョンマスター”がいるはずなのに』
「そうだね」
スキル【気配察知】を使ったが、反応はゼロ。
ダンジョンマスターが存在しないというのは、都合が悪い。
マスターを倒してダンジョンコアを手に入れる。
それを使って、このダンジョンからテレポートで脱出する。
これがレオンの計画だった。
失敗すれば、ノワールに見つかってしまう。
だが、とにかく進むしかない。
レオンは警戒をしながら、奥へと進んだ。
そして城の中心部――玉座らしき場所にたどり着いた。
玉座には“人形”が座っていた。
古びたドレスを着た女性型の人形――モデルはエルフだろうか。
その相貌は不気味な美しさを讃えていた。
陶器のような無機質で白い肌には、小さくないひびが走っている。
――壊れているのか?
そう考えた瞬間、カタリという音がした。
人形の内部で、何かが回転するような低音が響く。
そして――人形の目がレオンに向けられた。
『避けてください』
「え?」
反射的に身体を反らす。
直後、レオンの顔があった空間を光線が貫いた。
爆発音と共に、壁に大穴が開く。
レベルが上がっていなければ、反応すら出来なかっただろう。
『しっかりしてください』
「あれ、何!?」
『人ではありませんね。おそらく『守護人形』でしょう。古代文明の遺産で、動く物には高値が付きます。破壊せずに動きを止めることを推奨したいところですが――』
「無理!」
『ええ、分かっています。とりあえず、死なないように頑張ってください』
レオンは剣を構え、人形へと踏み込む。
その瞬間、人形の身体から四本の腕が追加で伸びてきた。
それぞれに剣を握っていて――その手首が回転し始めた。
鋭利な刀身が高速回転しながらレオンに差し向けられる。
たまらず、レオンは距離を取った。
すると、今度は光線がレオンを襲った。
すんでのところで躱したが、すぐに次の光線が迫る。
近づいても遠ざかっても、圧倒的な攻撃がレオンを襲う。
レオンは短剣を【解放】し、人形に向けて投擲した。
だが、回転する剣で簡単に弾き飛ばされた。
全く隙が見当たらない。
『防戦一方では勝てませんよ』
「分かってる!」
そうは言ったものの、躱すだけで精いっぱいだった。
普通の攻撃では、勝ち目はない。
だが、普通でない攻撃なんて――。
「あ」
そこで、ようやく気付いた。
今のレオンは、これまでの彼とは全く別の存在となっていた。
深淵喰いを吸収し、沢山のスキルを得ている。
そもそも、身体からして別人のものになっているのだ。
これまでの常識など、邪魔なだけ。
レオンは、ある”スキル”を使用した。
そして、覚悟を決めて、再度人形の前に姿を現した。
人形はすかさずレオンに剣を差し向けた。
だが、レオンはスキル【剣豪】を使ってその攻撃を受け流した。
何度か身体を切られたが、問題ない。
深淵喰いを吸収している彼の身体は、すぐに修復される。
それを確認したことで、レオンは冷静になることが出来た。
よく観察してみれば、回転する剣にも弱点があった。
ジャイロ効果によって、方向転換をしにくくなっているのだ。
――何だ、隙だらけじゃないか。
見た目こそ派手だが、避けることは容易だ。
レオンは思い切って、人形の懐に飛び込んだ。
人形の腕を一本切断すると、人形はバランスを崩した。
その隙を見逃さず、残りの腕も切り落とす。
レオンは、勝利を確信した。
だが――人形の猛攻は終わらない。
それどころか、まだ始まってもいなかった。
≪脅威を認識。これより、殲滅に移ります≫
無機質な声が響く。
どうやら、これまでのレオンは脅威として認識されていなかったらしい。
『重力』
突然、レオンの身体が横に引っ張られた。
バランスを崩したところに、人形の口から無数の針が射出される。
回避を試みるが、間に合わなかった。
無数の針が、レオンの身体に突き刺さる。
『危ない所でしたね。【毒無効】がなければ負け確定でした』
針には、強力な毒が塗られていたらしい。
だが、スキルのおかげで動くことが出来ている。
≪驚異の残存を確認。フェイズⅡに移行――≫
人形の内部から、複数の音声が同時に響く。
それぞれが魔法の詠唱をしていた。
それは、未知の言語によるもの。
≪――――≫≪――――≫
≪――――≫≪――――≫
――≪収束≫。
四重詠唱魔法。
古代に存在したと言われる魔法概念。
その場の“法則”までも捻じ曲げる失われた技法だ。
詠唱の途中から、部屋の四方に魔法陣が現れた。
魔法の対象は、この空間全てだったようだ。
『逃げることを推奨します』
疑似人格に言われる前に、レオンは行動に出ていた。
何かが起きている――それだけは理解していた。
だが、それでも遅かった。
レオンは身体の自由が利かなくなり、床に倒れた。
何とか立ち上がろうとすると、右足が爆発した。
――強制的に魔力が暴走させられている!?
反撃どころか、立ち上がることすら出来ない状態だ。
『これはもう、ダメかもしれませんね』
疑似人格の声が遠くから聞こえる。
思考がおぼつかない。
レオンはその意味すら理解することも出来なかった。
動きも思考も封じられた。
人形はゆっくりとレオンに近づいてくる。
絶体絶命――レオンはダンジョンの最奥で敗北した。
――そのはずだった。
===辛勝===
『おめでとうございます。レベルが上がりましたよ』
疑似人格の声で、レオンは目を覚ました。
目の前には、崩れ落ちた“人形”が転がっている。
レオンの戦略が、奇跡的に功を奏していたのだ。
レオンの策――それは“時間稼ぎ”だった。
人形の前に姿を現す前に、スキル【有毒化】を使っていたのだ。
それにより、この空間の空気に“腐食毒”を漂わせた。
腐食毒の中で高速移動をしていた人形には、その毒が大量に付着した。
それが人形の関節を少しずつ腐食させていき、動きを鈍らせていた。
また、経年劣化により、人形には様々な箇所にひびが入っていた。
そこから腐食毒が入り込み、内部まで侵食されたのだ。
レオンが倒れた時には、既に致命的な破壊が人形内部で行われていた。
一度倒れた人形は、二度と立ち上がれなかった。
動けば動くほど、崩壊は早まった。
そして――レオンが倒れてから数分後には、全く動かなくなっていた。
===ダンジョンコア===
『危ないところでしたが、何とか勝てましたね』
「正直、死を覚悟していたよ」
レオンはゆっくりと立ち上がった。
最後の攻撃のせいか、まだ身体の調子がおかしい。
深淵喰いの特性を得てもこの有様だ。
生身のまま攻撃を受けていたら、確実に死んでいた。
「とにかく、これでダンジョン制覇――ということでいいんだよね?」
『ええ、勿論です。ダンジョンコアもありますよ』
人形の残骸の中に、宝石のように輝く物体があった。
これがダンジョンコア。
これがあれば、ダンジョンの管理権を得られる。
レオンはそれを手に取った。
『レオン は ダンジョンコア を 手に入れた』
「変な言い方」
『少しは雰囲気が出るかと思いました』
「よく分からないけど、まぁ、いいか」
レオンはダンジョンコアを握り締める。
これで、ダンジョンの管理権はレオンに移った。
だが、コアの役目はそれだけではない。
それぞれのコアは、固有の“能力”を秘めているのだ。
「……起動」
コアから漆黒の粒子が溢れ、レオンの右腕を包み込む。
すると、黒色の禍々しい前腕甲が形成された。
「これが、《幽樹迷宮》のダンジョンコア」
『機能はよく分かりませんが、おそらくとても強固な防具なのでしょう。重さはどうですか?』
「全く感じない。何もつけていないみたいに軽いよ」
『そうですか。その前腕甲の機能については、後日調べることにしましょう。それよりも、ここから転移したほうがいいですよ』
「もしかして、長い間気を失っていた?」
『ええ、丸一日。そろそろ、ノワールがダンジョンに入って来るかもしれません。もしかしたら、既に来ている可能性もあります』
レオンの背筋が冷えた。
ダンジョンコアには脱出機能があるが、転移先がどこになるかは分からない。
それは、古の昔に設定されたものなのだ。
一応、地上ではあるはずなのだが――。
古代の地上が、今も地上である保証はない。
「ちなみに、土の中という可能性は」
『十分にあり得ます。当時は地上だった場所に、何かが建築されていることもあります。また、地形の変化が起きている可能性もあります』
「だよね」
『十分にあり得ます』
「なんでわざわざ強調したの!?」
『悩んだところで、結果は変わりません。ノワールから逃げ切るか、ダンジョンコアで脱出するか――好きな方を選んでください』
人形を倒して、レオンのレベルは100を超えていた。
だが、それでもノワールに勝てる可能性はほぼ0だ。
選択肢など、最初から存在しない。
「それじゃあ、行くよ」
レオンは、ダンジョンコアを起動した。
その瞬間、前腕甲が脈打つように震え――。
レオンの身体は、幽樹迷宮から消えた。
彼が転移した先は――。




