第5話 入団試験
===リュミエル===
セルヴァンナが救世烈団の合同遠征から戻ってから、一か月が経過した。
この日は、白百合騎士団の入団試験が行われることになっていた。
会場となるのは、聖白院の修練場。
そこで実力が認められれば、正規の騎士となることが出来る。
そうでなくても、素質が認められれば見習いとして所属することが出来る。
今回の試験では、三十人ほどの女性エルフが受験生として集まっていた。
試験を通過できる者は少ない。
試験内容は、正騎士と戦って実力を見せるというものだ。
対戦相手は受験生が選べるが、正騎士は全てが実力者。
受験生が勝利することはほぼ不可能。
だが、少しでも良い所を見せる為、受験生は少しでも弱そうな正騎士を探すことになる。
それでも受験生たちは悉く敗北していった。
正騎士は、この聖白院で訓練を積み、更なる実力を持つようになっている。
受験生が勝てないのは当然だ。
ここまでで聖騎士に勝てた受験生は一人だけいた。
だが、その受験生はそれほど注目されていなかった。
今回の入団試験では、ひときわ異彩を放つ受験生がいたのだ。
彼女の名は、リュミエル。
彼女の出番はこれからだ。
それにもかかわらず、受験生の中で――。
否、正騎士を含めたすべての関係者の中で、彼女は“異質”だった。
その理由は、ただ“美しいから”というものだった。
絹のように滑らかで光沢のある銀髪。
陶器のように白く美しい肌。
その神秘的な雰囲気は、見るものすべてを魅了していた。
だが、それで試験内容が変わったりはしない。
正騎士と戦って、その実力を見せなければならない。
彼女が誰を指名するのか――。
団員たちは固唾をのんで見守っていた。
そこで、謎のエルフ――リュミエルはとんでもないことを言いだした。
「私は、アシェリア様を指名します」
リュミエルが指名したのは、聖務部長であるアシェリアだった。
聖務部の仕事は、騎士団としての表立った活動全般だ。
当然、武力による治安維持、戦時における軍の指揮も含まれている。
つまりは、武官としての側面もある。
アシェリアはそこのトップなのだ。
トップにいる者は名目ばかり立派で実力を伴わない場合がある。
だが、アシェリアの場合は違った。
彼女はその実力だけで、聖務部長の座を手に入れていた。
つまり、この白百合騎士団において、セルヴァンナを除けば最も強いエルフということになる。
受験生にとっては、もっとも戦いたくない相手だ。
「おい、止めておいたほうがいいぞ。大方、記念受験のつもりなのだろうが、アシェリア様が相手だと殺されかねない」
試験担当のエルフが忠告する。
だが、アシェリアはそれが気に入らなかったようだ。
試験官の首元に剣を突きつけながら、脅し文句を告げた。
「余計なことを言わないでくれるかな? 彼女は、このあたしを指名してくれたんだよ。嬉しい事じゃないか」
「……申し訳ありません」
これでリュミエルが翻意しようものなら、担当試験官は殺されていたかもしれない。
だが、リュミエルは全く動じていなかった。
「どうしてもアシェリア様がいいのです」
「いいねぇ。それじゃあ、やろうか。ところで、君の名前は何だったっけ?」
「リュミエルです」
名前を聞き、アシェリアは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「そう、リュミエル。私が相手をするにあたり、ルールを一つだけ追加させてもらうけど、構わないよね? 君も、記念に私と戦いたいなんて言ったわけじゃないでしょ? そんなことは考えてないよねぇ? だから、君が“思う存分戦えるルール”を追加してあげようと思うんだ! まさか、この大先輩を前にして、断ったりしないよね?」
「構いません」
「そう。それじゃ、追加ルール。“降参の禁止”」
つまりは、アシェリアの気が済むまで“試験”が続くということだ。
それは、“死ぬまで”ということを意味する。
普通の受験生なら、怯えて平静を保てなくなるだろう。
だが、この美しいエルフは全く動じていなかった。
「分かりました。では、こちらからもお願いがあります」
「何かな?」
「私が勝ったら、聖務部長の座を私に下さい」
「ぶふっ」
アシェリアは吹き出した。
とても愉快そうに。
「いいねぇ。その条件、呑むよ! セルヴァンナ様、構いませんよね?」
アシェリアは、遠くから様子を見ていたセルヴァンナに確認を取った。
すると「ああ、構わん」という返事があった。
誰一人として、アシェリアの勝利を疑っていなかった。
ただ一人――当事者であるリュミエルを除いては。
===試験開始===
二人は試験用の木剣を構えた。
試験官による『開始』の合図と同時に踏み込み、剣を振るう。
木剣同士が激しくぶつかる――はずだった。
だが、試験会場には甲高い“金属音”が響いた。
いつの間にか、彼女たちが持っている剣は、木剣ではなく金属製のものになっていた。
「君もアイテムボックス持ちか! いいね!」
アシェリアが楽しそうに言う。
この試験は、受験者と正騎士が戦うというものだ。
だが、木剣を使うという規定はない。
だから、自前の金属剣を使っても問題ない。
そのルールの穴を使い、アシェリアはリュミエルの木剣を切り捨てるつもりだった。
そして、徹底的に甚振るつもりでいた。
だが、リュミエルも同じことをしていたのだ。
久しぶりに出合った手ごたえのある相手に、アシェリアは喜んだ。
だが、その余裕は長くは続かなかった。
どれだけ打ち込んでも、相手は的確にそれを受けていた。
体力だけが削がれていき、腕が重くなってくる。
こんな相手は、これまで一人もいなかった。
アシェリアの持つ【剣豪】スキルによって強化された太刀筋を見切れる者など、セルヴァンナ以外にはいなかった。
それなのに――。
「君、何なの!?」
「受験生です」
リュミエルは、表情を変えずにそう答えた。
そこには、まだ余力があるように見えた。
アシェリアの中に、焦りが広がる。
どれだけ打ち込んでも、攻撃が通るイメージが全くわかなかった。
そこには、熟練の技術があった。
どれほどの研鑽を積めば、この域に達することが出来るというのか――。
スキルに頼りっぱなしのアシェリアには、想像もつかなかった。
「ねぇ、私の部下になる気はない?」
息を切らせながら、アシェリアは尋ねる。
だが、リュミエルは答えなかった。
その代わりと言わんばかりに、アシェリアの剣を弾き飛ばす。
「あ……」
ふと、アシェリアは声を漏らした。
手は痺れていて、すぐには剣を持てそうにない。
これほどまでにあっさりと敗北したのは、久しぶりのことだった。
「降参だ」
アシェリアはそう告げた。
敗北したにもかかわらず、悪くない気分だった。
彼女は、セルヴァンナと初めて戦った時のことを思い出していた。
あの時は――。
「降参は禁じられています」
「え?」
気が付けば、世界が回転していた。
その瞬間、理解した。
確かに、降参禁止のルールを自分で設定していたのだと。
そして――自分は首を斬られ、もう助からないのだと。
===目覚めた狂気===
アシェリアの首が地面に落ちた。
すると、受験生だけでなく、正騎士からも悲鳴が上がった。
この試験で死者が出たことはこれまで一度もなかった。
そもそも、木剣以外が使われたのも初めてだ。
重大な事故と言える。
だが――。
セルヴァンナにとっては、どうでもいいことだった。
彼女は、全てを見ていた。
リュミエルの剣技は見事なものだった。
搦手も素晴らしい。何よりも美しい。
ただ美しいだけではない――神秘的なものを感じていた。
アシェリアをためらうことなく殺したのも最高だ。
リュミエルの全てが、セルヴァンナを魅了した。
彼女から目を離せなかった。
――触れたい、従わせたい、塗り潰したい。
――所有したい、絶望させたい、刻み込みたい。
――愛したい、愛されたい、壊したい。
――嬲りたい、舐りたい、甚振りたい。
――屈服させたい、独占したい、終わらせたい。
己の中の欲望が、一気に噴出した。
その欲望は膨らみ続け、制御することが出来なくなっていた。
こんなことは初めてだった。
衝動が理性を超えることなど、あり得ないはずだった。
だが――否、だからこそ、セルヴァンナはこれを“運命”だと信じた。
神が認めた道。
疑問を挟む余地のない正解。
だから――躊躇うことなく声をかけた。
「リュミエル。君を聖務部長に任命する」
「ありがとうございます」
こうして、新人リュミエルは入団と同時に聖務部長となった。
これが、波乱の始まりだった。
同時に、終わりの始まりでもあった。




