第4話 セルヴァンナ・アウレ(後編)
===矛盾===
セルヴァンナが25歳になった頃、ハナリアが妊娠した。
妊娠させたのはセルヴァンナの父親だった。
セルヴァンナは混乱した。
姦通は最も重い罪だ。
それを厳格な父と預言者ともいえるハナリアが行っていたというのだ。
どれだけ考えても、考えがまとまらなかった。
そして三日三晩苦しみぬき――。
セルヴァンナは、考えるのを止めた。
『規則に従う』
それだけが、彼女の世界を保つ唯一の方法だった。
===父の処遇===
まず、父親については、自らの手で拷問をすることとなった。
エルフィーナの教義とセルヴァンナの律によれば、姦通は紛れもない“規則違反”だった。
それも、重大なものだ。
ゆえに、重い処罰を与えなければならなかった。
セルヴァンナは、極めて事務的に父親に拷問を加えた。
これまで、父親が彼女を厳しくしつけてきたように、淡々と。
その間、父親はみっともなく釈明を続けた。
これは『仕方のない事』なのだと。
男という物は、えてしてそういう物なのだと。
厳格だったはずの父でさえ、こうなってしまうのだ。
この時、セルヴァンナの中に、明確な男性への強い嫌悪感が生じた。
拷問という形ですら父親に近寄りたくなかった。
だが“義務”として続けた。
父親の叫び声を聞きながら、極めて事務的に拷問を進めていった。
それが一通り終わると、評議会に報告し、宗教刑務所に投獄させた。
命を落とすまでの長い年月、彼はそこで過ごすことになるだろう。
===ハナリアの処遇===
問題はハナリアだった。
彼女はエルフではなかった。
エルフが進行しているエルフィーナ教には、人族に関する記述がなかった。
そのため、聖典に基づく『律』で裁くことは不適切であるように思われた。
では、どうするべきか。
保護活動は行って来たが、この国で人族に権利は認められていない。
おそらく、処刑されることになるだろう。
聖典と法律に照らし合わせても、それは問題のない処分方法だった。
そう考えた時、セルヴァンナは“自分自身の気持ち”に気づいた。
彼女はそのハナリアのことを崇拝していた。そして、愛していた。この世で最も大切な存在だった。その命を誰にも奪われたくないと思った。
だから“自分で”殺すことにした。
誰かに殺されるくらいなら、自分で殺したいと思った。
セルヴァンナは自宅の地下室にハナリアを連れて行った。
ハナリアは抵抗しなかった。
彼女は地下室の中央で膝をついた。
「セルヴァンナ様、申し訳ありません」
「父上には罰を下した。妊娠は、望まぬものだったのだろう」
「……はい。セルヴァンナ様、私は死ななければなりませんか?」
「そうだ」
「覚悟が出来ていません」
「私もだ」
そう答え、セルヴァンナは剣を構えた。
それは聖剣ルミナールだった。
昨年下賜されてから、一度も使用したことはなかった。
ハナリアの首を斬るのであれば、最高のものを使いたかった。
「セルヴァンナ様」
「何だ?」
「愛しています」
それは、命乞いの言葉だったのかもしれない。
愛しています――だから、助けてください。
そう言いたかったのかもしれない。
だが、その言葉を聞いた時――“このタイミングだ”とセルヴァンナは考えた。
これを彼女の最後の言葉としたい。
これを最後の言葉とするべきだ。
――だから、このタイミングで殺すのが正しい。
そう感じた。
セルヴァンナは聖剣を握る手に力を込めた。
愛しかった。
殺したくなかった。
一緒に生きていきたかった。
――だが、規則だ。
規則だから仕方がない。
規則だから殺さなければならない。
規則だから――殺してしまっていい!
セルヴァンナは、聖剣を振り下ろした。
手ごたえは全くなかった。
それ程までに聖剣の切れ味は素晴らしいものだった。
目の前に、ハナリアの首が転がる。
その顔には、生気がなかった。
あれ程愛しく、美しかったハナリアが、今はただの死体になってしまった。
この手で、そうしてしまった。
「あああああああああああ!!!」
その時、これまでに経験したことのないような強い感情が沸き起こった。
愛しさ。
切なさ。
悲しみ。
それらが全身を駆け巡り、口からは叫び声が漏れた。それは、強い感情を持たなかったセルヴァンナにとって――。
「あはぁ」
快感そのものだった。
それは、初めての体験だった。
セルヴァンナは、しばらくの間恍惚を楽しんだ。
放心し、何度も心の中で反芻した。
しばらくすると、後悔が押し寄せてきた。
“愛しい人”を殺す快感を、一瞬で終わらせてしまった。
これはもっと、じっくりと味わうべきものだった。
だから――。
――次はもっとうまくやろう。
そう考えた。
これが、彼女の狂気を加速させた。
===加速する狂気===
セルヴァンナの狂気は留まることを知らなかった。
その原因は、主に二つ。
一つは“教義”だ。教義では姦淫を禁じていた。
だが、それは異性間での関係を指すものだった。
つまり、教義は同性愛を問題視していないのだ。
ゆえに、セルヴァンナは快楽を得るために、同性愛に走った。
もう一つは、彼女が行って来た人族の保護活動だ。
この活動を行っていたのは、ハナリアを尊敬していたからだ。
その尊敬の心は失われた。
だが、その活動は役に立った。
人族は無条件にセルヴァンナのことを信用した。
築き上げてきた信頼が、彼女の歪んだ性癖を後押しする結果となった。
===セルヴァンナ・アウレという女===
しばらくして、セルヴァンナは白百合騎士団を作った。
セイムス王国の治安を維持するための部隊だ。
女性限定という縛りは反感を持たれたが、絶対的強者となったセルヴァンナを翻意させることが出来る者はいなかった。
そこでは、人族の女性をメイドとして雇った。
表向きは、とてもいい待遇だ。
人族の中でも、最上級と言っていい。
メイドたちはセルヴァンナのことを信用していた。
そして、セルヴァンナもメイドたちを愛していた。
セルヴァンナは多くのメイドたちと肉体関係を持った。
そうして、互いの信頼関係を高めていった。
“熟成期間”だ。
互いに信頼関係が出来たところで、彼女は地下室へと誘うのだ。
そこで、全てを崩壊させる。
メイドたちを拷問し、最後には殺害する。
そこで得られる感情は、何よりも甘美だった。
それを繰り返すことで【神意不墜】は強化された。
それが、彼女の狂気を強固なものにした。
神はこの行いを許している。
それどころか、祝福している。
セルヴァンナはそう考えるようになった。
そして、それが彼女のライフワークとなっていた。
こうして、セルヴァンナ・アウレという人格が出来上がった。




