28 ヨネス視点
「ふー。今日も実りある一日だったな」
上機嫌でそう言いながら自分の執務室に戻ったヨネス。
待ち受けていたのは、予想済み。見るからに機嫌が最悪なサルキオスだった。その両手には大量の書類を抱えている。
「決済の書類です」
そう言って、机の上の決裁印待ち書類を置く定位置に、山のような書類を不可抗力の音を立てて置く。
執務机にヨネスは座ると、その分厚い書類の上部分をパラパラとめくってみた。
いつもなら、軽く目を通して、印を押す状態になる程完璧に整理されているはずのそれは、重要度順に並べ替えているだけだった。
いやむしろそこまで怒っているのに、手間がかかる並び替えをやってくれるのが、サルキオスの生真面目な性格と甘いところだとヨネスは理解している。まあ重要書類順に並び替えたのはヨネスの為というよりは、書類が回らないことによって起こる不都合に対処しているのもあるが。
ひょっとしなくても……まぁ怒ってるわな。
今日数時間の分のデスクワークをブッチして、気分転換に他団に遊びに行っていたのだ。怒らない奴がいるわけがない。怒らない人間なら是非とも部下に欲しい。
ヨネス的にはがっつり運動してから、気分スッキリ爽快でデスクワークした方が効率がいいと思っているが、目の前の生真面目な若者には理解してもらえないのが残念だ。
なのですぐに連れ戻されそうな聖の騎士団内より、近場の緑に行ってしまう。
次に紅、蒼は場所柄足が遠のいてしまう。
サルキオスの無言で見つめる目は、ヨネスでなければ凍りついているような冷たいものだった。立ち姿さえ、きっちりと姿勢を正しているが、心情的には仁王立ちしているようにも見える。
あらら。これは、悪いことしちまった。
ヨネス不在中に訪れた者は、この洗礼を確実に受けている。
サルキオスがヨネスに持ってきた書類の分だけ。それをサルキオスに持ってきた部下たちがいたのは確実だ。
少しだけ、下の者のことを考える。
しかし、止めろと言われてヨネスはやめられる性格でもない。
それに、サルキオスは部下に八つ当たりをするような人間では決してない。そう、万に一つもないのでそこの所は安心だ。ただヨネスに対する非難じみたオーラを隠すことは出来ず、だだ漏れなのがまだまだ若いなぁと言ったところか。
その余波にとばっちりを受ける部下達に心の中で謝罪するだけだ。
ここは一つ、切り札を使っちまうか。
「実は花冠の君に伝言また預かってきたんだわ」
そんな一言で、サルキオスの気配が変わる。
ほほう、やっぱりこの言葉は効くか。
やはり若いな。
ヨネスは内心ニヤケそうになる頬を引き締める。
実は紅の騎士からの今回の囮り計画書の決済が回ってきた時。
リーヴィ=ベルツの名前が囮役に上がっていたのをめざとく見つけて、会ったら伝言頼まれるだろうなーとちょっぴり期待していたのだ。あの場ではイアーゴ相手に素知らぬ顔をしてみたが。ヨネスのもくろみ通り、伝言をもらう事ができた。不機嫌なサルキオスに「花冠の君」の伝言は効くだろうと思ったら案の定この効果。
「約束の日を延期して貰いたいんだとさ」
一瞬、サルキオスの息を呑んだ音が聞こえて。
「やはり、彼女はとても怒っていましたか……」
冷たい瞳が微かに揺れる。
普通の人間から見ると、全く変わり映えしない表情も。しかしヨネスからすると、凄く気まずそうな表情だった。
ーー予想外なほど、話題逸らしが効いている。
しかし、何故そうなる。
「いやいやいや、怒ってなんかいなかったぞ。凄く申し訳なさそうにしていたし」
その発想はなかった。
いつもならば、結構読みやすいサルキオスの思考。
ただの約束の延期。
どこからどうやって「彼女は怒っている」という発想に行き着いたのかはヨネスには謎だ。
「ですが、そうで無ければ。とても大変なことが彼女の身に起きたのでは?」
「いやいや、単純に大事な別件……仕事が入っただけなんだが」
サルキオスの斜め上の回答に、面食らう。
別件と言いかけたその時の沈んだ瞳に、つい、仕事だと本当のことを言ってしまった。ぼかすはずだったのに。
そこまで考えて、ヨネスはやっとサルキオスの思考に思い立った。それこそがヨネスがサルキオスとリーヴィの仲立ちしている理由だったのに。頭からすっかり抜け落ちていた。
「お前はほんっとうに、お貴族さまだよなぁ」
執務机に肘を突きながら、呆れたように苦笑した。
「何を当然のことを言うのです?」
生まれながらにして、貴族の中のお貴族様。
サルキオスは騎士団内にいる場合は、任務中は騎士として行動する。
が。
一転、私生活となると貴族としての考え方になってしまうのだ。
だから誰かに会う場合は、貴族の基本。一見さんお断りのようなもので、まず約束を取り付けてからになる。ヨネスが不自然なほど「花冠の君」との仲立ちをしても不審に思わないのもこのためだ。
これがごく普通の一般人なら、ヨネスを介さずにすぐにでも居場所を聞いて、直接会いに行っているだろう。
それほどの貴族の思考回路に染まっているなら、約束を反故にするなどと言うことは、何か重大なことが起こらない限りないはずだと思っても仕方がない。
貴族の予定を開けると言うことは、貴重なことだからだ。
だがしかし、怒ってると言うことは?
それは、わっかんねぇな。
約束をすっぽかしたくなるほどの怒り。
「やはり」と思うほどの根拠が、サルキオスにはあるのだ。
あれ以降は直接会ってない筈だ。
会っているのなら、あれ程必死になってお嬢ちゃんがオレに伝言を頼むはずがない訳で。
なんでそう思う根拠が?
「なんで怒ってるって思うんだ?」
「それは……彼女のプライベートに触れますから言うことはできません」
その答えはさらにヨネスに疑問を持たせる回答だった。
しかしそう言われては、聞き返せない。自分の事ならともかく、相手の女性を尊重しての事なら口を割らないだろうし、ヨネスもそれぐらいの空気は読む。
段々とサルキオスの冷たい雰囲気が、木枯らしに吹かれたような……哀愁漂う雰囲気になっていた。思わず肩を叩いてやりたいような物悲しさだ。
「書類は明日の朝一の期限なので、失礼します」
「お、おぅ。すぐにでもやっとくよ」
なんか罪悪感で、そう答えてしまうヨネス。
最初のサルキオスの冷たい眼光には全く感じなかった気まずさが、今妙に感じてしまう。
ヨネスへのお小言さえも忘れて、気もそぞろに出て行ったサルキオス。
ドアが閉まる音さえも、何か物悲しい音に聞こえてくる。
閉まった直後に、ヨネスは叫んだ。
「気になって、仕事はかどらなくなっちまうじゃねーか!」
気になる事がなくても進まないのでは……とはツッコむ人間はいない。
リーヴィといい、サルキオスといい。
斜め上の反応をしてくるのは若者達の考えはよくわからん。
お説教から気をそらすことには成功したが、更なる気にかかることが出来てしまったのだった。




