第9話 騙し打ち(前編)
===セルヴァンナの帰路===
救世烈団の会合を終えたセルヴァンナは、解放された気分になっていた。
救世烈団は、世界でも最強の人員を集めた組織だ。
そこに明確な上下はない。
だが、実質的な上下関係――それも絶対的なものがあった。
リーダーであるアレクだけは、彼らの中でも別格だった。
どのような策を弄したとしても、彼を殺すことは出来ないだろう。
彼以外の七人が結託したとしても、傷一つつけられないかもしれない。
救世烈団はアレクを持ち上げるための場所となっていた。
出来ることなら、誰かに今の地位を明け渡したいくらいだ。
もっとも、そうなれば彼女はアレクに殺されてしまうだろう。
固有スキル【神意不墜】があったとしても、対抗できる気がしない。
今は、一刻も早く聖白院に戻りたかった。
あそこは彼女の城だ。
誰も彼女を脅かさない。
今日は“人狩り”のイベントが行われているはず。
そのことを楽しみにしながら、帰路についていた。
===異変===
聖白院に到着したとき、セルヴァンナは異変に気づいた。
イベントの開始直前に張られるはずの結界が、既に作られているのだ。
――もしかして、もう始めたのか?
確かに、いつもより帰るのが遅れてはいた。
だが、先に始めるとは思えなかった。
あるいは、リュミエルが何か面白い事でも考えたのかもしれない。
だが、それも違った。
聖白院の中が、シンと静まり返っているのだ。
通常であれば、獲物となる人族たちが逃げ回っているはずだ。
だが、人族は一人もいない。
その代わりに――。
ありとあらゆる場所に、団員たちの死体があった。
彼女たちは、剣で斬られて絶命していた。
切り口も様々だった。
手練れによるものもあれば、何の技術もない素人がつけたようなものまである。
「何が起きている……」
セルヴァンナは修練場に行った。
そこには、リュミエルがいた。
彼女の身体は、団員たちの血で真っ赤に染まっていた。
「ああ、お帰りなさい、会合はどうでした?」
リュミエルが、いつも通りの表情で尋ねた。
「……これは、どういうことだ?」
「見てのとおりです。私が殺しました」
「何故だ?」
「それが必要だったからです」
「そうか」
セルヴァンナは聖剣を出した。
こうなってしまっては、リュミエルとの戦闘は避けられない。
そして、彼女と戦うのであれば、実力の出し惜しみをする余裕はない。
「動揺、しないんですね。仲間の死体があるのに」
「そうだな。私も驚いている。まさか、これほどまでに心が動かないとは思わなかった。悲しいとも悔しいとも思わない。まぁ、少し面倒なことになったとは思ったが」
答えると同時に動いた。
その動きに、リュミエルは反応することも出来なかった。
「もしかして、訓練の時の動きが全力だと思っていたか?」
セルヴァンナの聖剣が、リュミエルの手足の腱を斬った。
これで、彼女の筋肉は身体を支えることが出来なくなった。
リュミエルは受け身を取ることすら出来ず、地面に倒れた。
その姿を見て、セルヴァンナは――。
「リュミエル。私が今、どんな気分でいると思う?」
「……最悪の気分なんじゃないですか?」
「そんなことはない! リュミエル、君は最高だ!」
「は?」
強がりではなかった。
セルヴァンナは嬉々として告げる。
「君はすぐに私に身体を許した。だが、心までは手に入れていなかったようだ! おかげで、これまでにない快感を期待できる。さぁ、愛しいリュミエルよ! 私達の最後の儀式を始めようではないか!」
そう言って、セルヴァンナはリュミエルにキスをした。
そして、彼女の身体を担ぐと、地下室へと向かった。
===地下室===
地下室には、人族が閉じ込められている。
ここの鍵はセルヴァンナしか持っていない。
しかも、普段から持ち歩いているため、盗むことも出来ない。
ここは、セルヴァンナだけのための空間なのだ。
扉は特別な素材で出来ており、過剰なほどに重厚。
破壊も不可能。
一度閉じ込められたら、脱出することは出来ない。
「ここは、拷問をするために作った地下室だ。大声を出したところで地上には聞こえないから、安心してくれ。もっとも、敷地内にはもう誰もいないが」
地下室には、牢屋が十一個あった。
まず、出入り口となっているドアの左右に二つ。
他の壁際にはそれぞれ三つずつある。
部屋の中心にいる者は、いつでも“囚人”の様子を窺えるというわけだ。
部屋の中央には、何故かベッドが置かれていた。
リュミエルには、それが悍ましいもののように感じられた。
「リュミエル、彼女を見てくれ」
セルヴァンナが指名したのは、黒髪のメイドだった。
「彼女の名前は、ミナ。私のお気に入りの一人だ。かつては、彼女のことを愛していた。彼女を痛めつけ、恐怖の感情を向けられると興奮した。憎悪を向けられても興奮した。彼女は、私にとってもっとも愛しい存在だった!」
セルヴァンナは視線をリュミエルから離さなかった。
「いいか、リュミエル! 私はこれまで、数多の人間を愛してきた。そして、拷問し、殺害してきた。それが快感だった。だが、君に出会ってから私は変わったのだ。ここ一か月、私は人族を一切殺していない! 何故だと思う? 君に出会ったからだ! 私の感情を動かす頃が出来る最上のエルフである君が現れたのだ! どうやってかわいがるか考えている方が、興奮するのだよ!」
セルヴァンナは狂気を隠さなかった。そして、ゆっくりと布で隠されている“器具”のところへと移動した。
「君は、アイアンメイデンというものを知っているかい?」
「針がたくさんついた拷問器具ですよね」
「あれは、とても詰まらないと思わないかい? 鉄で出来ているから、柔肌に針が突き刺さる様を見ることが出来ない。苦痛の声は聞こえてくるが、いささか物足りない。そこで、聖なる私は考えた! アイアンメイデンを透明にすればいいのだと!」
セルヴァンナは、布を取り去った。
現れたのは、透明な素材で作られたアイアンメイデンだった。
内部の針まで透明になっている。
「これなら、恐怖に歪む表情を最後まで干渉することが出来る。針が身体に刺さって耐えがたい痛みに身を捩らせるが、刺さった梁によって更に痛みが増す。君がその涙と涎と血にまみれた姿を見せたら、私は一つ上のステージに行くことが出来るだろう!」
更に続ける。
「さて、君は疑問に思うだろう。こんなことをしたら、死んでしまうのではないかと。至高の拷問具は五つもあるのに、君は一人しかいない! だが、案ずることはない! こんなこともあろうかと思い、エリクサーを五本ほど用意しておいた! 限界ギリギリまで苦しめたら、エリクサーで復活させてあげよう! これほど栄誉なことはない!」
セルヴァンナの口からは涎が垂れていた。
「よし、善は急げだ! まず、君には苦しむ人族を見てもらおう」
「……何のために」
「決まっているじゃないか。下ごしらえだよ。美味しい料理を作るためには、下ごしらえが必要だ。それと同じことだよ。君に最大限の恐怖を与えるためには、どんな目に合うかをはっきりと認識させておかなければならない。その苦痛が自らに降りかかることを想像してもらう必要がある」
だから、この構造なのだ。檻に入れた人族たちに、苦しむ様子を見せつける。
そうして、恐怖を煽り、植え付けるのだ。
先ほどのミナが連れて来られる。
彼女は恐怖で顔を歪めながら叫んだ。
「許してください」
「入らなければ、殺す」
「入ったら死にますよ!」
「それはそうだが――うん、駄目だな、この個体は」
その刹那、わずかな殺気が漏れる。
聖剣が振るわれ、ミナの首が刎ね飛ばされそうになった。
だが、ミナは姿勢を崩して聖剣の一撃を躱していた。
もっとも、それは彼女の隠れた才能が開花したわけでも、隠し持っていた実力を発揮したものでもない。
彼女は、美しいエルフに庇われていた。
===宣戦布告===
リュミエルは姿勢を反転させながら、セルヴァンナに向けて剣を振るう。
だが、それは聖剣であっさりと受けられてしまった。
その次の瞬間には、刀身が切断されてしまっていた。
だが、リュミエルに焦りは見えない。
その様子をセルヴァンナは不思議そうに見ていた。
「どうして立ち上がれる? 手足の腱は切ったはずだ」
「秘密です」
リュミエルが堂々と立つ。
「本当なら、もう少し我慢するつもりでした。貴女が完全に油断しきるまで、泳がせておくつもりでした。でも、我慢できなかった! “私の中にいる怨嗟”が叫ぶのです! 彼女たちを助けろって!」
そこにいたのは、まるで別人だった。
セルヴァンナを死体、従って来た彼女はいなかった。
「セルヴァンナ・アウレ! いざ尋常に勝負!」




