26
この年になるまで村を出たことがなく、荷造りに慣れていないリーヴィ。
次に帰宅が出来るのはいつになるにかわからないにも関わらず、必要最低限の荷造りをしなければならないなんて……考えるのも一苦労な事だった。
荷造りのことに頭を悩ませながら。
寮に戻る前に緑騎士団の方へ寄って、今日の事を報告することにした。副団長室にいるレットに戻ったことを報告する。
レットはまるで荒れ果てた庭のように乱雑とした机に向かって、書類を処理していた。
声をかけると、顔を上げてリーヴィの方を見る姿は、生首が喋っているようにしかみえないほど、書類や本が積み重なっている。その顔はげっそりしていた。
今朝指示された時に見たよりも酷い有様だ。
声をかけたはいいが、その状態に話し続けていいのだろうか。
リーヴィにはためらうレベルだったが、この状態はまだマシなレベルだった。実はリーヴィが来る数時間前には、その書類の山が床まで広がっていたほどだったのだ。
そんな沈黙を破るように、隣の団長執務室につながる扉から、意外な人が当たり前のように出てきた。
「いやー参ったよ、ワイト全然相手にしてくれねーんだもん」
「ヨネス団長?」
「あ、おじょ……いや、リーヴィ=ベルツもいたのか」
ドアを開けながらのぼやきは、レットへ向けての言葉だったらしい。
リーヴィまでこの部屋にいるとは思っても見なかったようで、少し驚いた顔を向けられてから「お嬢ちゃん」と言いかけた言葉をレットの手前言い直される。
どうやら祭りの日の印象が強かったのか、未だに団長の中では部下、というよりも『お嬢ちゃん』のようだ。
ドサリ。と豪快な音を立ててヨネス団長は、来客用のソファーにだらりと座り込む。
「当たり前ですよ、何か理由があるならともかく。
ワイト団長の修練予定時間外に来ても、剣の手合わせはできませんよ。ダンチョー予定にないことは極力しないんですから。
大人しく別の騎士達で我慢してください、て言うか大歓迎されますよ」
呆れたように、レットはそう言う。
どうやら、ヨネス団長は今日はワイト団長に剣の手合わせを頼みに来たらしいが、すげなく断られたようだ。この場合、三騎士の長として忙しいはずのヨネスが誘いに来るのがすごいのか。それでも予定を変えず断るのワイトが凄いのか。
結論として、どっちも凄い。
でもお二人の剣の手合わせ……見てみたい。
数年に一度開かれる、王の御前試合などでしか見れなさそうな二人の手合わせ。剣術を少しでもかじっているものならば、見たいと思うのは当然の試合カードだ。
リーヴィも剣を嗜むものとして、どんなすごい勝負が繰り広げられるのか期待してしまう。
レットは書類整理の手を休めながら、少し考え込んでから言った。
「…………今の時間だったら。
ラルカがヨネス団長の相手には最適じゃないですか?
その後にでも、若手の修練時間があるんでついでに回ってきてみては?
ベルツ、ラルカはいまこの時間、東の塔で交代時間が迫ってるはず。ご案内して差し上げて、そのまま寮に直帰でいいから」
口を開けばスラスラと、レットは淀みなく答える。
それは全ての緑騎士の情報を、把握して組み合わせてるような口ぶりだった。
「……って。
くれぐれもヨネス団長リーヴィベルツは誘わないでくださいよ? 例の紅絡み任務中、万が一怪我してはいけないですから」
「おお、ベルツお前さん、アレの作戦参加してるのはすごいな」
「…………」
沈黙の誓いの誓約書を交わしたばかりなので、沈黙は金。
リーヴィは咄嗟に返事ができない。
「ちょっとヨネス団長、報告書上がってましたよね!?」
「ん? ああ、お前さんみたいに覚えるのは苦手でなぁ。その辺はサルキオスに任せてるんだわ」
「良かった、読んでないと言われたらどうしようかと。
リーヴィ=ベルツ。この場での例の件の発言は許されてますよ? 」
リーヴィが返事をしなかったことで、察したらしい。
「基本的にどんな秘密任務であっても、副団長以上の役職の者は情報を共有する事は許されているんです。
沈黙の誓いに情報共有レベルが書いてあったでしょう。
書類の三十九行目……いや、サインする時は、そこの所気をつけて見てるといいです。
初めての任務じゃあそこまで気が回らないかもしれないけど、大事ですからね」
先ほどのようにまた、今書類を直に見ているかのようにレットは苦笑して言う。
もちろんその手にあるのは、先ほどから処理している書類。
沈黙の誓いを立てる書類ではない。
「まぁ、判断がつかない時は、沈黙は正解ですね」
ヨネス相手でもあしらっているようなのに、適当に見えても的確な提案をしたように。いい加減そうに仕事をしているようでいても、レットは上司らしく忠告をしてくれる。
リーヴィが会う時は、いつも疲れている雰囲気を漂わせていて話かけづらい。けれど話せば、副長は意外と話好きで、色々と知っていて教えてくれる。
事実騎士団内でも、四騎士団長、副団長を合わせた八人の中で最も年が若い。そして親しみやすい外見をしていて、出自からして一番身近で話しかけやすい雰囲気がある。と言われるのが、緑副団長のレット=イアーゴだ。
「よ、生き字引。
何か困った時は本当にお前さんに聞きに来れば、何かしら知ってるから助かるよ」
「ワイト団長は、もうちょっと頭に入れた方がいいですよ」
「なんの、そのためのサルキオスだ」
「……はぁ。見限られないように、気をつけてくださいよ」
新人が聞くには、ハラハラするような会話内容だが、当人たちにとっては当たり前。
副団長の脱力するような言い方と、ヨネス団長のサバサバとした物言いに仲がいいんだと感じられるからだ。
「じゃあ、これ以上邪魔しては悪いな……案内してもらうか」
「は、はい!」
また運のいいことに、他団での剣の手合わせという息抜きの味を覚えたヨネス団長に、お約束の日を延期にと、伝言を頼む機会ができて安心するリーヴィ。
いや、むしろ最近フラフラしているところを団内で見かける確率が高いので、お会いできないかなぁと少し期待していたが、こんなにすぐに会える事になるとは。
唯一の連絡の繋ぎ相手というのが、騎士の頂点の団長というのが恐れ多い。
多いけれど、約束をすっぽかす事になるよりは遥かにマシと思えるのは、偉さの割には、ヨネス団長も話しかけやすい部類に入ってるからだろう。逆に約束を取り付ける相手のサルキオスの方が、例の八人の中で断トツで話しかけづらい部類に入っている。
手合わせに期待している上機嫌なヨネス団長。
無条件でリーヴィの伝言を引き受けてくれた。
紅の騎士団の任務が、いつ終わるともわからないものだと団長も十分知っているので、話も早い。そこのところはうまくぼかしてくれると言われて、リーヴィは一安心した。
こちらから会いたいと無理を言って約束を取り付けたのに、無期延期だなんて。
サルキオス様の方がお忙しいのに、重ね重ね十分に申し訳ない。
何度も伝言を頼んでしまう団長にも平謝りだったが、頼まれる団長からすると「毎日会ってる人間に伝言をするぐらい気にするな」と全く気にしてない。
近所の気さくなおじさんレベルのフランクさであった。




